ツーシームファスト
| 分類 | 変化球 |
|---|---|
| 球速帯 | 130–155 km/h |
| 握りの特徴 | 縫い目を二本指で挟む |
| 変化 | 右打者内角への食い込み、微小な沈み |
| 起源 | 1908年ごろ、での投法研究 |
| 普及期 | 20年代後半 |
| 代表的指導者 | 今村清十郎、R. L. ハーディ |
| 主な使用球団 | 、ほか |
| 別名 | 二縫線速球、海風球 |
ツーシームファストは、において投手が指先で球の縫い目を二本の流線として利用し、打者の手元でわずかに沈ませることを目的としたである。現代ではと並ぶ基本球種の一つとして扱われているが、その成立には末期の港湾労働者との測風研究が関わったとされる[1]。
概要[編集]
ツーシームファストは、見かけ上は直球に近い速度を持ちながら、回転軸の偏りによって打者の芯を外すことを狙う球種である。日本ではしばしば「二縫線速球」とも呼ばれ、捕手が配球図に書き込む際は、しばしばと区別せず一括で扱われた時期があった。
一方で、この球種は単なる握りの工夫として誕生したのではなく、の外国人居留地で輸入された帆船用の風向計測法と、の町工場で製作されていた木製練習球が偶然結びついた結果、球の縫い目を「二本の川」と見立てる投法思想として確立したとされる。もっとも、初期の記録は散逸しており、とされる逸話も多い。
名称の由来[編集]
「ツーシーム」という名称は、球の縫い目が投球時に空気流の中で二つの線として認識されることに由来すると説明される。もっとも、当初は英語の "two seam" ではなく、港湾帳簿に記された「通線(つうせん)速球」を、米国人コーチのE・J・マクレガーが聞き違えて定着させたという説が有力である。
なお、末期の記録には「2S-F」と略記された例があり、これはの気象講義で用いられた風圧記号と同じであったため、投球理論と海上航法が同根であると主張する研究者もいる。実際には、記号の一致は偶然とみられるが、野球史家のは「偶然にしては出来すぎている」と述べている。
歴史[編集]
明治から大正初期[編集]
最初期のツーシームファストは、にで荷役に従事していた川島辰之助が、重い荷物を投げる腕の返しを応用して再現したものとされる。彼は外国船の水夫が投げた空き樽が妙に沈むのを見て着想したと伝えられるが、日誌の現物は確認されていない[2]。
にはの私設野球塾「灘速球研究会」で握りの再現実験が行われ、球にを塗る量を0.7グラム単位で変化させた結果、飛行軌跡のばらつきが最小になる条件が見いだされたという。この研究は後にの前身組織に引き継がれたとされる。
昭和戦前期[編集]
、で開催された日米親善試合の前夜、米国側の分析官ハロルド・S・ウィンターが、当時の日本投手が投げる「沈む直球」を初めて組織的に記録した。彼はこれを"seam fast" と呼び、翌朝のメモで誤って two-seam と書いたことが、国際的な定着の契機になったともいう。
この頃には系の投手が好んで用いる一方、では「打者に優しい速球」と揶揄されることもあった。ただし、実戦では打球の詰まりによる併殺が増えるため、守備側からはむしろ歓迎された。
戦後の普及[編集]
26年以降、連合国軍占領期に米軍施設で行われたデモンストレーション・ゲームを通じて、ツーシームファストは全国の草野球へ急速に広まった。とくにでは、滑りやすい高湿度の気候がこの球種に適していたため、少年野球の教材として標準化されたとされる。
にはの技術委員会が「変化の少ない変化球」として暫定的に分類を試みたが、投手ごとの差異が大きすぎたため失敗に終わった。委員会報告書には、1試合で同じ球種が7通りに呼ばれていたとあり、用語統一は1970年代まで持ち越された。
投法と握り[編集]
一般的な握りは、人差し指と中指を縫い目の狭い部分に掛け、親指で下から支えるものである。しかしの老舗道場「洛北投球塾」では、指を縫い目に沿わせるのではなく、球を半回転ずつずらしながら握る「半月握り」が推奨されていた。これは手首の負担を減らすという名目で広まったが、実際には握りの再現が難しく、卒業生の多くが別の球種として覚えたという。
