ジャングル三面相
| 分野 | 生態観察・映像記録・文化記号論 |
|---|---|
| 成立時期 | 1900年代初頭に体系化されたとされる |
| 主唱者 | アマド・サンチャ(説) |
| 構成要素 | 「葉の顔」「音の顔」「影の顔」 |
| 用途 | 未知環境の報告書・教育映像の作法 |
| 関連概念 | 検疫視点三分法、熱帯レンズ文法 |
| 象徴的施設 | (架空) |
| 論争点 | 再現性と人為的演出の境界 |
(じゃんぐるさんめんそう)は、熱帯林の生態観察に由来するとされる「三つの顔」を同時に描写する比喩体系である[1]。発表は近代以降とされるが、実際の成立経緯は航海術・検疫行政・視覚芸術の交差により形成されたと説明される[2]。
概要[編集]
は、熱帯林(特に常緑樹林)の観察記録を「同一個体・同一区画」を対象として、三種類の情報面から同時に記述するための比喩体系として説明されている[1]。その三面は概ね「葉の顔」「音の顔」「影の顔」と呼ばれ、報告者の主観を抑える“はずの枠組み”として広められたとされる。
この体系は学術的にはというより、観測の標準化と教育の視認性を目的として整備された、という言い方がなされることが多い。なお、初期資料では「三面相」の語は「三面図(みおもてず)」の誤記から派生したとされるが、別の系統では航海記録の符号表からの転用と推定されている[3]。そのため、細部の運用は地域ごとに揺れがあるとされる。
一方で、社会的には検疫・資源調査・映画的記録の三分野が同じ行政ルートに乗った時期に広まり、新聞・講演・市民向け映画会へと波及した。結果として、単なる比喩が「観察の作法」へと格上げされ、熱帯が“読むべきテキスト”として流通する下地になったと評価されている[4]。
用語の定義[編集]
「葉の顔」は、樹冠の層構造や葉脈の密度、発色の季節変化を“触覚的に言語化”する面として定義される[2]。「音の顔」は、昆虫・鳥類・雨滴などの発生源を、遠近の比率(前景/中景/背景)に分けて書き分ける面である。「影の顔」は、日射の角度と樹間の遮蔽から影の粒度(粗/中/細)を決め、観察者が影を“測定”している体裁を取ると説明される[1]。
成立の前提条件[編集]
三面相が成立したとされる背景には、湿潤環境での聞き取りが役所の責任範囲から外れがちだった事情がある。そこで、声や足音の記述が揺れないよう、報告書の欄を“葉・音・影”に固定したとする説がある[5]。
歴史[編集]
起源:検疫航海の「三欄帳」から[編集]
起源は前後の南太平洋航路検疫の運用改定に求められるとされる[6]。当時、発の貨物船では、寄港地ごとの熱帯害虫情報が“口頭”で共有され、翌月には内容が別物になることが問題視された。そこで、海軍民政局の下部組織としてが設置され、報告様式を三欄に固定したと説明される。
様式の三欄が当初「外見(葉)」「騒音(音)」「遮蔽(影)」と呼ばれていたのは、記録係が時計の時報を合わせる代わりに、観測時の視認要素を基準化しようとしたためである、という筋書きが採用された[6]。ここで、記録係の一人とされるアマド・サンチャが、観測結果を“顔”に見立てることで誤解が減ると主張し、その後に比喩名として「三面相」が定着したと語られることが多い[3]。
ただし、後年の回想では三面相の発想源は別にあったとされ、が船内で配布していた熱帯童話冊子の挿絵(密林に三つの表情を持つ同型の獣)に由来するとも述べられる[7]。この二説の併存は、編集者が“出典が矛盾する章”として意図的に残したのではないか、とさえ推測されることがある。
発展:視覚芸術と教育映像への転用[編集]
、都市部での講演ブームに合わせ、検疫技師の教育映画に三面相の記述欄が導入されたとされる[8]。この時期、内のが、フィルム原稿を三面で分割する編集手法を確立した。具体的には、フィルム台帳に「葉 4.8m」「音 3.2m」「影 2.5m」という尺を割り当て、上映時間のばらつきを抑えた、と記録されている[8]。
さらにには、熱帯レンズ文法と呼ばれる“撮影者の立ち位置”の規約が付随し、被写体までの距離を「七歩」「九歩」「十二歩」に換算する運用が提案された[9]。ところが、実地での換算は現場の身体条件に依存し、上映会場から「三面相が現実とズレる」という苦情が出たとされる[10]。それでも、三面相は“理解しやすい誤差”として受容され、教育の道具として生き延びた。
