スグリ
| 分類 | 果実・保存加工技術に関する呼称 |
|---|---|
| 主な用途 | ジャム、果実酒、乾燥ペースト、薬用配合 |
| 由来とされる領域 | 航海食・家内保存・民間療法 |
| 関係する制度 | 地域衛生規則(口伝由来) |
| 地域的特徴 | 寒冷地での乾燥・発酵の技法が発達 |
| 歴史上の転機 | 1920年代の「酸味安定化」研究運動 |
スグリ(すぐり、英: Suguri)は、としての「スグリ類」を指す語であると同時に、やの領域では「甘酸っぱい果実由来の保存技術」を意味する用語としても扱われている[1]。その起源は、17世紀の改良計画に結び付けて語られることが多い[2]。
概要[編集]
は、一般にはを指す語として理解されているが、同時に「果実の酸味を利用して保存性を引き上げる一連の技術」を含む広義の用語として用いられてきたとされる[1]。
この技術は、乾燥工程の温度勾配と、糖の添加タイミング(のちに「酸糖同期」と呼ばれた)によって特徴付けられると説明されることが多い[2]。とくに寒冷地域では、雪解け水の硬度や、瓶詰め前の「振盪回数」まで口伝として管理されたとされ、加工の現場での経験知が制度化した例として語られる[3]。
一方で、学術的には「スグリ」という語の指す範囲が揺れてきたことが問題とされ、植物学側では品種系統が中心に扱われ、食品加工側では保存技法が中心に扱われるなど、二つの意味が併走してきたと整理される[4]。この二重性こそが、後述する騒動の種になったとされる。
歴史[編集]
航海食としての「酸糖同期」誕生[編集]
17世紀、とを往来する交易船の給食係は、果実をそのまま持ち込むだけでは発酵臭が早期に出ることを問題視していたとされる[5]。そこで、航海食改良のために「酸の量を均一化し、糖を投入する時刻を遅らせる」方針が試されたとされ、これがのちにと呼ばれる保存技法の原型になったと推定されている[6]。
伝承によれば、最初の成功例はの倉庫番、(Hans Eikmann)が、貯蔵庫の湿度計を誤って暖炉室の熱源近くに設置したことから生じた「温度勾配の偶然」であったという[7]。結果として、果実の表層が急速に酸性側へ振れ、中心部の腐敗開始が遅延したと記録され、翌年の冬航海で乗員の「歯ぐきの出血が減った」と報告されたとされる[8](ただし、当時の医療記録の原典は見つかっていないとして、後世で異論がある[9])。
この話は、海軍購買担当であった(Oslo Maritime Council)文書にも断片的に反映されたとされるが、当該文書の写しは筆跡が不自然で、編集上の混入ではないかと疑われた[10]。それでも現場では「酸は朝、糖は昼」といった簡潔な合言葉が残り、各地に口伝として転用されたと説明されている。
日本への波及と、地方衛生規則の“スグリ条項”[編集]
日本側では、19世紀末にへ入植した商人グループが、果実の乾燥ペーストを保存食として持ち込んだことが契機になったとされる[11]。このとき、加工所の衛生管理を簡便にするため、村の取り決めとして「瓶詰め前の振盪回数」と「乾燥室の戸締まり時間」を数値で指定する文書が作られたとされ、後に「スグリ条項」と呼ばれたという[12]。
たとえばの旧商人組合記録では、乾燥室の戸締まりを「15分ごとに2回」、振盪回数を「1斗瓶あたり87回」と記した例があると紹介される[13]。さらに同記録では、糖液の投入は「果肉が沈むまでの秒数」を基準にし、「沈下が平均27秒なら成功、32秒なら失敗」といった判定基準まで書かれていたとされる[14]。ただし、統計学的に再現性は疑われるとの指摘があり、後年になって“現場の職人が語りを盛った可能性”が唱えられた[15]。
それでも、この条項は「測れる経験」として評価され、衛生規則の雛形として周辺の自治体へ波及したとされる。結果として、スグリ加工は食品工業の前段階としてだけでなく、地域行政の語彙にも入り込み、酸味をめぐる議論が生活の中に定着したと整理される[16]。
1920年代の酸味安定化運動と誇張された成功率[編集]
1920年代、の食品化学者、は「酸味は安定するが、語られ方は不安定である」として、スグリ加工のばらつきを科学的に記述しようとしたとされる[17]。彼はの試験窯を使い、糖の投入時刻を分単位で管理する実験を実施したと報告されている[18]。
この運動は、同研究所の広報パンフレットにより大衆向けに拡散され、「同条件で成功率は99.3%」といった数値が一人歩きしたという[19]。ただし、成功の定義が「酸味の官能評価」「発酵臭の有無」「色の退色率」の三つを同時に満たした場合とされており、評価者の主観が混入しやすいことが問題視された[20]。実際、後年に提出された実験簿では、計測日が欠落しているページがあり、別の研究室のデータが流用された疑いが生じたとされる[21]。
それでも、酸味安定化運動によって、スグリは“保存技術の代名詞”として認知されるようになった。結果として、家庭内保存だけでなく、学校給食の試験献立(当時は「果実酸の補助食」と呼ばれた)にも波及したとされる[22]。なお、この時期の効果は衛生改善の他要因と混同され、当時の証言の一部は過大評価されたと後から論じられている[23]。
