グロ画像
| 名称 | グロ画像 |
|---|---|
| 読み | ぐろがぞう |
| 英語 | Grotesque Image |
| 分野 | 視覚文化・画像分類 |
| 成立 | 1994年 |
| 提唱者 | 佐伯 恒一郎 |
| 管理組織 | 総務庁 画像表現適正化室 |
| 主な発祥地 | 東京都千代田区 神田一帯 |
| 関連制度 | 画像閲覧注意区分 |
| 備考 | 1990年代後半にネット掲示板で再定義された |
グロ画像(ぐろがぞう、英: Grotesque Image)は、において強い嫌悪感や緊張感を喚起する画像表現の総称である。にで成立したとされ、当初は医療教材の誤配信対策として整備された画像分類用語であった[1]。
概要[編集]
グロ画像は、閲覧者に生理的な拒否反応を起こさせることを目的、または結果として含む画像の総称である。一般には、、、あるいは過度に加工された写真などが含まれるが、元来は「情報の正確性と視覚的負荷の両立」を測るための行政用語であったとされる[2]。
この語が広まったのは半ばで、の外郭研究会が、救急医療教材の誤配布事件を契機に、注意喚起の強度を段階化する必要があると判断したことによるという。なお、当時の資料では「グロ」はの略と説明されていたが、後年になって別の編集者が勝手に「グロテスク」の略に書き換えたとの指摘がある[3]。
歴史[編集]
成立前史[編集]
続いて、の第6回会合で、視覚的ショックの強さをAからEまでの5段階で記す案が出された。しかし、委員の一人であったが「段階Eは現場で見た瞬間に会議が止まる」と主張し、より直感的な俗称としてグロ画像が採用されたという。議事録には、午後3時17分に3分間の沈黙が記録されているとされる。
インターネットへの流入[編集]
頃、系の画像共有フォーラムを経由して、グロ画像は一種の警告ラベルとして若年層に浸透した。特にのパソコン通信サークル「第七閲覧室」が、投稿画像の冒頭に『閲覧注意』を義務化したことで、注意喚起文化が定着したとされる[5]。
一方で、当時の回線速度は遅く、画像が完全に開く前に内容が把握できてしまうことが問題になった。このため一部の利用者は、わざと低解像度の縮小版を先に提示する「予告サムネイル方式」を採用したが、かえって想像力を刺激し、1999年には閲覧後の離席率が27.4%に達したという報告もある。
制度化と再定義[編集]
には内の非公式研究班が、画像の危険度を「視覚」「匂いの想起」「音声幻覚」の3軸で評価する案をまとめたが、後者2つが実装困難として却下された。結果として、グロ画像はあくまで視覚表現の範囲に限定され、警告文の語感だけが独り歩きする形になった。
この再定義の過程で、地方自治体の広報にも採用例が生まれた。たとえばの防災啓発パンフレットでは、損壊写真の横に小さく「グロ画像ではありませんが閲覧に注意」と記され、配布初日に2万部のうち約6,800部が未開封のまま回収されたとされる。
分類[編集]
グロ画像は、内容によりいくつかの類型に分けられる。もっとも古い分類はと呼ばれ、外傷系、腐敗系、変形系に大別された[6]。
また、以降は、機械学習による自動判定の影響で、色温度や輪郭密度によっても評価されるようになった。ただし、実務上は「見た人が顔をしかめたかどうか」が最終基準であることが多く、客観性は必ずしも高くないとされる。
社会的影響[編集]
グロ画像という概念は、単なる恐怖表現にとどまらず、教育における初歩的な教材として機能した。特に内の学校では、画像の信頼性と感情反応を分けて考える訓練に利用され、2006年時点で約412校が何らかの形で取り入れていたという。
また、広告業界では、製品写真の過剰修整を戒める比喩としても使われた。ある化粧品会社の社内報では、修整前後の差が大きすぎる画像を「軽度グロ」と分類し、週報の冒頭に警告アイコンを付ける運用が行われた。なお、この慣行はとされる一方で、当該社のOBが同様の運用を証言しているという。
批判と論争[編集]
グロ画像の批判は、主に「嫌悪感の基準が文化依存である」という点に集中している。とりわけ、にで開かれた公開討論会では、ある美術史家が「グロの定義はの絵巻の受容と連続している」と主張し、これに対し情報工学者は「単に画面解像度が低いだけではないか」と反論した。
さらに、画像共有サイトの運営側が、閲覧数を稼ぐために警告文を過度に煽情的にしたことで、かえってクリック率が18%増加したとの報告もある。この逆説は「警告の誘惑」と呼ばれ、以後の注意表示設計に影響を与えたとされる。
主要人物[編集]
グロ画像の制度化に深く関わった人物として、が挙げられる。彼は出身の情報社会学者で、画像の受容閾値を「3秒・7秒・17秒」の三点で測る独自理論を提唱した[7]。
また、掲示板文化の側からは、通称「ミナト」と呼ばれたの匿名投稿者が重要であった。彼は投稿前に必ず『これは本当に見る価値がありますか』と書き込む習慣を広め、後の注意文テンプレートの原型を作ったとされる。なお、本人の実在は確認されていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯 恒一郎『視覚負荷と注意喚起の実務』日本画像標準協議会出版局, 1996.
- ^ 橋本 友紀『グロ画像の社会史――掲示板文化と警告文』青土社, 2008.
- ^ Margaret L. Hewitt, "Image Distress and User Delay in Late-1990s Networks", Journal of Visual Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 2002.
- ^ 田村 恒一『医療図版の誤配信とその周辺』医歯薬出版, 1993.
- ^ K. Nakamura and Paul R. Denton, "Thresholds of Aversion in Digital Media", Media Anthropology Review, Vol. 7, No. 1, pp. 9-28, 2004.
- ^ 総務庁 画像表現適正化室編『画像閲覧注意区分 1994年度報告書』大蔵省印刷局, 1995.
- ^ 小泉 美香『色温度と嫌悪感の相関に関する試論』情報環境学会誌, 第18巻第2号, pp. 101-117, 2009.
- ^ George H. Mather, "On the Grotesqueness of Low-Resolution Warnings", Bulletin of Applied Semiotics, Vol. 4, No. 2, pp. 88-93, 2001.
- ^ 中野 司『閲覧前警告の倫理学』勁草書房, 2011.
- ^ 渡辺 由梨『画像の前に立つ人々――初期ネット文化における嫌悪の共有』ミネルヴァ書房, 2015.
- ^ 山岸 一『グロ画像とやさしい行政文書の書き方』地方行政出版会, 2006.
外部リンク
- 日本画像標準協議会アーカイブ
- 閲覧注意文化研究センター
- 総務省 画像表現史料室
- 第七閲覧室デジタル館
- 神田ネット民俗学研究会