スイマーの睡魔
| 正式名称 | スイマーの睡魔 |
|---|---|
| 別名 | プール辺縁性眠気、コースロープ後遺症 |
| 初報告 | 1950年代後半 |
| 命名者 | 田所 恒一郎 |
| 主な観測地 | 東京都、神奈川県、ロサンゼルス、メルボルン |
| 関連分野 | 運動生理学、睡眠学、水泳競技学 |
| 典型的症状 | 強い眠気、耳鳴り、泳法の反復夢想、塩素臭への執着 |
| 社会的影響 | 競泳合宿の休憩制度、夜間プール照明規格の改定 |
| 診断の難しさ | 疲労との境界が曖昧である |
| 備考 | 1964年の国内選考会で急速に注目された |
スイマーの睡魔(スイマーのすいま)は、水泳選手の間で観察されるとされる、競技直後に強い眠気と方向感覚の鈍化が同時に生じる現象である。一般にはの研究者たちによってに命名されたとされ、期の競泳強化とともに広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
スイマーの睡魔は、の直後から数分ないし数十分のあいだに、急激な眠気、視界の収縮、会話速度の低下が現れるとされる現象である。競技者本人は「身体が鉛のように沈む」と表現することが多く、周囲からは単なる疲労と見分けがつきにくいとされている。
もっとも、当初は医学用語ではなく、の県営プールでコーチ陣が使い始めた俗称であった。後にの技術委員会が半ば便宜的に採用し、には合宿資料や選手日誌にも記載されるようになった[2]。
定義と症状[編集]
この現象の定義は、単純な睡眠不足では説明できないところに特徴があるとされる。選手は十分に休養していたはずなのに、を3本泳いだ直後から、あくびが連発し、壁に寄りかかって目を閉じたままコース番号を復唱することがある。
また、症状の一部として「水中で聞いた笛の音が夢に混ざる」「ターンのたびに幼少期のプール帽を思い出す」など、かなり記述的な訴えが多い。なお、のでの聞き取り調査では、対象者27名中19名が「帰りのバスで必ず寝る」と答えたが、そのうち5名は競技成績がむしろ向上しており、因果関係は不明である[3]。
歴史[編集]
黎明期[編集]
起源は夏、のにあった臨時訓練プールにさかのぼるとされる。ある夜間練習のあと、選手12名がほぼ同時にベンチで眠り込んだため、監督の佐伯義信が「これは怠けではなく、泳いだ者だけがかかる睡魔だ」と記録したのが最初の記述とされる。
翌年、の助手であった田所 恒一郎が、塩素濃度と眠気の相関を調べる名目で選手の耳たぶ温度を42回測定し、これをの一種として発表した。ただし、この論文は見出しだけが先に有名になり、本文は3ページしかないため、後世の研究者からは「勢いのあるメモ」と評されている。
普及と制度化[編集]
の国内選考会では、決勝進出者の約3割が表彰台の直前で眠気を訴えたことから、放送席で「スイマーの睡魔」が頻繁に使われた。これを受けては、長距離種目の後に最低7分の静養椅子を設ける指針を出したとされる。
一方で、の大学研究チームは、競泳選手の眠気は「勝敗による交感神経の反動」であると主張し、プールサイドでを鳴らしながら休ませる実験を行った。結果は統計的に有意ではなかったが、選手の一人がそのまま昼寝を60分延長し、以後その大学では休憩音楽に小川のせせらぎが採用されたという[4]。
海外への波及[編集]
では大会の経験を踏まえ、豪州のコーチが同現象を「pool drowse」と英訳したが、語感が弱すぎるとして定着しなかった。のちにが採用した「lane-lag」は、むしろ時差ボケと混同され、専門誌で軽く批判されている。
しかし以降、東アジアの合宿文化と結びついたことにより、国際的には「競技後の強制安静を正当化する便利な概念」として知られるようになった。とくにとの冬季屋内プールでは、ウォームダウンの最後に必ず5分間の無言時間を置く慣習が生まれ、これが睡魔対策として紹介された。
発生要因[編集]
研究者のあいだでは、主因として三つの説がある。第一に、呼吸のリズムが一定化することで脳幹が「もう終わった」と誤認するという説、第二に、塩素と高湿度による軽い陶酔が眠気へ転化するという説、第三に、ターンの反復によって意識が円環化し、自己が水面に吸収されるというかなり詩的な説である。
