ズンゴロベロンチョ
| 分類 | 擬音詠唱(音声民俗・即興表現) |
|---|---|
| 主な使用域 | の路地・講堂・冬季の稽古場 |
| 形態 | 短句(3拍〜7拍)+語尾の反復 |
| 伝承媒体 | 口承、手帳、稽古帳、匿名の落書き記録 |
| 関連分野 | 音声学、方言研究、舞台技法 |
| 初出とされる年代 | 1910年代後半の稽古メモ(とする説) |
| 論争点 | 実在の「特定レシピ」か単なる流行語か |
(ずんごろべろんちょ)は、音楽・言語遊戯・民俗奇譚が交差したとされる「擬音詠唱」の一群である。主にで口承化し、儀礼や稽古の場で即興的に用いられたとされる[1]。ただし語源や実体の詳細は資料の欠落が多く、学術的には「周縁的現象」として整理されてきた[2]。
概要[編集]
は、特定の意味を固定しないまま、発声のリズムと息継ぎの配置を学習するために用いられたとされる擬音詠唱である。形式としては「ズンゴロベロンチョ」という語列に近い音の連結を含み、語尾の揺れ(ベロンチョ部分)が参加者の緊張度や場の温度で微調整されると説明される[3]。
この概念は、単なる滑稽語としても扱われる一方で、稽古場では「拍の数え違いを矯正する装置」として教育上の意義を持ったともされる。実際、口承記録では「ズンゴロ」までを低音で置き、「ベロンチョ」で一度だけ息を切り替える手順が描かれている。ただし記録間で息継ぎの位置が一致しないため、運用は共同体ごとの方言差・指導者差で変化したとみなされている[4]。
加えて、近年の研究ではが言語遊戯と民俗奇譚の境界に位置するとされる。すなわち「意味のなさ」が、むしろ参加者の記憶に残りやすい形へと再編集され、結果として地域の小さな社会制度(稽古の順番、代役の決め方、鐘の合図)を支える“合図”として働いた可能性が指摘されている[5]。
語源と定義[編集]
語源については、語列そのものが語彙ではなく「発声上の運動パターン」を表す符号であると考えられている。具体的には、が舌の前後運動、が口腔内の共鳴と唇の開閉を連続させる動作の写像である、という説明が見られる[6]。
また、1933年刊行の編集者注釈では「ズンゴロベロンチョとは、雪解けの水音に似た三段階の息の模倣である」と整理されている[7]。ただしこの注釈は稽古帳の複製を根拠としており、原本の所在が不明であるため、定義の信頼性は限定的とされる[8]。
さらに面白い点として、定義の“正しさ”が逆に論争の火種になることが多い。たとえば、語尾の「チョ」を「ツョ」に置換しても同じ分類に入れるべきだという議論があり、ある民俗研究会では「許容誤差=±1拍」と決めたとされる[9]。このように、は言語学的な厳密さよりも、共同体内部の合意形成によって輪郭づけられた現象ともいえる。
歴史[編集]
成立の背景:軍楽と農閑期の講堂[編集]
が広まったとされる最初期の舞台は、東北の農閑期に設けられた講堂(冬の集会所)であるとされる。1917年、内で開催されたとされる「臨時声量検定」の講習に、のちの伝承が結びついたという説がある。検定の記録では、受講者は“同じ長さの息”を求められ、課題の採点に「ズンゴロベロンチョ式区切り」が使われたと書かれている[10]。
当時の講師として名が挙がるのは、出身の音声係補助官を自称したである。彼は講堂の床板を叩いて反響を測る手法を持ち込み、音が濁る人には「ズンゴロを短く、ベロンチョを長く」と矯正したとされる[11]。この矯正が、単に発声のコツを超えて、参加者同士の“同期”を生む儀礼になっていった可能性があるとされている。
なお、この時期の記録には、やけに細かい条件が付されている。すなわち「鐘の合図から開始まで、正確に17秒以内」「終止符の直前に舌打ちを混ぜると成功率が上がる」「手袋の指先は必ず切り揃える」といった注意が、稽古帳の模写に見られる[12]。現代の観点では誇張に聞こえるが、当時の参加者にとっては失敗を減らす“実務知”として機能したと考えられている。
発展:都市のラジオ校正会と“拍の通貨化”[編集]
1928年頃、で開かれたとされる「ラジオ校正会」にが持ち込まれたという。ラジオの周波数調整は技師の耳に依存していたため、音声を標準化する“共通呪文”が必要だったと説明されている[13]。そこで技師たちは、あえて意味のない擬音を反復し、音量・歯切れ・息の抜けを比較する指標として利用したのである。
この校正会の関係者として、の前身部局に所属したが言及されることがある。山岡は校正会で「ズンゴロ=基準音、ベロンチョ=誤差検出音」と述べたとされ、さらに会の参加者には“拍を預ける”制度が導入されたと記録されている[14]。すなわち、上手く揃った人の拍を帳面に記し、必要なときに引用して録音の基準にした、という発想である。
ただしここに一つ、読者が首をかしげる点がある。ある回覧メモでは「預けた拍は24時間で利息がつき、28拍を超えると税扱いになる」と書かれている[15]。実際には税務当局が関与した形跡は乏しいが、校正会が“真面目さ”を装うために作った冗談の可能性もあるとされる。一方で、自治体の帳簿に似た書式が残っているとも指摘されており、真偽が揺れる部分として残っている。
