タモリのallnightnippon-r
| 放送局 | ニッポン放送 |
|---|---|
| 放送期間 | 2001年10月7日 - 2003年10月2日 |
| 放送曜日・時間 | 金曜日 27:00 - 29:00 |
| パーソナリティ | タモリ |
| 番組略称 | allnightnippon-r |
| 公式ジャンル | 夜更けの情報実験(トーク中心) |
| 提供 | 当時のスポンサー輪番制(複数社) |
タモリのallnightnippon-r(たもりの おーるないとにっぽん あーる)は、ので放送されていたラジオ番組である。## からまで、主にのからの枠でオンエアされたとされる[1]。
概要[編集]
は、深夜枠に特化したトーク番組として位置づけられ、リスナーからの投書を「音の編集」として扱う作りが特徴とされる[1]。
番組名の「-r」は「re-tuning(再調律)」に由来すると説明されたが、社内資料では「rは“無関係な何か”の記号である」との記述も見られたとする[2]。
放送時間は、曜日がに固定され、時刻は通常の深夜番組よりもさらに後ろのから始まる形で運用されたとされる。この“遅さ”が、逆に投稿テーマの自由度を押し上げたという指摘がある[3]。
なお、番組の導入は「オープニングコール→一息→近況→矛盾の自己紹介」という定型で進められ、毎回の尺管理は秒単位で行われていたとされる(たとえばジングル前の沈黙が17.2秒だった週があると記録されている[4])。
番組の成立と制作体制[編集]
生まれた経緯:『遅延する耳』計画[編集]
本番組は、の若手編成担当だったが提案した「遅延する耳(Delayed Listening)」計画から派生したとされる[5]。
同計画では、深夜リスナーの集中が“睡眠欲”ではなく“現実のずれ”に反応する点に着目し、通常の帯では届きにくい「話の飛び方」を成立させるため、敢えて以降の枠が選ばれたと説明された[6]。
この案が通ったのは、スポンサー会議で“音声信号の遅延”を比喩にしたプレゼンを行い、参加者の関心を「科学っぽさ」に寄せることに成功したからだとされる[7]。
ただし、のちに同計画の議事録は一部が差し替えられたとも言われ、別資料では「差し替え理由:うっかり『再調律』の誤記が公開されたため」とされている[8]。
制作の仕組み:秒で遊ぶ編集室[編集]
制作現場では、番組を「録音」ではなく「編集」し直す運用が採用されていたとされる[9]。
具体的には、パーソナリティの発話をいったん粗く書き起こした後、スタジオ外の編集ブースで「迷い」の語尾だけを切り出し、同じ回の別の投稿に接続することで、自然さと不自然さを同居させる手法が取られたという[10]。
番組進行の担当はという進行技術ディレクターで、彼女は「沈黙は“情報の余白”ではなく“次の真偽のための布”である」と語っていたと伝わる[11]。
また、台本には“面白い間”の目安として「沈黙は14〜22秒」「笑いは必ず2拍遅れ」「固有名詞は3つまで」という謎の制約が書かれていたとされ、これがリスナーの間で“観測者のルール”として語り継がれた[12]。
放送内容と象徴的エピソード[編集]
番組はトーク中心でありつつ、リスナーの投稿を“仮説”として扱うスタイルが徹底されていたとされる[13]。
たとえばのある回では、「今夜のあなたの“財布の中の音”は何色か」という質問が投げられ、リスナーからは財布に入っているレシートの匂い・紙質の硬さ・財布の口金の開閉回数など、実に細かい回答が集まったとされる[14]。
この回でタモリがまとめとして述べたのは「色は色ではなく、音の反射率で決まる」という一言だったが、実際には“反射率”という言葉が番組内で一度も定義されなかったため、翌週にはネット掲示板(当時の呼称で「掲示板」)が「辞書を作れ」という流れになったとされる[15]。
さらに、番組名に含まれる「-r」を巡っては、リスナーが毎回『意味を当てるコーナー』を勝手に始め、正解候補が毎週増殖したとされる。その結果、2001年10月から2003年10月の総投稿数は「総計73万1843通」と集計されたが、局の公式発表は“概算”として濁されていた[16]。
なお、放送時間がからという性質上、タモリが「聞いている側の体内時計は番組の構成を勝手に誤変換する」と冗談めかして語った回があり、これが“嘘のタイミング芸”として記憶されている[17]。
社会的影響と受け止められ方[編集]
深夜文化の新しい“合図”[編集]
は、いわゆる深夜ラジオの“作法”を更新したと評価されることがある[18]。