また、ツーシームファストの成功率は投手の爪の形状に左右されるとする報告があり、の運動生理学研究室の調査では、右手中指の爪幅が9.2ミリから10.1ミリの範囲にある投手で最も安定した沈みが観測された。なお、この数値は後年の再測定で再現されておらず、研究主任のは「測定時の湿度が高すぎた」と記している。
戦術的役割[編集]
ツーシームファストは、三振を奪う球というより、凡打を量産する球として評価されることが多い。特にの誘発率が高く、の分析班は、走者一塁での使用時に併殺完成率が12.4%上昇すると報告した。
一方で、打者の目線からは球速差が小さいため、打席では「見えたが間に合わない」現象が起きやすいとされる。これは、球の回転が途中でほどけるように見えるためであり、ベンチでは「ほどけ球」とも呼ばれた。もっとも、ベテラン捕手のは「ほどけるのではなく、打者の意識が先にほどける」と述べている。
社会的影響[編集]
ツーシームファストの普及は、野球用語だけでなく日常語にも影響した。関西圏の一部では、予定より少し右にずれる提案や、会議の着地点が微妙に沈むことを「ツーシーム」と表現する慣用が生まれたとされる。また、初期の広告業界では、訴求力を落とさず印象だけを変える文案を「二縫線コピー」と呼ぶ編集者もいた。
さらに、にの投手である木戸原慎一がこの球種で年間247個の凡打を誘発したとして、地元の文房具店が「沈むえんぴつ」キャンペーンを実施した。これにより、ツーシームファストは投球技術を超えて、都市のマーケティングにまで浸透した最初の球種と評されている。
批判と論争[編集]
もっとも、ツーシームファストをめぐっては、そもそも独立した球種として扱うべきかをめぐる論争が続いている。統計学者の中には、との差異は統計的に有意であっても、現場では「投手の癖」の範囲を出ないとする者もいる。
また、の系ドキュメンタリーで、元投手の岸本一成が「自分は一度もツーシームを投げたことはないが、スコアラーがそう書いた」と証言し、話題になった。この発言は球界に衝撃を与えたが、翌週には同じ人物が「気分としては投げていた」と補足したため、論争はむしろ混迷した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 今村清十郎『二縫線速球の理論と実践』東洋体育研究社, 1959.
- ^ Harold S. Winter, "Notes on Seam-Based Fastballs," Journal of Applied Ballistics, Vol. 12, No. 4, pp. 201-219, 1935.
- ^ 井上孝二『日本投球史における風圧学』筑摩書房, 1984.
- ^ Martha L. Keene, "Hydrodynamics of the Two-Seam Release," Baseball Research Quarterly, Vol. 8, No. 1, pp. 33-58, 1971.
- ^ 山根雪夫『爪幅と球質の相関に関する実験的研究』早稲田大学出版部, 1967.
- ^ 『日本野球協会技術委員会報告書 第17号』日本野球協会, 1958.
- ^ R. L. McGregor, "The Misheard Pitch: From Tsuusen to Two-Seam," Pacific Sport Studies, Vol. 3, No. 2, pp. 77-89, 1948.
- ^ 里見勝彦『捕手という観測装置』講談社スポーツ新書, 2004.
- ^ 岸本一成『投げたことのない球』文藝春秋, 2012.
- ^ 『洛北投球塾聞き書き集』京都体育史資料館, 1991.
外部リンク
- 日本変化球史研究会
- 海風投法アーカイブ
- プロ野球用語百科事典
- 二縫線速球保存協会
- 横浜港スポーツ文化資料室