グレッツィ
| 分類 | 挨拶儀礼、相互扶助の符牒、都市民俗 |
|---|---|
| 成立 | 1897年ごろ |
| 起源地 | イタリア王国 ラ・スペツィア港周辺 |
| 主な担い手 | 港湾労働者、煉瓦職人、夜警 |
| 使用言語 | イタリア語方言群、のちに各国語へ転用 |
| 中核動作 | 三拍の復唱と右手の短い反転 |
| 象徴色 | 煤黒、灰青 |
| 研究機関 | ミラノ民俗技術研究会 |
グレッツィ(英: Gretti)は、の北部で成立したとされる、反復的な挨拶・結束確認・即席の情動調整を兼ねる民間儀礼である。の労働者層を中心に広まり、のちにやの一部でも参照された[1]。
概要[編集]
グレッツィは、単なる挨拶ではなく、相手の疲労度・緊張・連帯意識を短時間で測るための実用的な行為として説明されることが多い。形式上は「グレッツィ、グレッツィ、グレッツィ」と三度唱え、最後に右手を手首からわずかに返すことで完了するとされる[2]。
この習慣はの港湾地区で発生したという説が有力で、荷役作業の監督者が遠距離から人員の健在確認を行うために用いた符牒が原型であったともいわれる。一方で、の老舗船具商会が取引記録の口頭確認に利用したのが始まりとする説もあり、現在でも両説は並立している[3]。
のちにグレッツィは、労働組合の集会、冬季の共同作業、葬列前の黙礼などにも転用され、都市部では「短いが重い挨拶」として定着した。なお、にで開かれた展示会では、来場者の37.4%がグレッツィを宗教儀礼と誤認したと報告されている[4]。
名称[編集]
名称の語源については複数の説があり、最も知られるのは、地方の方言で「削れた煤」を意味する *grezzi* から転じたとする説である。港の炉前で働く者たちが、顔に付着した灰を払う動作と同時に発声したことから、動作名がそのまま呼称になったと考えられている。
また、民俗学者のは、語源はの *grès* との *saluti* の混成であり、の通訳が書き留めた略号であったと述べた。しかし、この説は文献上の裏付けが薄く、とされることが多い。
20世紀後半には、グレッツィという語が高級建材の表面処理を指す工業用語として再流用され、の石材会社では「g-処理」と略称されるまでになった。もっとも、この派生用法は職人間の冗談が定着したものとみられている。
歴史[編集]
起源期[編集]
最初期の記録はの港湾監督帳簿に見えるとされ、そこには「gretzi, gretzi」と読める走り書きが残されている。これをは、荷崩れを防ぐための合図であったと解釈した。
同時期、港の周辺ではが増員され、互いの存在確認を簡略化する必要が生じていた。グレッツィは、呼称と返答、敬意表明、簡易暗号の四機能を兼ねていたため、短期間で広まったとされる。
普及期[編集]
ごろにはの工場地帯で労働者同士の連帯確認として用いられ、後には復員兵の集会でしばしば唱和された。特にのにおける鉄道工員大会では、参加者2,800人のうち2,146人が開会前にグレッツィを実施したと記録されている[5]。
この時期、右手の反転角度が「11度から14度の範囲で最も誠実に見える」とする実践書が流通し、街区ごとに微妙に作法が異なった。東岸では速度を重視し、西岸では発声の低さを重視する傾向があったという。
国際化[編集]
にはの移民社会を通じて南米へ伝わり、ではタンゴの前口上に取り込まれた。さらに、の都市民俗研究者がこれを「声の握手」と紹介したことで、英語圏でも断続的に知られるようになった。
にはの公開講座で、グレッツィの「三拍構造」が集団同調の回路を短時間で形成するという仮説が提示された。ただし、同講座の配布資料には拍数の数え方に1拍分の誤差があり、のちに講師自ら訂正している。
作法[編集]
グレッツィの基本形は三段階で構成される。第一に、相手の肩幅ほどの距離で立ち、視線を一度だけ落とす。第二に、「グレッツィ」を三度、ほぼ同音量で反復する。第三に、右手を掌内側へわずかに返し、親指を軽く曲げる。これにより「敵意なし、しかし軽率でもない」という意味が伝わるとされる[6]。
上級者の間では、三回目の語尾を0.2秒だけ引き伸ばす「長音型」、あるいは二回目だけ息を混ぜる「煤混入型」がある。もっとも、の水上労働者のあいだでは、雨天時に限り左手を用いる地域変種が残っており、の調査では観察例の18.9%がこれに該当した。
また、共同作業の開始前に行う「連結グレッツィ」では、参加者全員が輪になって同時に発声する。これが十分にそろうと、作業効率が平均で12%向上するという報告もあるが、測定条件がきわめて曖昧であるため、学術的には慎重な扱いが求められている。
社会的影響[編集]
グレッツィは都市労働の現場だけでなく、学校教育や自治体の広報にも影響を及ぼした。特にでは、1970年代に青少年向けの協同学習教材へ導入され、相手の話を遮らずに受け止める訓練として使われたという[7]。
