タースバレー
| 名称 | タースバレー |
|---|---|
| 種類 | 娯楽・展示複合施設(音響回廊/霧氷ラボ/常設劇場) |
| 所在地 | |
| 設立 | 59年(1984年) |
| 高さ | 37.2 m(音響塔部分) |
| 構造 | 鉄骨・木質複合、可動床式ホール |
| 設計者 | 渡辺精一郎建築設計事務所(監修: 音響委員会タース音響班) |
タースバレー(たーすばれー、英: Thars Valley)は、 にある[1]。現在では、霧氷シーズンに合わせた「音の反射回廊」で知られる観光地として登録されている[2]。
概要[編集]
タースバレーは、北海道の冷涼な気候を「音の材料」に転用する思想のもとで整備された複合施設である[1]。施設内では、霧氷の付着状態に応じて反射係数が変化する仕組みが採用され、来訪者は“音が育つ時間”を体験することができるとして紹介されている[2]。
この施設の成立は、地方自治体の観光振興と、国の研究助成に基づく地域実験の連動によって説明されることが多い。ただし、当初計画の主眼が「観光」よりも「交通騒音の無害化実験」に置かれていたという証言もあり[3]、同施設の性格を巡っては早くから逸話が蓄積されている。
名称[編集]
「タースバレー」という名称は、地形を表す英語“Valley”に、開発初期に用いられた仮コード“Thars(Turbidity-Helix Acoustic Resonator System)”を組み合わせたものとされる[4]。一方で、地元の古老は「タース」と呼ばれる“霧の層”が夏にも薄く残る現象を指していたとも語っており、語源には複数の説が併存する[5]。
なお、施設のパンフレットでは「Tharsは“やがて音が通る”という意味合いの造語」と説明されているが[6]、同時期に配布された設計メモには別の略語展開も見られる。編集の経緯としては、開業準備委員会が一般向け表現を優先し、技術用語を丸めた可能性が指摘されている。
沿革/歴史[編集]
着想と計画化[編集]
タースバレーの前身は、近郊の国道で発生した騒音苦情を契機とする「道路霧化音対策」研究に求められるとされる[7]。研究会は55年(1980年)に発足し、当初の測定は“風速2.6m/s以下での反射不安定性”に焦点が当てられた[8]。
この研究会に参加した技術者の一人、渡辺精一郎が「霧氷の凍結核は音響の芯になる」と記したとされる内部覚書が残っており[9]、その文言が施設思想の核になったと説明されている。施設側の資料では、最初の模型は縮尺1/24で作られ、床面の角度は“7.5度刻み”で試されたと記録されている[10]。ただし、実際には角度を刻む前に材木の含水率が理由で失敗が続いたという別証言もある。
建設と運用開始[編集]
建設は58年(1983年)に着工し、音響塔部分の組み立ては全工程のうち「23日だけ」天候が合致した年として伝えられている[11]。工期の遅延理由として、資材搬入車が霧の層に捕捉され“走行抵抗が15%上振れ”したという説明が残る[12]。
開業は59年(1984年)であり、当初は入場制限として「霧氷観測値が平均-4.8℃以下であること」が掲げられた[13]。この条件は翌年に緩和され、以後は平均-3.1℃でも試験公開が可能になったとされる[14]。現在では基準が季節運用に組み込まれているが、当時の“寒さの数値”をそのまま掲げていた姿勢は、少し過剰だと後に笑い話になることもあった。
施設[編集]
タースバレーは、音の反射回廊と霧氷ラボ、常設劇場を中心に構成されている[1]。反射回廊は半円状の壁面に微細な溝を持ち、来訪者の歩行に合わせて“足音が時間差で返る”体験を提供するとされる[2]。霧氷ラボでは、室内で再現した湿度条件(相対湿度62〜71%)により、氷粒の密度を段階調整する装置が稼働していると説明される[15]。
常設劇場は可動床式で、床板の“たわみ量”が0.8〜1.3mmの範囲で制御されるとされる[16]。この数値は、設計者が「観客の声が戻ってくる高さは一定でなくていい」と述べた結果として紹介されることが多い。さらに、劇場ロビーの壁面には、霧の層を模した彫刻パネルが設置され、来場者が触れることで微弱な帯電が起きる仕組みが“迷信として”語られている[17]。なお、実用上の効果は否定される一方で、写真映えは認められている。
交通アクセス[編集]
タースバレーは内の主要幹線から少し離れた地域に所在するため、公共交通は観光シーズンに増便される運用が一般的である[18]。最寄りの停留所としては中心部から結節する「タースバレー前」バス停が案内されており、所要時間は約28分とされる[19]。
自家用車の場合は、の仮想出口「熱住西IC」(施設側が独自に便宜供与)から約14.6kmと説明される[20]。ただし、地元の案内看板では距離表示が毎年更新され、開業当初は「15km」と丸められていた経緯がある[21]。このように表記が揺れる点は、編集者が現地ヒアリングを優先した結果だと整理されている。
文化財[編集]
タースバレーは建造物として、近代音響工学を応用した地域施設の先駆例として扱われることが多い。施設のうち音響回廊の外壁部分は、「音の回廊景観要素」として登録されている[22]。
また、霧氷ラボの試験装置(旧型湿度制御ユニット)は、交換部品の調達が困難であることから「部分保存」として指定されている[23]。一方で、常設劇場の可動床機構は保守更新が優先され、文化財指定の範囲外になったとされる[24]。このため、文化財としての見学は外部中心となり、内部の再現体験は“当時の性能”が一部失われた形で提供される場合がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「地域音響施設の設計理念と霧の応用」『北海道建築年報』第12巻第2号, pp.41-63, 1985.
- ^ 佐藤由紀子「霧氷観測を用いた歩行音の時間応答に関する試算」『日本音響学会誌』Vol.39, No.7, pp.118-126, 1986.
- ^ 熱住町開業準備委員会『タースバレー開業報告書(草案)』熱住町役場, 1984.
- ^ Margaret A. Thornton「Acoustic Resonator Systems for Cold Climates」『Journal of Environmental Acoustics』Vol.22, No.3, pp.201-219, 1987.
- ^ 小川健吾「可動床におけるたわみ制御と観客音場の相関」『劇場技術研究』第5巻第1号, pp.9-27, 1988.
- ^ 林田昌「道路霧化音対策の社会実装と苦情の収束過程」『交通公害と社会』第3巻第4号, pp.77-95, 1990.
- ^ 矢部清志「タースバレーにおける展示音の“返り”の評価」『音響測定技術』Vol.11, No.2, pp.33-50, 1991.
- ^ Klaus Bernhold「Semiotics of Valley Attractions in Northern Resorts」『International Review of Leisure Planning』Vol.16, Issue 1, pp.55-73, 1992.
- ^ 北海史編集部『北海道の観光建築史:回廊と塔』北海史叢書刊行会, 2001.
- ^ 『タースバレー:音が育つ季節』タースバレー文化振興協会, 2003.
外部リンク
- タースバレー公式観光レポート
- 熱住町文化財台帳(閲覧ページ)
- 音響委員会タース音響班アーカイブ
- 霧氷ラボ実験ログ(閲覧)
- 北海道建築年報オンライン補遺