ゴミクズアンパイヤ
| 名称 | ゴミクズアンパイヤ |
|---|---|
| 分類 | 野球用語・俗称・審判文化 |
| 起源 | 1948年ごろ、阪神間の草野球圏 |
| 発祥地 | 大阪府大阪市此花区の旧臨港球場とされる |
| 提唱者 | 山路 恒一郎、マルコ・F・グリーン両説 |
| 主な対象 | 判定の一貫性を欠く審判 |
| 派生語 | 半ゴミ判定、塵芥主審、逆転許可審判 |
| 関連組織 | 日本野球規律研究会、関西球審協会 |
| 社会的影響 | 観戦文化、ネットスラング、審判研修 |
ゴミクズアンパイヤとは、において試合の流れを意図的に荒らす審判役、またはそのような判定傾向を持つ人物を指す俗称である。もともとはの下町球場で用いられた隠語とされ、のちにの独立リーグへ輸出されたという[1]。
概要[編集]
ゴミクズアンパイヤは、において「判定が雑である」「試合の均衡を意図せず崩す」審判を指す言葉として知られている。単なる罵倒語ではなく、後期の草野球文化の中で、妙に的確な審判観察用語として定着したとされる[2]。
特にでは、ストライクゾーンの気分変動が激しい主審に対し、観客が「あれはもうゴミクズアンパイヤや」と言い切ることで、怒りと諦めを同時に処理する言語装置として機能していたという。なお、2000年代以降はを経由して全国へ拡散し、今では地方球場の売店でも半ば公認のように使われることがある[3]。
語源[編集]
語源については諸説あるが、最も有力なのは夏、の臨港球場で、審判の判定があまりに支離滅裂であったため、三塁側ベンチの記録係が「ゴミみたいなクズや、アンパイヤとして」と走り書きしたメモに由来するという説である。のちに「ゴミクズ」と「アンパイヤ」が一体化し、発話時の勢いで中間の空白が消失した[4]。
別説では、英語の umpire に対する皮肉として、占領期に流入した野球用語を大阪商人が再構成したものともいう。ただし、この説は英語話者から見ると意味がほぼ通らないため、研究者の間では「むしろそこが大阪的である」として半ば保留されている。
初期の用法[編集]
初期の用法では、必ずしも人格攻撃ではなく、判定の「再現性」が低い審判に対する技術的評価語であった。たとえばの大阪六大学対抗戦では、ある主審が同一投手の同一コースを3球続けて「ボール、ストライク、危険球」と判定し、試合後に両軍の記録員が「ゴミクズアンパイヤ指数 8.6」と記録していたとされる[5]。
この指数はが後年整理したもので、10点満点中7点を超えると「審判が試合を支配した状態」と定義されている。なお、9点台に達した試合ではスコアボード係まで判定に疑問を呈し、場内アナウンスが2回止まった例がある。
歴史[編集]
草野球時代の定着[編集]
、間の工場勤務者リーグでこの語は急速に広まった。理由は単純で、週末の草野球では審判が選手の父親や飲み屋の常連であることが多く、判定の揺れを笑い飛ばすための共同幻想として便利だったからである。
当時の記録によれば、のあるリーグでは年間34試合のうち19試合で「ゴミクズアンパイヤ」関連の野次が発生し、そのうち4試合は審判交代で終わったという。もっとも、記録の正確性には疑義があり、研究者の間では「野次の数を記録した者が最も熱心な批判者だった」とする指摘もある。
テレビ中継と都市伝説化[編集]
、関西ローカルの野球中継で、解説者のが「今日はだいぶアンパイアが荒れてますな」と発言した際、テロップ係が誤って「ゴミクズアンパイヤ」と入れてしまったことが、全国的拡散の端緒になったとされる。以後、視聴者からの投書が月平均287通に達し、局内では「意味はわからないが妙に使いやすい」として自主検閲を見送ったという[6]。
この頃から、ゴミクズアンパイヤは実在の審判個人を指すのではなく、試合の文脈を無視して突然フレーミングを始める「気まぐれな権力」の象徴としても用いられるようになった。ある評論家はこれを「戦後日本が審判に見た唯一の近代的怪異」と評している。
ネット文化への移植[編集]
以降、動画共有サイトや掲示板で、判定の遅延や誤審を実況する際の定型句として再流行した。特にで起きた一塁判定をめぐる炎上では、関連スレッドが11分で3,200件に達し、そのうち約4割が「ゴミクズアンパイヤ認定」を含んでいたとされる[7]。
一方で、ネット上では本来の意味が拡大解釈され、礼儀正しいが極端に慎重な審判まで含めて呼ばれるようになった。このため、は2014年に「語の使用は控えめに」とする通達を出したが、通達本文の一行目に誤って同語が引用され、かえって検索件数が増加した。
判定技法と特徴[編集]
ゴミクズアンパイヤの特徴は、単に誤審が多いことではなく、その誤審が試合の要所に集中する点にあるとされる。たとえば初球のストライクを極端に広く取り、2球目から急に狭め、満塁時だけ全球「見逃せない」と判断するなど、観客の心理を無秩序に揺さぶる技法が報告されている[8]。
また、研究者はその判定傾向を「逆算型権威主義」と呼ぶことがある。これは、結論だけ先に決め、後からルールを探す型の運用であり、のアマチュア球審講習会では反面教師として使われた。もっとも、一部の受講者は「これはむしろ高度な演出ではないか」と誤解し、講習後に真似を始めたため、講師が追加で2時間の修正指導を行ったという。