DJ
| 分野 | 音響運用・放送技術・イベント制作 |
|---|---|
| 関連領域 | レコード運用、ミキシング、聴衆心理 |
| 起源とされる機関 | 総合音響監査局(旧称) |
| 主な舞台 | 劇場、放送局、夜間営業の公共施設 |
| 技術的中核 | レベル制御、同期、クロスフェード |
| 社会的機能 | 群衆の行動時間を調律する装置 |
| 成立時期(諸説) | 1940年代後半〜1950年代初頭 |
| 制度上の位置づけ | ライセンス制(講習・審査) |
DJ(でぃーじぇい)は、音響機器を操作しながら音楽を進行する「職能」として知られるが、実際には放送技術者の監査職から派生したとする説もある[1]。また、都市の騒音統制と連動して制度化された時代があったとされる[2]。
概要[編集]
は一般に、ターンテーブルやミキサー等を操作し、音楽を組み替えながら場のテンポを設計する行為として説明される。もっとも、この職能が音楽文化として広く理解される以前から、放送・公共空間の「音響監査」と結びついて発展したという見解がある。
具体的には、深夜帯の放送難聴問題と、夜間営業施設に対する騒音測定の制度が同時期に整備されたことで、音量の“破綻”を避ける技術者が重用されたとされる。そこで行われたのが、音源の切替よりも先に「聴衆が同一の時間感覚に留まるよう調整する」運用であったと説明される。
語の成立と概念[編集]
略語の由来(説A)[編集]
「DJ」がの英略語として用いられたとする説がある。総合音響監査局の内部文書では、夜間に流れる音声のうち“聴感上の主導権”を握る担当者を“D—Directional”(方向性)と“J—Judgment”(判断)の二項目に分けたという記録が見いだされたとされる[3]。なお、この文書はのちに倉庫整理で行方不明になり、写しだけが残ったとされるため、真偽は慎重に扱う必要があるとされる。
ただし、別の編集者はこの説の年代をに修正し、「方向性の判断」を“DJ”と呼ぶ運用が市場向けに翻案された、と補足している。
職能としての要点(説B)[編集]
DJの中核は、技術そのものよりも「場の平均呼吸数」を崩さないことにあるとされる。たとえば公共施設では、開演前の待機中に聴衆の活動が分散し、入場ピークが乱れることが問題になった。このため、DJには入場動線に合わせた音量カーブが求められ、測定器はの一部地区で夜間立入検査に準じた運用が行われたとされる[4]。
この“平均呼吸数”という概念は科学的に確立した指標ではないものの、当時の説明資料では「180秒単位の揺らぎ」を抑える目標値が示されたという。
歴史[編集]
戦後放送と「音の監査」[編集]
、夜間放送の周波数管理が不安定になり、難聴者の増加が社会問題として扱われた。これに対し、は“音の破綻率”を制度化し、違反店舗には再放送の代行命令が出る仕組みを整えたとされる。そこで、店舗側の担当者を束ねる役割としてDJが登場したという説明がある[5]。
一方で同局の別系統の報告書では、実際の監査は音量ではなく「切替の瞬間に生じる聴覚の不連続」を対象にしたと記されている。この不連続を減らすために、複数の音源を同一の“立ち上がり時間”で揃える手順が編み出されたとされる。
都市の制度とスキルの細分化[編集]
頃には、DJの講習が都市部で標準化された。受講者は座学よりも、指定されたホールで「平均入場時間(TAI)」を満たす練習を課されたとされる。具体的には、開場から最初の巡回開始までの経過を、観客アンケートから逆算し「最長で27分以内、中央値で19分前後」とする基準が置かれたという[6]。
また、技術スキルは三段階に分けられた。「レベル係」(L)、テンポ係」(T)、判断係」(J)であり、最後に“J”が揃った者がDJと認定された、とする都市伝承がある。ただし、当時の講習名簿は確認できず、口承中心であるとされる。
社会への影響[編集]
DJは音楽の上に立つ演出者であると同時に、社会の“動きの同期”を支える装置として捉えられた。たとえばの夜間娯楽施設では、終電後の滞留が問題化し、施設内での事故リスクが上がったという。これに対し、DJが「退場の音響シフト」を行う運用が採用され、退場開始の統計が改善したとする報告が残っている[7]。
さらに、DJが介入したとされる分野は娯楽だけではない。放送局のニュース帯でも、原稿の読み上げ速度を一定に保つために、BGMではなく“無音区間の長さ”がDJ的に設計された、とする記述がある。無音は編集上のミスに見えるため、現場では「無音の監査」が別職として扱われることもあったという。
なお、この職能が大衆化するにつれ、DJが“聴衆の判断を先回りする存在”として語られるようになり、文化としてのDJと制度としてのDJがねじれながら共存したとされる。
批判と論争[編集]
DJの制度化は一定の成果をもたらしたが、同時に「音が人を誘導する」ことへの抵抗も生んだ。批判側は、DJが定めるテンポが、結果として“踊らされる”という感覚を生むと主張した。特にの一部地域では、夜間営業の認可条件として「テンポ逸脱が月間で3回以下」といった過度に細かな規定が盛り込まれたとされ、反発が報じられた[8]。
一方で擁護側は、テンポ管理は音量事故を避ける工学であり、意思決定の強制ではないと説明した。また、当時の論文では“聴衆は同期の快感を得る”という仮説が並べられたが、再現実験の報告が乏しいと指摘されている。
ただし、最も有名な論争は「DJが“曲”ではなく“時間”を売っている」という批評であった。この批評に対して、業界団体のは声明を出し、「時間を売ってよい。むしろ時間は誰のものでもない」と反論したとされる。この文言が実際にいつ、どこで読まれたかは不明であるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 総合音響監査局『夜間放送の音響破綻率調査報告(試案)』総合音響監査局, 1951年.
- ^ Margaret A. Thornton『Directional Judgment and Public Listening』Journal of Broadcast Acoustics, Vol.12 No.3, 1954.
- ^ 田島健太郎『聴感上の主導権:DJ講習資料の読解』放送技術叢書, 第2巻第1号, 1972.
- ^ 井上妙子『無音の監査制度とその運用(東京都区部の事例)』東京都立視聴覚研究所紀要, 1967年.
- ^ Ralph J. Harkness『Crowd Synchrony Through Program Transitions』International Review of Audio Engineering, Vol.7 No.4, pp.33-58, 1961.
- ^ 日本音響進行協会『夜間娯楽施設における退場動線の音響設計』日本音響進行協会出版部, 1966年.
- ^ 佐倉理恵『平均入場時間(TAI)の統計的解釈』社会音響学会誌, 第5巻第2号, pp.101-126, 1979.
- ^ K. L. Bastian『On the Misleading Nature of “Tempo as Culture”』Proceedings of the Symposium on Hearing Governance, Vol.3, pp.9-21, 1982.
- ^ 浜崎一成『音楽の前にある判断:L/T/Jモデルの再検討』放送技術研究, 1990年.
- ^ (参考文献の一部として)DJ研究の国際ハンドブック(誤記版)『The Disc Jockey Handbook』Acoustic Press, 2001年.
外部リンク
- 音響監査アーカイブセンター
- 夜間放送技術資料室
- 群衆同期データポータル
- テンポ管理技術者向け講習ログ
- 日本音響進行協会 旧声明集