ケモナーものに刑法175条は適応されないという言説
| 分野 | 刑事法・表現規制論 |
|---|---|
| 対象とする論点 | 刑法175条(わいせつ)適用可否 |
| 主張の骨子 | ケモナー作品は『直接的な性対象』に該当しないとする見立て |
| 議論の舞台 | インターネット掲示板、同人法務相談会 |
| 代表的な補助概念 | 『擬獣の擬態』、『視覚上の身体区分』 |
| 成立時期(通説) | 2000年代後半に急拡散したとされる |
| 主要な論法 | 文理解釈+運用実績の選別 |
| 論争の中心 | 『適用されない』がどこまで妥当か |
『ケモナーものに刑法175条は適応されないという言説』(けものなーものにけいほうひゃくななじゅうごじょうはてきようされないというげんせつ)は、においてケモナー向けの性的表現をめぐる法的議論の一様式である。法解釈として一見筋が通っているとされつつ、起源や実務への波及は時期によって大きく異なると指摘されている[1]。
概要[編集]
本項は、『ケモナーものに刑法175条は適応されないという言説』を、法条文の読み方と運用の語り方が混ざって形成される“解釈の民俗”として整理するものである。すなわち、同人界隈や周縁領域で繰り返し共有される言い回しが、法律の真偽を問うというより「安心の作法」として機能してきたとされる[1]。
当該言説の代表的な特徴は、を『性的意図の有無』ではなく『身体のカテゴリ(人・動物・擬態)』の問題として扱う点にある。もっとも、このようなカテゴリ分解は、実際の判例の考え方とは別の経路で流通したとされ、法律専門家からは“言説としての説得力が先行している”との指摘もある[2]。
一方で、言説を広げた媒体や人物像は、最初は純粋な法律解説を目指したのではなく、当時の検閲・削除対応・通報運用への対処として編み出された“即席の盾”であったと推定されている。これが結果として、法適用の可否を一行で確定させるキャッチフレーズの形に定着したのである[3]。
歴史[編集]
初期の形成:『擬獣はまだ人ではない』という論法[編集]
言説の原型は、2008年ごろ周辺で開催された“同人出版安全講習会(通称:安全会)”の回覧文書にまで遡るとされる。講習会の記録係を務めた(仮名、当時は出版社勤務)によれば、参加者の焦点は「禁止かどうか」より先に「通報されたときにどの言い訳が一番通るか」であったという[4]。
文書では、ケモナー作品を“擬獣(ぎじゅう)”として切り分け、擬獣は“身体の連続性”が弱いので、刑法175条が想定する対象類型(人間の性的対象化)から逸れる、という論理が図解されたとされる。図解に使われたのが、漫画用の比率定規と同じ目盛り(1mm刻み)であったことから、のちにこの時期の解釈資料は「目盛り法」と呼ばれるようになった[5]。
さらに、文書には当時の掲示板文化に合わせた細かい“計算”が混入していたとされる。たとえば「擬獣の描写密度が画面面積の20%を超えると“性的対象化”として扱われやすい」などの数値が書かれていたが、これは法理論ではなく、単に人気作の作画傾向から逆算したメモだったとされる[6]。ただし、その後の言説は「20%」だけが独り歩きする形で拡散していった。
拡散:匿名掲示板と『適応しない』の言い回し確立[編集]
2012年、の某スタジオで開かれた“削除耐性勉強会”にて、言説が現在の形に近づいたとされる。この会の発起人は、法学部卒のコスプレ衣装デザイナー(当時は活動名で活動)とされ、彼は「『適用されない』だと責任が重いが、『適応されない』なら空気が柔らかい」と説明したと伝えられている[7]。
ここから、言説の言い回しは“誤字を含むことで免責感を作る”方向に最適化された。具体的には、議論スレッドで「適応(てきおう)」と「適用(てきよう)」が意図的に混用され、読者が文意の正確性より“逃げ道の存在”に注意を向けるよう設計されたとされる。この設計思想は、のちに「誤字クッション」と呼ばれた[8]。
また、同時期にの内部事情を参照した体で語る“擬態コピペ”が大量に出回った。これらは、どの弁護士のどの訴状を参照したのかが不明であるにもかかわらず、「仮に裁判になっても原理的には落ちない」と断定する文体が好まれたと指摘されている。こうして言説は“法の解釈”から“社会的安心のテンプレ”へと変質したのである[9]。
運用期:当局対応と“例外の物語化”[編集]
言説の流行と並行して、作品の公開者側には「削除申請・通報・鍵垢化」の運用ノウハウが蓄積された。2016年、で行われた“表現リスク点検”では、参加者に対して「刑法175条が適応されない証拠は作らなくてよい、代わりに“争点の棚卸し”を用意せよ」と説かれたという[10]。
このとき強調されたのが、『争点を“性的な刺激の有無”ではなく、“身体区分の誤読”として置き換える』という戦略である。たとえば、擬獣の描写がリアルすぎる場合は“現実動物の撮影物”に近づくとして警戒される一方、リアルさをあえて崩すと“擬態”として扱われうる、という物語が語られたとされる。ここに「例外は努力で作れる」という信仰が結びついた[11]。
ただし、後年の検討では、この戦略が“実際の判断枠組み”よりも“当事者の心理”に依存していたことが問題視された。要するに、言説は法廷での勝敗ではなく、掲示板での沈静化(沈む・流れる・薄まる)を目的化していたとされるのである[12]。なお、当時の議事メモには「沈静化まで平均3.7日」といった数字が残っており、なぜ3.7日なのかについては「体感の丸め」と説明されたと記録されている[13]。
論法とされる仕組み[編集]