衰退と復興:放言禁止令と地下稽古[編集]
戦後、は娯楽として扱われる場面が増えたが、同時に「雑音の温床」として批判を受けた時期もあったとされる。1952年、の生活安全課が“街頭での放言を控える”趣旨の通達を出したという伝承があり、擬音詠唱がその対象に含まれたと語り継がれている[16]。
その結果、表の活動は減り、稽古は町外れの小体育館や倉庫に移ったとされる。そこで用いられたのが、密かに発声をずらして検査をすり抜ける技法である。記録によれば、「ズンゴロを天井に向けて投げ、ベロンチョを床に落とす」ことで監視の耳を欺けたという[17]。もっとも、この表現は比喩にすぎないという反論もあり、真の狙いは単に音量を抑えたことだとする説が存在する[18]。
1990年代には、民俗サークルが“音の保全”を掲げての復元に取り組んだとされる。復元の際には、録音波形から「成功例の語尾揺れ率=0.37(小数第2位四捨五入)」のような指標が使われたと書かれている[19]。ただし揺れ率の計測方法は統一されていないため、数値は呪文めいた象徴として残った可能性もある。
社会的影響[編集]
の影響は、音声表現に留まらず、共同体の運用に波及したとされる。たとえば稽古の順番決めが「前の人のベロンチョが何回反復されたか」によって管理され、結果として遅刻者の救済ルールまで整備されたと報告されている[20]。
また、言語の意味が固定されない点は教育的に利用されたとされる。講師が難しい説明を避け、擬音の反復によって“注意の置き方”を学習させた、という見方である。ここでは擬音がコミュニケーションの免罪符になったとされ、沈黙でも参加したことになる制度が作られたという[21]。
加えて、都市部では舞台技法として転用され、観客の笑いを誘う仕掛けとして用いられたとされる。特定の劇団では「ズンゴロベロンチョを言う直前に照明を落とすと、客席の呼吸が揃う」との経験則が広まり、演出部が拍の同期を“照明タイムコード”に反映させたという[22]。ただし、これは科学的根拠が弱いとされる一方、舞台関係者の証言が複数あるため、現場知としては評価されている。
批判と論争[編集]
最大の論争は、が実在する「体系的手順」なのか、あるいは流行語の総称なのかという点である。ある研究者は「拍の配置が一致しない以上、体系ではない」と主張し、別の研究者は「一致しないのは方言調整であり体系は“許容範囲”として存在する」と反論した[23]。
さらに、数値化の是非も争点になった。復興期に導入された「語尾揺れ率」などの指標は、表現を固定しすぎるとして批判されたとされる。実際、ある民俗講座では「正確さを追うほどズンゴロベロンチョが“喋り言葉”に退化する」と講師が注意した記録がある[24]。
一方で、批判側にも疑問が投げかけられた。通達に類する記録や、校正会の回覧メモには、過剰に細かい制度描写が含まれるため、ねつ造を疑う声がある。しかし同時に、自治体の書式に似た書類が見つかっており、どこまでが演出でどこまでが実務だったかが未確定のまま残っている[25]。この“確定しなさ”こそが、をめぐる面白さだとする意見もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 伊藤真澄『擬音の共同体史:東北講堂の声量規格』東北音声研究会, 2011.
- ^ 佐川精次郎『臨時声量検定講義録(複製)』青森講堂資料庫, 1932.
- ^ 山岡圭助『ラジオ校正会報告:ズンゴロベロンチョ基準音』日本通信技師協会, 1930.
- ^ 小島凛太『拍の通貨化と回覧メモの書式』東北民俗学会誌, Vol.12 No.3, 1987, pp.41-58.
- ^ Margaret A. Thornton『Acoustic Rituals Without Semantics』Journal of Folk Phonetics, Vol.7 No.1, 2006, pp.12-29.
- ^ 鈴木篤志『揺れ率という呪文:復興期の指標設計』音声教育研究, 第5巻第2号, 1998, pp.77-93.
- ^ 中村碧『放言禁止令と街頭擬音の検閲記録』宮城行政史研究, Vol.3 No.4, 2004, pp.201-226.
- ^ 工藤礼央『舞台技法としての擬音:照明タイムコードの比喩』演出学レビュー, Vol.18 No.2, 2016, pp.33-49.
- ^ 『ズンゴロベロンチョ便覧』編集部『嘘ではない口承資料』, 1971, pp.1-219.
- ^ Dr. Elise Nakamura『Rhythm as Governance in Rural Workshops』International Review of Performance Signals, Vol.9 No.2, 2012, pp.88-105.
外部リンク
- 東北口承資料アーカイブズ
- 音声民俗研究ネットワーク
- ラジオ校正史の部屋
- 即興演技拍同期ラボ
- 講堂文化の回覧帖