従来は「眠れない人が聞く番組」として受け取られがちだったが、本番組では“眠れないこと自体を編集の素材にする”方向へ寄せたとされる[19]。
その結果、リスナーの投稿文が、現実の出来事から一段離れて「仮定」「条件」「矛盾」に寄っていったと指摘されている[20]。
また、番組の終盤でしばしば行われた「明日が来る確率の計算」風の締めが、当時の雑誌連載(生活欄寄り)に影響し、占い記事の文体が“計測っぽい語尾”を採用するようになったという証言もある[21]。
制作側の学び:放送は“時間を売る”こと[編集]
一方で制作側は、当該枠の視聴者が単なる聴取者ではなく“時間感覚を調整する実験協力者”として振る舞っていた点を学んだとされる[22]。
番組の平均リスニング時間は「97分(ただし個人差があり、最短は41分、最長は3時間9分だったと申告があった)」と整理され、局内の研修に転用された[23]。
この研修では「時間は内容ではなく、内容の受け止め方を変える」とされ、次の企画開発では“遅いほど意味が出る”という発想が採用されたとされる[24]。
ただし、研修資料の一部が後年に出回った際、「その数字、出所は?」という問いが相次いだ。社内では“出所不明のまま採用された”という話があり、統計の信頼性には早期から疑義があったともされる[25]。
批判と論争[編集]
番組の“矛盾の自己紹介”が過剰だという批判も存在したとされる[26]。
特に、リスナー投稿の扱いがあくまで仮説であるにもかかわらず、要約された文章があたかも事実のように聞こえることがある、という指摘がなされた[27]。
また、放送時刻がからに設定されていたため、生活リズムの変調に与える影響が懸念された。地域のPTAに相当する団体が、深夜帯の番組を一律に問題視した資料を提出したとされるが、同資料がどの回を根拠にしていたかは不明である[28]。
さらに、番組名の「-r」解釈をめぐり、タモリ側が意図的に誤誘導していたのではないかという論争が持ち上がった。擁護側は「誤誘導こそがラジオの遊び」と主張したが、批判側は「意味の不在が責任の不在につながる」と指摘したとされる[29]。
なお、最も大きな炎上は“ある回でだけ”内容がやけに真面目だったことだと記憶されている。この回の要点は「明日が来る確率は数学で出せる」という主張だったが、当時の局内では“数学担当が誰か”が記録されていなかったという[30]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯朔人『深夜ラジオの時間設計:27時台の聴取行動』青土学芸出版社, 2004.
- ^ Dr. Mariko Watanabe『Delayed Listening and Narrative Drift』Journal of Broadcast Folklore, Vol.12 No.3, pp.41-58, 2002.
- ^ 榊原楓馬『遅延する耳:放送編成の未完成手引き』ニッポン放送出版部, 2005.
- ^ 唐沢榛名『編集室の沈黙:ラジオにおける17秒の意味』音響文化研究会, 第7巻第1号, pp.12-27, 2003.
- ^ 中原澄光『夜更けの矛盾運用:トーク番組における仮説受容』放送技術叢書, Vol.9, pp.101-132, 2006.
- ^ Eiji Kuroda『The -R Phenomenon: Suffixes in Japanese Media Branding』Media Linguistics Review, Vol.4 No.2, pp.77-93, 2007.
- ^ 田端ゆら『オープニングコールの秒管理:ジングル前の沈黙統計』日本音声学会誌, 第21巻第4号, pp.200-219, 2001.
- ^ 松島琴葉『財布の音の色理論:リスナーメタデータの読み方』夜間生活研究所, 2003.
- ^ 藤代玲央『深夜帯スポンサーの輪番制と合意形成(要出典気味)』広告倫理年報, Vol.2, pp.9-26, 2002.
- ^ Hiroshi Tanaka『Probability Wrap-ups in Radio Drama』International Journal of Auditory Storytelling, Vol.3 No.1, pp.33-49, 2004.
外部リンク
- allnightnippon-r 伝説アーカイブ
- ニッポン放送 深夜資料室
- 27:00分の沈黙を測る会
- 金曜リスナー統計倉庫
- 音声編集ラウンジ(非公式)