ズンチャポーニ
| 読み | ずんちゃぽーに |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1937年 |
| 創始者 | 佐伯重三郎 |
| 競技形式 | 三人一組、屋内外兼用 |
| 主要技術 | 反響打ち、間合い崩し、円盤返し |
| オリンピック | 非正式競技 |
ズンチャポーニ(ずんちゃぽーに、英: Zunchaponi)は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。木製の円盤を反響板に打ち返しながら得点を競う競技として知られている[2]。
概要[編集]
ズンチャポーニは、をに当てて相手陣内へ返し、定められたに入れることで得点を争う系の競技である。名称は、初期の競技で円盤が板に当たった際の「ずん」と「ちゃ」、さらに記録員が勝敗を告げる際の「ポーニ」に由来するとされる[3]。
競技は12年に周辺の倉庫労働者と体育教師の間で整理され、のちにの実業団を中心に普及した。もっとも、発祥当初から競技規定が二転三転したため、現在でも地域によっては円盤の厚みや反響板の角度が微妙に異なり、これが競技の妙味と混乱の両方を生んでいる[4]。
歴史[編集]
起源[編集]
ズンチャポーニの起源は、冬のにあったとされる。港湾荷役の休憩時間に、木箱の蓋を反響板代わりにして小さな円盤を跳ね返した遊びが原型であり、当時の体操教員であった佐伯重三郎がルールを整備したとされている[5]。
佐伯は、単なる遊戯を「姿勢制御と反射神経を同時に鍛える都市型競技」として再設計し、には三人一組の配置、には試合時間の区切りを導入した。なお、初期の試合では円盤に松脂を塗ることが推奨されていたが、観客席にまで粘着が飛散したため、とされつつも翌年にはほぼ廃止されたという。
国際的普及[編集]
戦後、の体育調査班がの復興行事でズンチャポーニを視察したことを契機に、から占領地学校の課外活動として試験導入されたとされる。これにより競技は、、さらにはやの在留邦人社会へ広がった[6]。
国際的な普及はの競技会で加速し、の前身である「反響球技準備委員会」が設立された。もっとも、海外では「Zunchaponi」が発音しづらいことから、では「ZP」、では「le zuncha」と短縮され、結果として同一競技なのに競技新聞の表記が国ごとにまったく異なる事態が生じた[7]。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合はの長方形コートで行われる。両端には高さの反響板が設置され、中央には「沈黙帯」と呼ばれる幅の帯が引かれる。沈黙帯を越えてから打ち返すと加点が倍化するが、同時に審判の判断が最も揉めるため、地方大会ではしばしば議論の中心となる。
コート床材はが標準であるが、港湾地区の大会では耐湿性の理由からが使われることがある。なお、床の木目方向と円盤の回転方向が一致すると速度が不自然に伸びるため、古参選手は「木目を読む」と呼ばれる独特の準備運動を行う。
試合時間[編集]
公式試合は×制であり、各ピリオド間にの整備時間が設けられる。整備時間中には円盤の歪み確認、反響板の角度再調整、そして最も重要な「空気の張り」を確認する儀式が行われる[8]。
国際大会では、延長戦に入ると「ポーニ・ゴールデンルール」が適用され、先に2点差をつけた側が即時勝利となる。だが、のでは両軍があまりに慎重になり、延長が記録されたため、翌年からは審判が試合を止めて円盤を一度手で回す「確認回転」を義務づける改正が行われた。
勝敗[編集]
勝敗は、相手陣の得点帯へ円盤を着地させた回数で決まる。反響板直撃で1点、沈黙帯越えの直撃で2点、空中で三角跳ねを伴った場合は「神鳴り」として3点が与えられる。なお、円盤が観客の帽子を経由して得点帯へ入った場合は原則無効であるが、の一部大会では「偶発的民意」として有効扱いされた例がある[9]。
また、試合中に三人全員が同時に円盤に触れると「団子返し」と呼ばれ、成功すると4点、失敗すると相手に「反響主導権」が移る。初心者はここで混乱しやすく、公式記録でもしばしば「団子返しのようなもの」と曖昧に書かれている。
技術体系[編集]
ズンチャポーニの技術は、大きくの三系統に分けられる。打撃系では「反響打ち」「返し止め」「下振り上げ」が基本であり、特に反響打ちは円盤の縁を単位で捉える必要があるため、熟練者ほど指先の皮膚が独特に硬化するという。
配置系では、三人のうち1人が前衛、1人が斜め支援、1人が「空白役」を担う。空白役は一見動かないが、相手の視線を吸うことでコース予測を狂わせる重要な役職であり、の老舗クラブでは「立っているだけで三割勝てる」と言われてきた[10]。
心理系の代表は「間合い崩し」である。これは、試合中にわざと円盤を一拍遅らせて打つことで相手の呼吸を乱す技法で、の実業団では試合前に間、相手の靴音だけを聞く訓練が行われたとされる。もっとも、この訓練は科学的根拠が薄いと批判されており、現在でも一部の指導者は「気合ではなく湿度で勝つ競技」と主張している。
用具[編集]
競技で用いられる円盤は「ポーニディスク」と呼ばれ、直径、厚さ、重さが標準とされる。材質はが主流であるが、上位リーグでは縁にを埋め込んだ高反発型が許可されている。
反響板は通常、の積層材に系コーティングを施したもので、表面の微細な凹凸が打球音を決める。競技関係者の間では「音が勝敗を半分決める」とされ、実際にのでは、板の塗装業者を誤ったために「静かな試合」が連発し、観客の不満が爆発した記録が残る[11]。
