タイワンカミツキオオスズメバチ
| 名称 | タイワンカミツキオオスズメバチ |
|---|---|
| 界 | 動物界 |
| 門 | 節足動物門 |
| 綱 | 昆虫綱 |
| 目 | ハチ目 |
| 科 | スズメバチ科 |
| 属 | カミツキオオスズメバチ属 |
| 種 | T. mordax |
| 学名 | Vespa mordax formosana |
| 和名 | タイワンカミツキオオスズメバチ |
| 英名 | Taiwan Biting Giant Hornet |
| 保全状況 | 情報不足(地域個体群は準絶滅危惧とされる) |
タイワンカミツキオオスズメバチ(漢字表記: 台灣噛付大雀蜂、学名: ''Vespa mordax formosana'')は、に分類されるの一種[1]。強い咬合力で樹皮を削り取る習性をもち、台湾南部の山地で「森の鋸」として知られている[1]。
概要[編集]
タイワンカミツキオオスズメバチは、の中南部、特にからにかけての山地林に生息する大型の社会性昆虫である。成虫は体長24〜41ミリメートルに達し、通常のスズメバチ類と異なり、顎で樹皮や繊維質を「噛み削る」行動が顕著である。
本種は、20世紀初頭にの昆虫学講座で仮記載されたとされるが、当時の標本の多くは戦時中の移送で失われたとされている。そのため、後年の研究では「実在はするが、分類史だけがやたら立派な種」と評されることがある[要出典]。
分類[編集]
本種はに分類され、形態的にはと近縁であるが、顎の発達と樹液への偏食傾向から独立した亜属に置かれることが多い。もっとも、分類学上の扱いは安定しておらず、1980年代まで文献によっては「台湾型の奇形個体群」と記されていた。
学名 ''Vespa mordax formosana'' は、1927年にドイツ系台湾昆虫学者のが提唱したとされる。''mordax'' はラテン語で「かみつく」を意味し、''formosana'' はに由来するが、当初は標本ラベルの略記 ''mord. fo.'' を誤読した結果であるという説もある。
1984年にはのが、本種の顎筋の断面積が同属他種の1.8倍に達すると報告し、これを根拠に「咀嚼特化型の高次社会性ハチ」と位置づけた。ただし、同報告書には測定個体数が7頭しかなく、再測定のたびに数値が微妙に増えることから、慎重な扱いが必要であるとされる。
形態[編集]
体色は黒褐色を基調とし、腹部第2節に黄橙色の帯をもつ。頭部はやや扁平で、前頭部が鋭く突出し、正面から見ると木槌を押し当てたような輪郭になる。複眼はやや離れて配置され、これは狭い樹洞内での立体視よりも、近距離での威嚇姿勢に適応したものと考えられている。
最大の特徴は大顎である。成虫の顎縁には微細な鋸歯が並び、硬化した樹皮や竹の外皮を削ることができる。群れで巣材を採集する際、働きバチが1分間に平均13.4回の「噛み直し」を行うという記録があり、これはの人工飼育施設で観察された数値である。
翅は透明で、飛翔時には低音の振動を伴う。巣を守る際には翅を半開きにして体温を上げ、さらに顎をカチカチと鳴らす。この音は現地では「森の戸締まり」と呼ばれ、夜間の登山者が最初に覚える警戒音の一つとされている。なお、女王のみ腹部の先端に淡い乳白色の帯をもつ個体があり、これは産卵期の脂質蓄積によるとされる。
分布[編集]
原産地は中部山岳地帯とされ、特に周辺の標高900〜1800メートルの常緑広葉樹林で記録が多い。近年は低地の果樹園周辺でも断続的に目撃されているが、これは山地の伐採に伴う分散、または養蜂場から逃げた個体群の定着と推定されている。
の郊外では、2008年に市民団体が廃棄された電線管の内部から幼虫を含む巣盤を発見した。これにより、本種が人工構造物を巣の外皮として利用することが明らかになったが、後に調査したの報告では、当該個体群は3年で消失したとされる。
国外では、の離島で1例、さらに北部で2例の逸出記録がある。ただし後者は、現地の収集家が「台湾の巨大な蜂」として輸入した標本の記憶違いであった可能性が高い。分布域の外縁に関する報告は多いが、いずれも翌年になると続報が途絶える傾向がある。
生態[編集]
食性[編集]
本種は肉食性が強いが、他のスズメバチ類ほど昆虫捕食に依存せず、むしろ樹液、熟果、菌類の胞子塊を好む。とりわけの傷口から出る樹液を摂食する際には、まず大顎で周囲の樹皮を削り、流出面積を拡大させる行動が観察されている。
1989年、の調査班は、1つの巣が1シーズンに採集する樹皮片の総重量を約2.7キログラムと算定した。これは巣材としての利用だけでなく、外部へ「食痕」を増やすことで他個体の採餌を誘発するためと解釈されている。
繁殖[編集]
繁殖期はおおむね4月から7月で、女王は樹洞や廃坑の裂け目に初期巣を作る。初期の巣房は紙質というより薄い樹皮の層で、表面がざらつき、触ると木製包装材のような感触がある。
交尾飛翔は夕刻に行われるが、雄の一部が巣材採集を模倣して樹幹に降り立つことが知られている。これは性選択上の誤作動とされるが、地元では「花見の練習」と呼ばれ、村落の口承では雄が一晩に12回まで同じ木へ戻ると語られている。
社会性[編集]
本種は高度な社会性を示し、コロニー規模は通常600〜1,300個体に達する。働きバチは採餌・防衛・巣材加工の3系統に分化し、特に巣材加工班は他の班より顎が大きく、発生段階でわずかに早く蛹化するとされる。
興味深いことに、巣の入り口には外敵への威嚇だけでなく、仲間への「顎音認証」があると報告されている。2015年の共同調査では、巣門前で異音を出した個体のうち78%が排除されたが、再試行すると48秒後に通過を許された。これが記憶学習によるものか、単に警戒が解けただけかは定かでない。
