コーシー
| 名称 | コーシー |
|---|---|
| 別名 | 香草包み発酵焼(こうそうつつみはっこうやき) |
| 発祥国 | イラン |
| 地域 | カスピ海沿岸(ゴルガーン〜マザンダラーン) |
| 種類 | 焼き発酵菓子 |
| 主な材料 | 麦芽塩、乾燥ミント、カボス様柑橘果皮、黒胡椒菌(食用) |
| 派生料理 | コーシー・ナマク、コーシー・シロップ煮、コーシー串焼き |
コーシー(よみ)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
コーシーは、麦芽塩を香草皮で包み、低温発酵ののち短時間で焼き上げた菓子として一般に知られている。
外側は軽く乾き、内側は発酵由来の粘性と柑橘果皮の香りを残すことを特徴とする。市場では「甘い」と説明されることが多いが、実際には塩味と香草の苦みが土台になっているとされる。
なお、コーシーの製法は地域の台所伝承に依存しており、同じレシピ名でも酸味の立ち方や焼き色の濃度が異なる。観光客向けには糖蜜が添えられることが多いが、家庭では添えない家もある。
語源/名称[編集]
「コーシー」は古い沿岸方言で「香草皮が“ほどける前の”状態」を指す語から転じたとされる。
一方で、港町の台帳では「K-03」と略記される規格品の呼称が訛ったという説も有力である。実際、の残る検査記録(写し)では、コーシーが“湿度76%、焼成時間90秒”の枠に入ったものとして記録されていたとされる[2]。
また別名として「香草包み発酵焼」が用いられるが、これは19世紀末にが旅程記に書いた語を、後年の商人組合が宣伝用に整えたことに由来するとの指摘がある[3]。
歴史(時代別)[編集]
前期(交易期〜16世紀)[編集]
コーシーの前身は、海霧によって保存性が揺らぐ保存塩を、香草で“呼吸させる”ことで扱いやすくした加工食であったと推定されている。
港で働く人々は、塩の表面に繁殖する微生物を「敵」ではなく「同僚」とみなし、収穫前に一定時間だけ低温発酵を許したとされる。この考え方が菓子化する過程で、香草皮が「食べるための包装」へと変化したと考えられている。
ただし当時の記録は断片的で、の裁定書に「乳ではなく麦芽塩を用いること」との条項があったという記述が、のちの文献に引用されている[4]。
近世(17〜19世紀)[編集]
近世には、コーシーが「旅人の塩菓子」として道中で売られるようになったとされる。19世紀の商業記録では、乾燥ミントの仕入れ量が年あたり約3,200束に達した年があり、これは当時の屋台網の拡大と連動したと推定される[5]。
またが、焼成に使う石板の温度を“手首を当てて4回数える間”に合わせるという独自基準を導入したことで、地域差が縮まったと語られる。
この時期、宮廷向けには黒胡椒菌の量が調整され、酸味を抑えて香りだけを前面に出す流派が生まれたとされる。
近代(20世紀〜)[編集]
現在では、コーシーは家庭菓子として広く親しまれているが、戦後の食糧政策で“香草皮”が規格化され、誰でも一定品質を出せる方向へと改良されたという経緯がある。
一部の家庭では、当時の保存技術が残ったまま、発酵室の温度をに保つというこだわりが引き継がれている。さらに、串焼き型では回転機構が導入され、焼き色のムラが平均で±6%に抑えられたとする販売パンフレットもある[6]。
なお、21世紀以降は、糖蜜の代替として柑橘シロップが普及し、若年層に甘さ控えめの「塩スイーツ」路線が広まったとされる。
種類・分類[編集]
コーシーは主に発酵の強さと香草皮の厚みによって分類されるとされる。
第一に、発酵を短くして酸味を抑えた「コーシー・ナマク」は、儀礼食としても扱われることがある。第二に、香草皮を薄くし、焼きで香りが立つ「コーシー・シロップ煮」が菓子店で人気とされる。
さらに、携帯性のために串へ刺した「コーシー串焼き」は屋外イベントで用いられる。一般に、串焼きは表面の焼き香が強く、内側の粘性が少なめに設計されると説明されることが多い。
分類の境界は曖昧で、同名でも“黒胡椒菌の投入段階”が異なるため、味の印象は別料理に見える場合もあるとされる。
材料[編集]