言説が“筋が通って聞こえる”理由は、刑法175条の説明が抽象化され、そこにケモナー作品特有の造形論が接続されるからである。典型的には、作品中の対象が「人間ではない」こと、または「人間として読まれにくい」ことを根拠に、性的対象化の射程が狭められるべきだとする[2]。
具体化の過程では、という語が“法的カテゴリ”のように扱われる。ここで擬獣は、単に空想上の存在という意味ではなく、見る側が受け取る身体像(視覚上の身体区分)を操作する装置として位置づけられるとされる。さらに、作画の工夫(耳、尻尾、角、爪)を“身体の同定”から“比喩の記号”へ変換するという言い方が用いられたとされる[14]。
一方で、言説は矛盾も内包している。たとえば「適応されない」と言い切りながら、同時に「描写が過剰なら危険」という警告も併記されることが多い。これは、適用の否定ではなく“リスクの最小化”を語っているだけだと受け止められる場合があるが、それでも読者には前者として伝わりやすいと指摘されている[15]。
加えて、専門家の引用の仕方が独特であることも知られる。法令そのものへの直接言及が少なく、代わりに雑誌記事や講演録の要約が貼り付けられる形になることが多い。結果として、「要出典っぽさ」が逆に“現場感”を補強し、説が強まる構造が形成されたとされる[16]。
社会的影響[編集]
言説は、単なる誤解の集積ではなく、同人領域のコミュニティ運営に影響したとされる。たとえば、作品投稿の際に「注意書きテンプレ(擬獣扱い・メタ表現の明示)」を付ける慣行が広がり、結果として説明文の長文化が進んだとされる[17]。
また、言説を信じた側が“争点をズラす文章”を作るようになったことで、文章表現の作法が独自に発達したという。具体的には、投稿本文に「身体性を直接示さない」「物語的距離を保つ」といった定型句が入り、読者もそれを前提に消費するようになったと推定されている[18]。
一方で、言説が拡散したことで新たな摩擦も生まれた。たとえば、他ジャンルの作者が「あなたの理屈は通用しないのでは」と感じ、対立が起きた事例がのローカルイベントで報告されたとされる[19]。なお、その報告では“対立が収束するまで約41分”という時間が記されていたが、記録者の主観を根拠にした可能性があると後に論じられた[20]。
さらに、法学教育への波及も一部で語られた。学生向けセミナーで「言説がなぜ説得的に見えるか」を題材にした講義が組まれ、学生はそれを“法情報の信頼性設計”として研究したとされる。とはいえ、研究の結論は「言説が間違っているか」よりも「間違っていても運用上便利な構文を人は選ぶ」という点に寄ったとされる[21]。
批判と論争[編集]
批判側は、言説が条文理解を形式化しすぎている点を問題視している。刑法175条の解釈は、創作の種類や“擬態の言葉”よりも、表現がどのように性的意味を帯びるかに左右されるはずだという見解が繰り返し示される[22]。
また、言説が「適応されない」という断定をとることで、作者が必要な慎重さを欠くという指摘がある。たとえば、投稿者が「大丈夫」と思い、結果として削除対応が遅れる場合があるとされる。さらに、削除後の交渉でも言説の“キャッチフレーズ”が繰り返され、相手(プラットフォーム側)には論点が伝わらないという実務上の失敗も語られている[23]。
一方で、擁護側は「言説は法律家の判決ではなく、コミュニティのローカル規範である」と主張する。彼らは、言説を法的正しさではなく“社会的交渉術”として理解すべきだとし、危険を回避する工夫が含まれている点を強調したとされる[24]。
なお、最も笑いどころのある論争として、ある法解説系ブログが「刑法175条はケモナーにだけ発効されない」と書いた件がある。この記述は明らかに制度の理解を誤っているが、当時のコメント欄ではなぜか賛同が一定数集まり、「逆にそれがリアルだ」と冗談交じりに語られたという[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中瑞季『擬態の法理—ケモナー言説の記号論的再構成』青灯書房, 2019.
- ^ Margaret A. Thornton『Risk Communication in Informal Legal Communities』Oxford University Press, 2018.
- ^ 佐藤健太郎「『適応/適用』の揺れが生む免責感」『比較法政策研究』第12巻第2号, pp. 41-67, 2020.
- ^ 高橋文也『削除運用の現場心理学』新潮技術社, 2017.
- ^ Watanabe Seiiichiro, “The Scale Rule Method and Visual Categorization,” Journal of Media Law, Vol. 9 No. 3, pp. 101-129, 2016.
- ^ 斎藤ユーリ『安全会議録—削除耐性勉強会の7つの棚』港湾大学出版局, 2015.
- ^ 李成洙「擬獣語彙の機能と法的含意のズレ」『アジア表現規範論叢』第4巻第1号, pp. 12-33, 2021.
- ^ 古川真琴『同人領域における説明文テンプレの進化』筑紫書院, 2018.
- ^ 『表現と刑罰の境界』東京法令出版, 2014.
- ^ Neumann, K. “Article 175 and Category Drift,” Tokyo Penal Review, 第3巻第4号, pp. 88-94, 2013.
外部リンク
- 匿名法務ノート(擬態編)
- 削除耐性研究会アーカイブ
- 安全会議録(回覧資料)
- 掲示板運用統計Wiki(仮)
- 媒体別注意書きデータベース