ダンガンロンパ
| 名称 | ダンガンロンパ |
|---|---|
| 別名 | 弾丸論破、D.R.式推理劇 |
| 初出 | 1989年ごろ |
| 発祥地 | 東京都杉並区 |
| 提唱者 | 久慈原 恒一 |
| 主な媒体 | 舞台、OVA、家庭用装置 |
| 特徴 | 高速弁論、公開裁判、閉鎖学園 |
| 制度化 | 1997年 極限証言娯楽審議会 |
| 影響 | 学園サスペンス、討論ゲーム、自己証言型演出 |
ダンガンロンパは、とを融合させた発の演劇・映像・ゲーム複合形式である。1980年代末にの私設研究会で成立したとされ、後のの基礎を築いた[1]。
概要[編集]
ダンガンロンパは、を弾丸に見立てて相手の矛盾を撃ち抜くという形式を中核とするである。単なるミステリーではなく、での共同生活、選抜制の、そして観客参加型の反証合戦を組み合わせた点に特徴がある。
通説では、当初はの一分野として扱われていたが、1990年代半ばに外郭の「青少年表現研究会」がこれを問題視し、逆に地下上映と録音劇の流通を促進したとされる。なお、初期資料の多くがの保管庫で一時紛失したため、成立史には不明点も多い[2]。
成立史[編集]
杉並期の原型[編集]
起源は、の小劇場「月輪座」で行われた即興劇『証人席の午後』に求められることが多い。演出家のは、台本の代わりに50枚の事実カードを配り、役者同士が互いの発言を打ち消し合う方式を試みた。
この実験は当初、観客から「討論が長すぎる」と不評であったが、第三幕で突然照明がからに切り替わる演出が受け、翌週には立見席が追加された。記録によれば、この公演で配布されたメモ用紙はに達したという。
学園閉鎖実験への転化[編集]
、の旧県立研修施設を借り切った合宿企画『希望学園封鎖案』が実施され、ここで「外部遮断」「相互監視」「限定証拠」の3原則が整えられたとされる。参加者は全16名で、うち13名が所属、2名が出身、残る1名はなぜかであった。
この回で導入された「弾丸メモ」は、発言の要点を小型カードにして机上を飛ばすもので、物理的には飛ばない。だが、審査員のが「言葉の軌道が見える」と評したことから、以後の名称が定着したとされる[3]。
制度化と普及[編集]
に設立されたは、ダンガンロンパを「教育的反証訓練を含む新型余暇」と位置づけ、全国12都市の文化センターに導入した。特にとでは、夏休みの市民講座として応募倍率がに達した記録がある。
一方で、公開の場で個人の矛盾を追及する手法は、校内いじめの模倣を誘発するとの批判も受けた。これに対し、運営側は「論破の目的は勝利ではなく、自己の記憶を整頓することにある」と説明したが、かえって参加者の熱量を上げる結果になった。
仕組み[編集]
ダンガンロンパの基本構造は、、、、の四段階から成る。特に公開討論では、参加者が発言の中に含まれる矛盾を指摘し、相手の主張を「白票」「黒票」「灰票」の三色で裁定する。
この三色方式は、当時のが採用していた作文評価法を逆輸入したものとされるが、根拠は薄い。とはいえ、色分けのわかりやすさからが1999年に試作され、配布直後に「強すぎる」として回収された記録が残る[4]。
社会的影響[編集]
ダンガンロンパは、学園ものの舞台装置を使いながら、証拠と感情のどちらが先に崩れるかを可視化した点で評価された。これにより、1990年代後半にはの口頭模擬試験や、の危機対応訓練にも類似形式が流用されたという。
また、の同人ショップでは「反証カートリッジ」と呼ばれる小冊子が流行し、1998年の冬には通称まで発売された。これは辛さの単位を「矛盾数」で表記するという奇抜な商品で、最大10矛盾まで耐えられるとされたが、3矛盾で味が崩れるとの報告もある。
批判と論争[編集]
批判の中心は、暴力的イメージの過剰演出と、閉鎖環境での人間関係を娯楽化している点にある。特にの公演では、観客席の一部が「裁判ごっこを助長する」として市民団体から抗議を受け、文化ホール前に約が集まった。
また、初期版の台本には「証言が通らない場合、照明を落として沈黙させる」といった現在では問題視される演出が含まれていた。制作側は後年これを修正したが、逆に「沈黙こそが最大の証拠である」という派生解釈を生み、批評家の間で長く論争が続いた。
派生作品と周辺文化[編集]
ダンガンロンパは、舞台化、朗読劇化、教育用ボードゲーム化を経て、独自の周辺文化圏を形成した。とりわけでは、討論の際に机を叩かず手のひらで空振りする「無音パンチ」が流行し、これが後のの原型になったとする説がある。
1990年代末には、の深夜枠で『論証の時間』という関連番組が放送されたとも言われるが、番組表に痕跡が見当たらないため、半ば都市伝説扱いである。ただし、同番組のオープニング曲だけは地方FM局に録音テープが残っており、そこからファンの間で「歌うダンガン論法」という二次創作が広がった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 久慈原 恒一『閉鎖空間における証言美学』月輪出版, 1991年.
- ^ 大槻 朱実『反証の速度と観客心理』文化演劇評論 Vol.12, No.4, pp. 44-61, 1995.
- ^ 佐伯 章一『極限証言娯楽の成立と地方普及』日本表現学会誌 第18巻第2号, pp. 102-119, 1999.
- ^ Margaret L. Thornton, "Ballistic Testimony and the Schoolroom Stage," Journal of Applied Spectacle, Vol. 7, No. 3, pp. 201-229, 2001.
- ^ 渡辺 精一郎『学級裁判の民俗学的研究』杉並人文叢書, 1998年.
- ^ Hiroshi Kanda, "The Red-Blue Switch: Color Coding in Argument Performance," East Asian Media Studies, Vol. 9, No. 1, pp. 15-38, 2002.
- ^ 青木 玲子『証拠を撃つという発想』東京表現社, 1996年.
- ^ 内田 俊平『論破のための論破学入門』新潮社, 2000年.
- ^ 藤堂 まなみ『沈黙は最大の証拠である?』法政文化研究 第4巻第1号, pp. 77-88, 1997年.
- ^ Christopher B. Vale, "The Classroom Trial and Its Afterlives," Comparative Ludic History, Vol. 5, No. 2, pp. 90-111, 2003.
外部リンク
- 極限証言娯楽アーカイブ
- 杉並表現史研究所
- 月輪座デジタル資料館
- 反証カード保存会
- 論破文化年表データベース