にで行われた調査では、練習量が週18時間を超える群で発生率が高かったが、同時に読書量が多い選手ほど発症率が高いという奇妙な相関も出た。これにより、一部では「知的な疲労が水圧で増幅される」とも説明されたが、要出典とされることが多い[5]。
文化的影響[編集]
スイマーの睡魔は、単なる体調現象にとどまらず、合宿文化や用具開発にも影響した。たとえば頃から、の一部の高校では、練習後に「3分間の壁向き瞑想」が制度化され、これが現在のクールダウン儀式の原型になったとされる。
また、のスポーツ番組では、競泳中継の終了直後に眠気を連想させる淡い青のエンドカードが使われ、視聴者から「見ている側も眠くなる」と評された。さらにには、プール用品メーカーが「睡魔軽減キャップ」を発売したが、実際にはただのフィット感の強い帽子であり、売上の半分はネーミング勝ちだったといわれる。
批判と論争[編集]
一部の医学者は、スイマーの睡魔を独立した症候群として扱うことに批判的であり、単なる運動後疲労を過剰に神秘化しただけだと主張している。とくにのの報告書では、選手の眠気の大半は朝練の早起きに由来すると結論づけられたが、同報告書の付録に「それでもプールに入ると少し眠い」と追記されていたため、議論は収束しなかった。
他方で、指導現場ではこの概念が便利すぎるため、練習を嫌がる選手の訴えまで包み込んでしまうという批判もある。ある監督は「睡魔は技術不足の言い換えではない」と述べたが、その直後にチーム全員が更衣室で寝てしまい、以後この発言は記念碑的に引用されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田所 恒一郎「水泳選手における遷延性眠気の観察」『運動生理学雑誌』第12巻第3号, 1959年, pp. 41-58.
- ^ 佐伯 義信『辰巳プール日誌 1957夏』日本水泳文化社, 1961年.
- ^ M. A. Thornton, “Post-Race Somnolence in Competitive Swimmers,” Journal of Aquatic Athletics, Vol. 4, No. 2, 1965, pp. 113-129.
- ^ 日本水泳連盟技術委員会『競泳合宿における静養時間の手引き』内部資料, 1966年.
- ^ Howard B. Lyle, “Lane-Lag and the Psychology of Wet Fatigue,” British Journal of Sports Sleep, Vol. 7, No. 1, 1973, pp. 9-21.
- ^ 国立スポーツ科学センター『高湿度環境下における眠気指標の測定』研究報告第18号, 1981年, pp. 6-14.
- ^ 山岸 玲子「プール後の眠気に関する質問紙法の試み」『日本睡眠学会誌』第15巻第4号, 1987年, pp. 201-219.
- ^ P. R. Henderson, “The Chlorine Hypothesis Revisited,” International Review of Swim Medicine, Vol. 9, No. 3, 1992, pp. 77-88.
- ^ 順天堂大学スポーツ健康学部『競泳選手の疲労と傾眠の境界』報告書, 1993年, pp. 2-27.
- ^ 水谷 千鶴『プールサイドの民俗学』青潮出版, 1998年.
- ^ N. Ishikawa and J. Mercer, “Somnolence Rituals in East Asian Aquatics,” Asia-Pacific Journal of Sport Anthropology, Vol. 2, No. 1, 2004, pp. 55-70.
外部リンク
- 日本競泳睡魔研究会
- 国際プール傾眠協会
- 辰巳水中文庫
- スポーツ眠気アーカイブ
- 横浜臨海運動史研究所