ショージマン
| 名称 | ショージマン |
|---|---|
| 初出 | 1968年頃 |
| 分類 | 巡回補助装置・街頭演出機材 |
| 開発元 | 東都街区振興研究会 |
| 主な用途 | 呼び込み、案内、避難誘導、販促 |
| 普及地域 | 東京・大阪・名古屋の商店街 |
| 運用形態 | 有人型および自立型 |
| 標準重量 | 18.4kg |
| 関連法令 | 街区音声広告指針(1973年改) |
ショージマンは、後期に日本の広告業界と研究の境界領域から生まれたとされる、拡声機能付きの巡回補助装置である。のちに内の商店街で普及し、呼び込み、避難誘導、季節行事の進行を同時に担う存在として知られる[1]。
概要[編集]
ショージマンは、の巡回、呼び込み、行列整理を一体化する目的で設計されたとされる半機械式の案内装置である。外見は胸部にスピーカーを備えた人型フレームに近く、運用者が背負う方式と、遠隔操作で歩行させる方式の二系統があったとされる。
その名称は、当初は「商事マン」と記されたが、の試験導入先で「商売の気配が強すぎる」との理由から改められ、最終的に親しみを込めた現在の表記へ収束したという。なお、1971年の報告書では、週末の集客率を平均12.7%押し上げたと記されているが、算出方法には異論もある[2]。
歴史[編集]
誕生の経緯[編集]
起源は、の倉庫街で行われた「歩行する看板」の実証実験に求められる。中心人物は工学者のと、百貨店販促係だったで、両者がの余剰音響部品を流用し、天候の悪い日でも呼び込みを継続できる装置として構想したとされる。
初期型は足元の車輪が半径9cmしかなく、の歩道石畳で頻繁に転倒したため、「倒れるたびに注目を集める」としてむしろ歓迎されたという逸話が残る。とくに1968年11月の試験運用では、転倒後の謝罪音声が拍手を誘い、以後の標準音声に組み込まれた。
商店街への普及[編集]
前半には、、、など観光客の多い地区で導入が進んだ。これらの地域では、ショージマンが「本日の特売」「本日の避難経路」「本日の芸人出演」を15分間隔で告知する運用が一般化し、自治体側も祭礼時の雑踏整理に転用した。
1974年にはが、ショージマンを用いた歳末販促キャンペーン「歩く紅白幕」を実施した。記録上は3日間で来街者数が約4万8,000人増加したとされるが、同時期の大雨と電車遅延の影響を差し引くべきだとの指摘がある[3]。
制度化と衰退[編集]
の「街区音声広告指針」制定により、ショージマンは音量上限87デシベル、巡回速度時速3.2km、標準放送文体は敬体に限ると定められた。これにより過度に威圧的な号外型運用は減少したが、一方で「妙に礼儀正しい街頭機械」として独自の人気を得た。
しかし後半になると、固定式スピーカー、電光掲示板、のちには携帯電話の普及に押され、一般的な商店街からは姿を消した。もっとも、地方のやでは、現在でも年に数回、行事用として稼働する例が確認されている。
構造[編集]
標準型ショージマンは、肩部拡声器、腰部メッセージ収納槽、脚部案内灯の三層構造を持つとされた。特に腰部の収納槽には、紙のチラシだけでなく、雨天時の靴袋や簡易うちわが入れられる点が評価され、販促装置でありながら生活雑貨の役割も担った。
電源は当初二基であったが、1972年以降は交流給電式が主流になった。これにより稼働時間は平均6時間から11時間へ延びたとされるが、実際には巡回担当者の休憩時間に左右されることが多かった[4]。
また、地域ごとに顔つきが異なることも特徴で、型は眉が太く、型は胸章が大きいなど、厳密には機能よりも意匠の差異が目立った。これが後年の「ご当地ショージマン」人気につながったとする説が有力である。
運用と文化[編集]
販促との結びつき[編集]
ショージマンは、単なる告知装置ではなく、売り場の空気を作る「場の編集者」として扱われた。実際、やでは、開店前にショージマンが店主の一言を代読し、その言い回しの巧拙が売上に直結すると信じられていた。
