ジャズマスター
| 分野 | 音楽・音響評価制度 |
|---|---|
| 成立 | 1920年代後半(とされる) |
| 認証主体 | ジャズマスター審査評議会(JMSC) |
| 対象 | 即興演奏者・アンサンブル・楽曲 |
| 評価軸 | リズム語彙、スウィング率、即興反応速度 |
| 運用地域 | 主にと |
| 関連語 | スウィング規格、ブルース負荷試験 |
| 方式 | 録音審査と現場公開テストの併用(とされる) |
ジャズマスター(英: Jazzmaster)は、主に分野で用いられる称号であり、特定の演奏様式を「規格」として認証する制度とされる。各地の審査機関が認定してきた経緯があるとされ、音楽産業の職能意識にも影響を与えたと論じられている[1]。
概要[編集]
ジャズマスターは、単なる称賛語ではなく、即興演奏を対象として「測定可能な品質」に翻訳しようとした制度であるとされる。具体的には、演奏者が持つリズムの語彙量や、展開の移り替わりが一定の時間窓内に収まっているかを、審査用フォーマットで評価するものと説明される[1]。
発端は、蓄音機の普及期に演奏が「同じ曲でも毎回違う」問題を、産業側が扱いきれなかったことだと語られることが多い。そこで、録音の差異を人間の耳のみに委ねず、統計的な指標へと寄せる試みが行われ、その延長でジャズマスターという呼称が定着したとされる[2]。
この制度は、演奏者にとっては「芸の核を数値化される」ことへの緊張を生み、聴取者にとっては「規格に沿うかどうか」を手早く判断できる便利さを提供したとされる。一方で、規格化の圧力が即興の揺らぎを削りうる点も早い段階から指摘された[3]。
成立と歴史[編集]
起源:波形を“物語”に変える測定企画[編集]
1927年、の放送局連合が主導したとされる社内プロジェクト「第3回スウィング規格化計画」が起源だとする説がある。関係者の証言では、当時はマイクの感度が揺れ、同一演奏でも波形が毎回“別人のように”変わることが問題化していたとされる[4]。
そこで、波形をそのまま比べるのではなく、「語尾の跳ね方」や「短音の終わり方」を物語として扱う新方式が考案されたとされる。具体的には、1小節を16分割した各区画で発生する強勢点の“順序”に着目し、強勢点の並びを3種類の記号列へ落とし込む。審査用の記号列が一定の文法を満たすと「ジャズマスター適合」と判定される仕組みだったと説明される[5]。
この方式は後に、単純な音響解析ではなく、演奏の意図(聴感上の納得感)に寄せるための「ブルース負荷試験」と結びついた。試験では、同じテーマを3回演奏し、3回目に“聴き返しても破綻がない逸脱”が含まれているかを確認したとされる。逸脱量は、関係者が好んだ単位である「逸脱ポンド(dP)」で管理されたとも伝えられている[6]。
制度化:JMSCと審査会の“細かすぎる”ルール[編集]
1931年、ジャズマスター審査評議会(JMSC)が近郊で設立されたとされる。設立趣意書には、評価を属人化させないために、審査員の“夜更かし耐性”まで統一する方針が盛り込まれたと、後年の資料で語られている[7]。
具体的ルールとして最も有名なのが「スウィング率の測定窓」である。演奏者のテンポを固定せず、むしろ揺れの中心を探すため、テンポ変化が起きうる区間を“窓”として扱う。審査では、窓の幅がちょうど0.128秒である必要があり、0.129秒でも不適合と判定されることがあったとされる[8]。
また、現場公開テストでは「拍の前に息を吸う長さ」を申告させる方式が採られたとされる。息を吸う長さは、申告カードに「1/32小節」単位で記入させる運用だった。審査官の一人が「1/32小節を守れない者は、即興でも言い訳の長さを増やす」と発言したと伝えられ、運用に“言葉の戒め”が混ざっていったとされる[9]。
なお、制度はにも波及した。1958年、海賊版録音の流通を抑える目的で、の音響研究所がJMSC準拠の“簡易ジャズマスター”を運用したとされる。簡易版では窓幅が0.112秒とされ、精度が落ちる代わりに合格率が上がったと報告されたという[10]。
評価体系と運用方法[編集]
ジャズマスターの評価は、単に上手いかどうかではなく、「どのように崩れ、どのように戻るか」を重視する点に特徴があるとされる。審査員が聴く観点は3つに整理され、(1)リズム語彙の多様性、(2)フレーズの回復速度、(3)ブルース負荷試験での“逸脱ポンド”の制御度、の三指標が用いられると説明される[11]。
運用では、録音審査と現場公開テストの二段階が採られることが多い。録音審査は、標準化された再生装置で聞かせるため、会場による音響差を小さくする狙いがあるとされる。現場公開テストでは、観客の反応(ざわめき)まで雑音として扱い、その中で演奏の主旋律がどれだけ“再浮上”するかが測られるとされる[12]。
この仕組みを支えるのが、JMSCが配布した「旋律文法カード」である。カードには、合格に必要な“言い換え可能性”が箇条書きで示されているとされる。たとえば、ある小節で提示した動機が、次の小節で別のリズム語彙へ変換されても違和感が生まれないこと、などが具体的に書かれていたという[13]。
ただし、制度の運用は地域で揺れがあったとされる。たとえばでは即興の反応速度が厳密に測られた一方、の簡易運用では反応速度の代わりに“歓声の立ち上がり”を指標にした年があったと報告されている[14]。この差は、同じ演奏が別の地域で評価結果を変える要因になったとされる。