選手の手袋は左右非対称で、利き手側には摩擦を高める繊維、反対側には滑りを促す繊維が縫い込まれる。これは、片手で打つだけでなく、もう片方の手で空気抵抗を「受け流す」ためである。なお、国際連盟はに安全基準を改定したが、旧式の「鳴る手袋」を好む地方選手からは今なお根強い支持がある。
主な大会[編集]
ズンチャポーニには、、、、などの主要大会がある。なかでもは、創始者・佐伯重三郎がかつて荷揚げ場で試技した逸話に由来し、優勝者にはが授与される[12]。
はにで第1回大会が開かれ、以後ごとに開催されている。第3回大会では、会場の音響設計が良すぎたために円盤の反射音が遅れて戻り、選手がタイミングを外す事故が続出した。この出来事は、競技史上「音響が戦術を上回った唯一の大会」として語られている。
また、国内ではが特に盛んで、毎年から前後が予選に参加する。だが、の一部学校では円盤の材質をサトウキビ由来の圧縮繊維に変えており、公式記録上は同じ競技でも打感がまったく違うとして議論の的になっている。
競技団体[編集]
統括団体は(IZA)で、本部は郊外の旧研究所を転用した建物に置かれている。IZAは競技規則の改訂、審判員の認定、用具検査を担い、加盟国数は時点でとされる[13]。
日本国内ではが登録選手の管理を行っている。協会発足当初は管轄の外郭団体として扱われていたが、後に実業団と学校部活動の双方を束ねるために独立法人化された。なお、協会内には「板材規格室」「円盤音響課」「沈黙帯調整班」といった、実在するとすればかなり変わった課が並んでいるが、これらは現場の要請から自然発生的に増えたものだと説明されている。
一方で、国際連盟の理事会では、東西で異なる「反響の好み」をめぐる対立がたびたび起きており、特にのでは、板の硬度をめぐって近い協議が行われた。結果として折衷案が採用されたが、この妥協が今日の競技の妙な均質化と、同時に不可解な地方差を生む原因になったとする見方がある。
脚注[編集]
[1] 佐伯重三郎『港湾余暇と反響球技の成立』神戸体育史研究会, 1964年. [2] M. Thornton, “Acoustic Motion Games in Postwar Japan,” Journal of Recreational Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 1978. [3] 渡辺精一郎『ズンチャポーニ音源考』大阪反響文化協会, 1959年. [4] 片桐みどり『板と円盤の近代史』関西体育学叢書, 1987年. [5] 高木省三『神戸商業学校体育記録集』第4巻第2号, 1939年. [6] H. L. Bennett, “Occupation-Era Transfer of Board Sports,” Pacific Journal of Sport History, Vol. 7, No. 1, pp. 7-29, 1965. [7] クロード・デュパン『Le Zuncha et ses variantes』Presses de l’Université de Genève, 1972年. [8] 日本ズンチャポーニ協会規則委員会『公式競技規則 第18版』, 2019年. [9] 北海道地方体育連盟『偶発的民意と得点認定の諸問題』, 2004年. [10] 山田静子『京都町家クラブの戦術文化』, 1998年. [11] 名古屋選手権実行委員会『第11回大会記録集』, 1956年. [12] 神戸港記念杯編纂室『木箱トロフィーの由来』, 2011年. [13] International Zunchaponi Association, Annual Report 2024, Lausanne, 2024.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯重三郎『港湾余暇と反響球技の成立』神戸体育史研究会, 1964年.
- ^ M. Thornton, “Acoustic Motion Games in Postwar Japan,” Journal of Recreational Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 1978.
- ^ 渡辺精一郎『ズンチャポーニ音源考』大阪反響文化協会, 1959年.
- ^ 片桐みどり『板と円盤の近代史』関西体育学叢書, 1987年.
- ^ 高木省三『神戸商業学校体育記録集』第4巻第2号, 1939年.
- ^ H. L. Bennett, “Occupation-Era Transfer of Board Sports,” Pacific Journal of Sport History, Vol. 7, No. 1, pp. 7-29, 1965.
- ^ クロード・デュパン『Le Zuncha et ses variantes』Presses de l’Université de Genève, 1972年.
- ^ 日本ズンチャポーニ協会規則委員会『公式競技規則 第18版』, 2019年.
- ^ 北海道地方体育連盟『偶発的民意と得点認定の諸問題』, 2004年.
- ^ 名古屋選手権実行委員会『第11回大会記録集』, 1956年.
- ^ International Zunchaponi Association, Annual Report 2024, Lausanne, 2024.
外部リンク
- 国際ズンチャポーニ連盟公式年報
- 日本ズンチャポーニ協会アーカイブ
- 神戸港記念杯記録室
- 世界反響競技博物館
- 板材規格と音響測定研究所