の調査では、ショージマン導入店のうち64%が「機械の声に客が安心感を示した」と回答した一方、22%は「声が丁寧すぎて逆に怪しい」と答えている。後者の店舗では、わざと早口の録音を流す対抗運用が生まれた。
祭礼と防災[編集]
防災面では、が避難訓練の際にショージマンを導入し、煙の出るや水害を想定した周辺で実地試験が行われた。特にの沿岸部訓練では、避難放送の途中で「本日は試食会も開催しております」と誤送出され、参加者の緊張が一気に緩んだという。
この事故は問題視されたものの、後に「不安を和らげる誘導媒体」として再評価され、被災時のパニック抑制に一定の効果があるとされた。もっとも、同様の効果はアナウンス担当者の声質でも再現できるのではないかとの疑義もある。
社会的影響[編集]
ショージマンの最大の影響は、商店街の役割を「売る場所」から「歩いて楽しむ場所」へと再定義した点にあるとされる。通行人に対し、買い物の勧誘と地域行事の説明を同じ口調で行うことで、経済活動と共同体儀礼を接続したのである。
また、の特集番組『街を歩く声』以降、ショージマンはノスタルジーの対象としても扱われ、1990年代には玩具メーカー各社が縮小版を発売した。特にの小学校で配布された組立紙模型は、音声ボタンを押すと「ただいま混雑しております」とだけ喋る仕様で、学級会の司会に転用された。
一方で、過剰な販促、騒音、歩行者妨害の温床になったとの批判もあり、の議会では「街角における礼儀正しい圧力」と表現された。これは当時の記録にも残るが、実際の議員発言かどうかは確認が分かれている[5]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、ショージマンが「自律機械」を装いながら、実際には店舗側の都合を拡声しているだけではないかという点であった。とくにの『都市音響白書』では、同装置の倫理的問題として、通行人が断り切れない心理圧を受ける可能性が指摘されている。
また、開発当初から関わったとされるの功績が長く軽視され、後年になって再評価運動が起きた。1998年にはの市民団体が「ショージマンの声は誰のものか」という展示を行い、販促技術史におけるジェンダー偏在を問い直した。ただし、展示資料の一部は後世の再現模型に依存しており、細部の信頼性にはなお検討が必要である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 篠原誠二郎『巡回補助装置の設計と街区音響』東都工業出版, 1972.
- ^ 秋山澄子『商店街における声の経済学』日本販促研究会, 1975.
- ^ Mark L. Hendersen, "Mobile Loudspeaker Systems in Postwar Japan", Urban Acoustics Review, Vol. 12, No. 3, 1980, pp. 44-67.
- ^ 渡会正彦『街を歩く機械――ショージマンの社会史』青潮社, 1984.
- ^ Keiko Yamane, "The Semi-Autonomous Barker and the Culture of Convenience", Journal of Applied Folklore, Vol. 8, No. 2, 1987, pp. 101-129.
- ^ 通商産業省産業構造局『街区音声広告の実態調査』官報資料第34号, 1971.
- ^ 『都市音響白書』東京都生活環境局, 1981.
- ^ 佐伯一郎『広告機械論序説――歩く看板から礼儀正しい圧力へ』新曜社, 1992.
- ^ M. A. Thornton, "Polite Coercion in Municipal Messaging Devices", Sound & Society, Vol. 5, No. 1, 1996, pp. 9-31.
- ^ 『ショージマンと商いの神話』関東販促文化財団, 2001.
- ^ 藤村志保『歩く紅白幕の時代』港湾書房, 2004.
外部リンク
- 東都街区振興研究会アーカイブ
- 商店街音響文化資料室
- 昭和販促機械図鑑
- 街区音声広告史研究センター
- ショージマン保存会