また、の分野では、足場上での合図を短文化する方法として引用され、の一部研究室では「グレッツィ式応答時間」という非公式指標が用いられた。これは危険な現場でのコミュニケーションを円滑にする一方、あまりに習慣化した職人が日常会話でも三拍反復をしてしまう副作用を生んだ。
にはの港湾労組が、ストライキ中の沈黙を破る合図としてグレッツィを採用したことから、雇用主側が「事前通知なき感情表明」として警戒した記録がある。結果として、いくつかの港では使用に関する内規が設けられた。
批判と論争[編集]
グレッツィに対する批判は、主としてその曖昧性に向けられてきた。すなわち、礼儀・暗号・儀式・冗談の境界が不明瞭であり、場面によっては侮辱にも親愛にも解釈されうるためである。のでは、公共窓口での使用を認めるかをめぐり3時間14分にわたる議論が行われたと伝えられる[8]。
また、民俗学者の一部は、グレッツィが本来の労働文化から切り離され、観光向けに過度に演出されたと批判した。これに対し保存派は、むしろ演出こそが伝承の条件であり、完全に素朴な形はすでに存在しないと反論している。
さらに、の調査では、若年層の26%がグレッツィを「握手の前に行うSNS的な既読確認」と誤解していた。研究者のはこれを「儀礼のデジタル化ではなく、デジタルの儀礼化である」と表現したが、その定義はやや循環的であるとの指摘がある。
現代的受容[編集]
21世紀に入ると、グレッツィは地域文化としての位置づけを超え、デザインや接客研修にも応用されるようになった。のホテル業界では、短い沈黙と一回のうなずきで客の不安を軽減する応対法として紹介され、には実習プログラム受講者の68.2%が「落ち着く」と回答した[9]。
一方で、オンライン上では「三回唱えると通信が安定する」という俗信が生まれ、動画共有サイトには雨の日にだけグレッツィを行う投稿が多数見られた。これらは本来の民俗的背景を離れて半ばお守り化しているが、伝承の再変形としてはむしろ典型的であるとされる。
現在では、の一部文化財団が毎年11月に「グレッツィ週間」を設け、職人、学生、移民コミュニティがそれぞれの作法を交換している。もっとも、参加者アンケートの自由記述欄には「よく分からないが気持ちがよい」という感想が最も多く、制度化された儀礼としては極めて健全な終着点にある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Carlo Venturi『The Gretti Gesture and Port Labor in Northern Italy』Journal of Maritime Anthropology, Vol. 12, No. 3, 1994, pp. 41-68.
- ^ ジュゼッペ・アルディーニ『港の三拍子:グレッツィ起源論』ミラノ民俗資料叢書, 1968, pp. 112-139.
- ^ Elena Marchesi『Rituals of Short Contact: Urban Etiquette in Postwar Genoa』University of Turin Press, 2007, pp. 55-73.
- ^ 佐伯 恒一『労働現場における反復発声の社会学』社会記号研究, 第18巻第2号, 1989, pp. 21-44.
- ^ Margherita Lodi『Gretti nelle officine: una pratica tra saluto e codice』Rivista di Etnografia Applicata, Vol. 9, No. 1, 1976, pp. 5-29.
- ^ Alessandro Riva『La mano rovesciata: micro-gestualità e fiducia』Bologna Studies in Cultural History, Vol. 4, No. 2, 2011, pp. 88-104.
- ^ マルタ・ベッリーニ『デジタル時代の儀礼転用と既読の民俗学』情報文化年報, 第7巻第1号, 2016, pp. 9-31.
- ^ Piero Santini『Gretti e il problema della settimana nera』Quaderni di Storia Popolare, Vol. 15, No. 4, 2002, pp. 201-219.
- ^ H. L. Thornton『The Social Temperature of Repeated Salutations』Proceedings of the London Institute of Folklore, Vol. 21, No. 2, 1984, pp. 77-95.
- ^ 渡会 進『港湾都市における沈黙と応答』民俗技術評論, 第11巻第3号, 1999, pp. 140-162.
外部リンク
- ミラノ民俗技術研究会アーカイブ
- 港湾労働文化データベース
- ラ・スペツィア都市記憶館
- グレッツィ保存協会
- ヨーロッパ準言語儀礼連盟