戦時期:検閲と民間新聞の「顔の輸入」[編集]
前後には、検閲強化により自然記録が軍事情報と誤認されやすくなった。そこで検疫行政は、観測の説明を抽象化して書類を通す工夫として三面相を採用したとされる[11]。具体例として、特定地域の植生が同定されないよう「葉の顔は“角度”で語る」「影の顔は“粗さ”で語る」という縛りが設けられたと説明される。
この運用は民間新聞にも波及し、の夕刊で「今週の三面相—葉・音・影で見る熱帯」と題したコラムが連載されたとされる[12]。ある号では、読者投稿により得られた“雨音の三分類”を、集計用紙で毎日に印字するという、やけに細かい運用が採用されたと記されている[12]。なお、この細部は後年の関係者証言では否定されているが、編集部の装飾である可能性も指摘されている[10]。
批判と論争[編集]
には、標準化という名の“誘導”が含まれるのではないか、という批判が繰り返し出ている。特に「影の顔」を測定すると言いながら、実際には観察者の経験で粗さの区分が変わるため、再現性が低いのではないかとする意見がある[13]。また、「音の顔」は聞き取り能力の差が直に反映されるため、教育映画によって訓練格差が拡大する可能性がある、と指摘されている。
一方で、擁護側は三面相を“誤りを減らす枠”ではなく、“誤りを共有するための共通言語”だと位置づける。実際、三面相の記述がある報告書では、後続調査チームが似た地点を見つけやすかったとされ、行政側では「三面相の記録は監査で強い」とも言われた[14]。ただし、その“強さ”が科学的強度か、書類上の強度かは意見が分かれる。
また、熱帯レンズ文法との相性も論争点である。レンズ文法では立ち位置を「七歩」「九歩」「十二歩」に換算するが、現場では水没や体勢制限により“歩数”が成立しない場合がある。このとき、記録係が徒歩以外の手段(携帯測量糸や結び目の数)に切り替える運用があったとされるが、その切替のタイミングは規程に書かれていないとされる[9]。結果として、編集者ごとに解釈が異なる“グレーな部分”が記事に残されやすい分野となった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯礼治『三欄帳が見た熱帯—検疫記録の記号体系』港湾衛生叢書, 1935.
- ^ Margaret A. Thornton『Visual Standardization in Tropical Fieldwork』Cambridge University Press, 1948.
- ^ 伊藤昌弘『映像教育と三面図法(未刊行講義録)』青写真教育研究所, 1924.
- ^ ノイマン『On the Metaphor of Observation Faces』Journal of Applied Ethnography, Vol.12 No.3, 1956, pp.41-62.
- ^ Amedo Sancha『葉・音・影の記録術—船上メモからの再構成』海軍民政局資料集, 1906.
- ^ 港湾衛生監査室『検疫監査用報告書様式の沿革』港湾衛生監査室編, 第2巻第1号, 1912, pp.13-29.
- ^ 小泉眞人『新聞連載としての熱帯:三面相コラムの社会史』読売学術選書, 1952.
- ^ 鈴木正和『熱帯レンズ文法の実務—七歩・九歩・十二歩問題』観測技術研究, Vol.7 No.1, 1961, pp.7-19.
- ^ R. K. Dallow『Sound, Shade, and Leaf: A Field Grammar for Administrators』Field Methods Review, Vol.3, 1971, pp.101-119.
- ^ 山田克己『三面相は科学か文芸か—批判の系譜』日本記録史学会, 1989.
外部リンク
- ジャングル三面相データバンク
- 港湾衛生監査室アーカイブ
- 熱帯レンズ文法ビデオ講習会
- 青写真教育研究所デジタル台帳
- 三欄帳復刻プロジェクト