社会への影響[編集]
ジャズマスター制度は、演奏者のキャリア設計に直結したとされる。認定が“肩書き”として機能し、クラブの出演枠やレコード契約の条件にまで影響したと説明されることが多い。特に、合格者には「リハビリ時間割」が組まれ、即興の反応速度を高めるための練習が推奨されたという[15]。
また、教育現場にも波及したとされる。演奏学校のカリキュラムでは、単なる曲の反復ではなく、「逸脱ポンドを安全域に収める練習」や「0.128秒窓の中での言い換え」を行う授業が組まれた。ここで、授業名が“やけに真面目すぎる”として笑い話になったとも伝わる[16]。
さらに、ジャズマスターは“聴き方”そのものにも影響した。聴取者は、演奏が規格に沿っているかを意識するようになり、アルバムの曲順が「反復回復→新規逸脱→再回復」という流れになることが増えたとされる。結果として、即興が物語として消費される度合いが高まったという指摘がある[17]。
一方で、規格化は新しい作法を生んだ反面、既存の型から外れた表現を“未熟”とみなす空気も生んだとされる。とくに、制度成立当初の説明資料には「逸脱は芸ではあるが、逸脱が続くと芸ではなくなる」といった断定調の文章が残っているとされる[18]。この文が、のちの反発運動の火種になったと語られている。
批判と論争[編集]
批判の中心は、「即興を数値化した瞬間に、即興の本質からズレるのではないか」という点にあったとされる。特に、スウィング率の測定窓0.128秒が“正しい揺れ”の基準になりすぎたとの指摘がある。ある作家は、揺れが人の呼吸に従うのに、窓幅だけが先に走ってしまうと論じたとされる[19]。
また、制度側が評価対象としていた“逸脱ポンド”の解釈が、時に過剰に倫理化されることがあったとされる。逸脱が少なすぎる者は「言い換えの恐れがある」、逸脱が多すぎる者は「戻りの不誠実さがある」といった判定が、冗談めかして語られつつ運用に反映された年があるとされる[20]。
さらに、記録の作成方法が論点になった。JMSCの運用では、演奏者自身がカードへ申告する項目が残っていたとされるが、申告と審査結果が一致しない場合に、申告側の責任が問われる傾向があったとも報告されている。要出典の指摘が出た資料では、申告の誤りが“故意と推定”される運用があった可能性が示されている[21]。
一方で擁護論も存在した。制度により、地方クラブでも一定の品質が担保され、録音が“別人の音”になりにくくなったとする見解がある。特に、移民コミュニティの演奏者がメディア露出を得る際、ジャズマスターが翻訳装置として働いた面もあったとされる[22]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ M. Thornton『Swings as Syntax: The Jazzmaster Verification Project』JMSC Press, 1934.
- ^ 渡辺精一郎『音の文法と窓幅(0.128秒)の研究』音響研究叢書, 1960.
- ^ Eleanor Whitlock『The Blue Burden Test and Improvisational Honesty』Vol. 12, No. 3『Journal of Rhythm Studies』, 1941, pp. 44-61.
- ^ P. R. Delgado『On the Measurement of Deviations in Jazz Performance』『Acoustic Metrics Review』, Vol. 7, 第2巻第4号, 1952, pp. 201-219.
- ^ 佐藤礼次『簡易ジャズマスター運用報告(東京都版)』港湾音響技術協会, 1959.
- ^ Hiroshi Nakamura『Listener Response Curves and Public Audition Tuning』『International Review of Music Analytics』, Vol. 3, No. 1, 1972, pp. 9-26.
- ^ R. J. Caldwell『Night-Watch Uniformity in Panel Judging』Vol. 18, No. 1『Broadcast Sound Quarterly』, 1938, pp. 77-95.
- ^ 田中みずほ『逸脱ポンド(dP)の社会学:合格率と空気』株式会社春音社, 1986.
- ^ L. Moreau『Why 0.128 Beats 0.129: The Window Myth Revisited』『Proceedings of Improvised Timing』, pp. 13-29, 1998.
- ^ Gustavo Ibarra『The Grammar Cards of Jazzmaster: A Field Guide』Eidolon Audio Books, 2005, pp. 210-233.
外部リンク
- ジャズマスター審査評議会(JMSC)アーカイブ
- 窓幅0.128秒研究会
- 逸脱ポンド辞典(草稿)
- 旋律文法カードコレクション
- 簡易ジャズマスター運用メモ