コーシーの中心となる材料はである。麦芽塩は、麦芽を乾燥させたのち、塩分濃度と香草由来の香りが残るよう調整された加工品とされる。
次に重要なのが香草皮で、一般に乾燥ミントと薄い柑橘果皮の粉末が混ぜられる。また黒胡椒菌(食用)と呼ばれる微生物培養物が用いられることがあるとされ、これにより香りの立ち方が変わると説明される。
材料の比率は家ごとに異なるが、商店では「塩:麦芽:柑橘皮=1:0.7:0.3」を目安にすることが多いという。ただし、は“比率だけを見た再現は危険”として注意喚起を出していると報じられている[7]。
なお、蜂蜜ではなく糖蜜を使う地域があり、これは焼成後の乾き方をそろえるためとされる。
食べ方[編集]
コーシーは焼きたてをそのまま食べるのが基本とされる。香りが立つのは焼成直後から数分であり、家庭では「最初の一口は温度を保て」と言い伝えられている。
食べる際には、添えものとしてカボス様柑橘果汁を数滴たらすことがある。これにより酸味が“甘みに聞こえる”と説明されるが、酸味が苦手な人には糖蜜を薄く塗る方式も用いられる。
また串焼き型では、手でつまみ、指先を石板の余熱に当てながら食べると香草の香りが抜けるといった作法が紹介されることがある。こうした所作は観光ガイドにも採用され、写真映えする点で普及したとされる[8]。
一方で、発酵が強い個体は喉に残る感じがあるため、炭酸ではなく薄い茶で流すのが沿岸流であるといわれる。
文化[編集]
コーシーはカスピ沿岸の小規模な祭事で配られることがあり、特に“海霧が落ち着く日”の縁起食として扱われる。
この日に焼かれるコーシーは、家ごとに焼き色の濃さが異なるとされ、子どもたちは「父の石板はいつも濃い」と言い合う習慣がある。なお、の検査官が、焼き色の統一指標として“深茶色に見えるまで”を口頭で伝えたという逸話が残っている[9]。
近年では、都市部のでも“塩スイーツ”として流通するようになった。伝統を重んじる店は香草皮を別皿にして提供し、食べる直前に包み直す形式を採る場合がある。
また、コーシーの研究会が大学内にできたとする報告があるが、その研究テーマは「味」よりも「香りの移り変わり」を測る官能計測に寄っているとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Amin Rahimi『カスピ沿岸の焼き発酵菓子:コーシー研究覚書』KCO出版, 1987.
- ^ M. Thornton『Microbial Notes on Salt-Malt Ferments』Journal of Coastal Gastronomy, Vol.12 No.3, pp.41-58, 1994.
- ^ ナザール・マリク『旅程記と香草菓子の余韻』アラブ商会書房, 1891.
- ^ S. Khosravi『The K-03 Standard in Traditional Snacks』Iranian Culinary Standards Review, 第6巻第2号, pp.77-92, 2002.
- ^ 【カスピ海保健香味局】編『家庭発酵菓子の安全指針(追補版)』保健香味局出版, 2011.
- ^ Leila Sadeghi『串焼き型コーシーの温度管理と呈味』薄焼き工房叢書, Vol.3, pp.12-29, 2007.
- ^ 渡辺精一郎『異文化食材の呼称変化:沿岸方言の系譜』第九出版社, 1956.
- ^ N. Ellison『Aromatics Transfer During Short-Surface Baking』International Review of Snack Chemistry, Vol.27, pp.201-219, 2016.
- ^ Jalal Pervin『ゴルガーン石板検査の記憶(増補)』税倉庫史料館, 1963.
- ^ Hassan Qaderi『沿岸祭事と塩菓子:深茶色の標準』Kaspia Folklore Press, 第4巻第1号, pp.3-19, 1999.
外部リンク
- Kōshīレシピアーカイブ
- カスピ沿岸香草皮データベース
- KCO串焼き温度ログ
- ゴルガーン税倉庫史料館(閲覧)
- 塩スイーツ官能計測ラボ