人間との関係[編集]
山間部の住民にとって本種は、恐れられる一方で利用対象でもあった。古くはの山村で、乾燥させた巣殻を細かく砕き、樟脳粉と混ぜて家屋の虫よけに用いたという記録がある。もっとも、効果については「2日ほどは静かになる」とする証言と、「蜂を呼ぶだけだった」とする証言が併記されている。
養蜂業との衝突も深刻である。蜜源を巡って在来ミツバチの巣箱を襲う事例が1980年代後半から増加し、は1987年に防衛網付き巣箱の試験導入を行った。その結果、ハチミツの採取量は平均14%低下したが、代わりに周辺の見学者数が増え、「危険生物観察ツアー」として地域振興に転用された。
一方で、本種の顎構造を模した小型カッターが工業デザインに応用され、1996年にはの文具メーカーが「モルダックス刃」という名称で発売した。売上は初年度こそ好調であったが、使用者から「紙より先に机を切る」との苦情が相次ぎ、翌年には販売が縮小された。
脚注[編集]
[1] 陳志明『台湾山地性スズメバチ類の再検討』《国立台湾大学農学院学報》Vol. 18, 第2号, pp. 41-63, 1984.
[2] Ernst Kleinhans, “Zur Morphologie der mordax-Gruppe in Formosa,” 《Annalen der Tropischen Entomologie》Vol. 7, No. 1, pp. 12-29, 1927.
[3] 林美慧『南投県山村における蜂巣利用の民俗誌』《台湾民俗研究》第11巻第4号, pp. 77-94, 1991.
[4] Huang, T. and S. Watanabe, “Mandibular Load and Bark-Shearing Behavior in Vespa mordax formosana,” 《Journal of East Asian Hymenoptera》Vol. 22, No. 3, pp. 201-219, 1998.
[5] 王柏勲『危険生物観察ツアーの社会経済効果』《地域観光論叢》第5巻第1号, pp. 5-18, 2001.
[6] Chen, J.-M., “A note on the recognition sounds of a Taiwanese hornet,” 《Proceedings of the Taipei Entomological Circle》Vol. 41, pp. 88-90, 2015.
[7] 佐藤恭一『昆虫顎部の工学的転用に関する試論』東海書房, 1997.
[8] National Taiwan Museum, 《Field Notes on Bark-Cutting Wasps》, Special Bulletin No. 14, pp. 1-39, 2009.
[9] 「モルダックス刃」製品カタログ、文具工業協会資料室、1996.
[10] 張瑞芳『山地林の防衛行動と人間心理』《東アジア生態人類学紀要》第9巻第2号, pp. 101-126, 2018.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 陳志明『台湾山地性スズメバチ類の再検討』《国立台湾大学農学院学報》Vol. 18, 第2号, pp. 41-63, 1984.
- ^ Ernst Kleinhans, “Zur Morphologie der mordax-Gruppe in Formosa,” 《Annalen der Tropischen Entomologie》Vol. 7, No. 1, pp. 12-29, 1927.
- ^ 林美慧『南投県山村における蜂巣利用の民俗誌』《台湾民俗研究》第11巻第4号, pp. 77-94, 1991.
- ^ Huang, T. and S. Watanabe, “Mandibular Load and Bark-Shearing Behavior in Vespa mordax formosana,” 《Journal of East Asian Hymenoptera》Vol. 22, No. 3, pp. 201-219, 1998.
- ^ 王柏勲『危険生物観察ツアーの社会経済効果』《地域観光論叢》第5巻第1号, pp. 5-18, 2001.
- ^ Chen, J.-M., “A note on the recognition sounds of a Taiwanese hornet,” 《Proceedings of the Taipei Entomological Circle》Vol. 41, pp. 88-90, 2015.
- ^ 佐藤恭一『昆虫顎部の工学的転用に関する試論』東海書房, 1997.
- ^ National Taiwan Museum, 《Field Notes on Bark-Cutting Wasps》, Special Bulletin No. 14, pp. 1-39, 2009.
- ^ 「モルダックス刃」製品カタログ、【新北市】文具工業協会資料室、1996.
- ^ 張瑞芳『山地林の防衛行動と人間心理』《東アジア生態人類学紀要》第9巻第2号, pp. 101-126, 2018.
外部リンク
- 台湾昆虫分類情報センター
- 山地生物俗信アーカイブ
- 東アジア蜂類研究会
- 危険生物観察ツアー連盟
- 台北帝国大学昆虫標本目録