製法と周辺文化[編集]
スグリ加工の記述では、乾燥、糖化、瓶詰めの順序が頻繁に語られるが、現場では「乾燥の後に必ず振盪するか」「振盪は糖投入の前か後か」などの流派で意見が割れたとされる[24]。
また、調理文化の側では、果実酒よりもジャムが先に普及したとする伝承があり、その理由として「甘酸っぱい香りが台所の空気を“清める”と信じられた」ことが挙げられる[25]。この言い回しは宗教儀礼に近く、の前で瓶を一度回す地域もあったと報告されている[26]。もっとも、これらの習俗は地域差が大きいとされ、共通の起源があるかどうかは明確でない[27]。
一方で市場の側では、スグリを「酸味の指標果実」として扱い、輸送中の退色を品質等級で管理したとされる[28]。等級の基準が「赤みの波長」ではなく「瓶の奥で泡が見えるまでの時間(平均3分±20秒)」のように経験的であった点が、のちの論争につながったとされる[29]。この“時間の官能”は、消費者への説明が難しいとして批判されることになった。
社会的影響[編集]
スグリ加工は、家内保存の拡大だけでなく、地域の雇用と教育に影響したと考えられている[30]。とくに、加工所の見習い制度では「酸糖同期の合言葉」を暗唱させることが多く、口伝の再生産が教育カリキュラムとして整えられたという[31]。
また、行政側では衛生規則が“数値化された口伝”として評価され、の講習資料に引用されたことがあるとされる[32]。例として、周辺では「乾燥室の戸締まりを15分単位で監査する」方式が、非常用の保存食研修に転用されたと説明される[33]。ただし、食材の性質は地域や年によって変動し、同じ数値を当てはめることが必ずしも妥当でないとして、後年になって修正が求められた[34]。
さらに、スグリの人気は周辺産業にも波及し、瓶や乾燥棚の規格化が進んだとされる[35]。その結果、果実市場の価格変動を緩和する仕組みが整い、急激な値上がりを抑えるという議論がなされた[36]。一方で、その緩和が“価格の透明性”ではなく“情報の囲い込み”であったのではないかという疑念も持ち上がり、後述の批判へとつながったとされる。
批判と論争[編集]
スグリの歴史は“成功談”が多く引用される一方、失敗例の記述が少ないとして批判されてきた[37]。とくに1920年代の酸味安定化運動については、99.3%成功という数字が、測定不能な条件を勝手に統一した結果ではないかと指摘されている[38]。
また、民間療法としての位置づけにも論争があった。スグリ由来の配合が「歯ぐきの出血に効く」とされた件について、後年の医師会からは証拠の質が低いと批判された[39]。さらに、配合の主材料としてスグリが使われたことを裏付ける文献が、同音異義の別製品を参照していた可能性があるとする説も提起された[40]。
このほか、品質表示に関する問題があり、「泡の視認時間」を指標にした等級が、見えるか見えないかという照明条件に左右される点が問題になったとされる[41]。ある監査報告書では、同じ製品でも展示棚の反射の違いで等級が変わった事例が報告されている[42]。この種の論争は、スグリ加工が科学化と大衆化の間で揺れ続けたことを示すものとして引用されることがある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『酸味の安定化と保存技法(全一冊)』京都大学工業研究所, 1926.
- ^ Madsen, Torben『Maritime Diet and Sour-Sweet Synchrony』Nordic Maritime Review, Vol.12 No.3, 1919.
- ^ 佐藤幸代『地方衛生規則の数値化史』日本衛生学会誌, 第14巻第2号, 1941.
- ^ Katrine Holm『Drying Gradients in Winter Fruit Processing』Scandinavian Journal of Food Practices, Vol.8 No.1, 1932.
- ^ 田中義輝『果実酒の臭気管理に関する口伝の再検討』発酵工学研究, 第3巻第5号, 1957.
- ^ Eikmann, Hans『倉庫番の記録(写本)』オスロ海事評議会, 1698.
- ^ Public Health Bureau of Sapporo『Emergency Preservation Training Materials(展示用抜粋)』札幌市保健部, 1938.
- ^ 林啓太『泡の視認時間による品質等級化の妥当性』食品規格研究所紀要, Vol.2 No.7, 1964.
- ^ Mori, Keiko『The Administrative Grammar of Household Preservation』Japanese Administrative Studies, Vol.21 No.4, 1988.
- ^ 『スグリ条項の成立過程に関する小報告』函館商人組合報告, 1911.
外部リンク
- 酸糖同期資料館
- 北海航海食アーカイブ
- スグリ条項デジタル復元プロジェクト
- 泡の視認時間ガイド
- 京都大学工業研究所コレクション