ディープインパクト
| 選手名 | 深瀬 轟 |
|---|---|
| 画像 | Deep_Impact_Togo_Fukase.jpg |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像説明 | 2016年のでの公式練習 |
| 愛称 | ディープ |
| 生年月日 | 1987年3月14日 |
| 出身地 | 兵庫県西宮市 |
| 身長 | 178 cm |
| 体重 | 73 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 11 |
| ポジション | スプリンター |
| 所属チーム/クラブ | 近畿ダイナモズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | 金 2012年 世界選手権スプリント |
深瀬 轟(ふかせ ごう、〈62年〉 - )は、出身の()。右投左打。の所属。2012年のでスプリント金メダルを獲得し、同年にに選ばれた[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
深瀬はの臨海部にある旧の倉庫街で育ち、在学中に脚力測定の校内記録を3年連続で更新した。当時、同校の体育教諭であったが、短距離走よりも「加速の持続」に適性があるとしてへ転向させたとされる。
にはのジュニア強化指定を受け、の特設バンクで週6日の練習を行った。ここで彼は、向かい風の強い日ほどタイムが縮むという奇妙な現象を示し、後に「ディープインパクト走法」と呼ばれるフォームを身につけた[2]。
所属チーム別の経歴[編集]
にへ入団し、同年ので初出場を果たした。プロ入り後はへの短期移籍を経て、に再び近畿ダイナモズへ復帰し、以後10年連続でチームの年間最多勝を記録した。
にはで行われた交流大会に代表として参加し、石畳区間での落車を回避してからの逆転優勝が話題となった。なお、この勝利は「自転車版ディープインパクト」として海外紙でも報じられたが、記事の見出しだけが先行し、実際のレース内容はかなり地味であったとされる[3]。
代表経歴[編集]
にへ初選出され、の団体スプリントに出場した。同年は予選3位であったが、決勝進出後に機材規定の再検査を受け、サドルの角度が0.7度だけ修正されたことで空気抵抗が改善したという逸話が残る。
のでは、日本代表の最終走者を務めた。深瀬は3回目の出場を果たしたこの大会で自己ベストを更新し、金メダルを獲得したほか、から「規定内で最も圧力のある前傾姿勢」と評された[4]。
選手としての特徴[編集]
深瀬の特徴は、序盤の加速よりも中盤以降の再加速にあるとされる。特にでは、最初の250メートルを意図的に抑え、残りで一気にギアを上げる独特の走法を用いた。
また、彼はの選択に非常に保守的で、レースごとに2.9、3.0、3.1の3種類しか使わなかった。その理由について本人は「数字が多いと脚が迷う」と語ったとされるが、技術スタッフはむしろ彼の視認性の高さを評価していた。
一方で、時の成績が異様に良く、からまでの主要大会で降雨率83%のレースを勝ち越している。これは、少年期に倉庫街のぬかるみで鍛えられたためとも、単に本人が濡れると機嫌が良くなるためとも言われている。
人物[編集]
深瀬はチーム内では温厚であるが、競技中の視線の強さから「サドルの上の裁判官」と呼ばれた。練習後に必ず内の同じ定食屋でカレーうどんを食べる習慣があり、麺を3本だけ残して帰ることが縁起担ぎであったという。
にはのチャリティーイベントで、子ども向けに「風を読む授業」を実施した。内容はほとんど気象学であったが、終了後に配布された資料の最後のページだけが競輪のフォーム図解になっており、保護者からは「妙に本格的である」と好評であった。
また、の広報誌では、深瀬が自宅で毎朝7時ちょうどに空気圧を点検し、その際にホイールを2回だけ回すという生活習慣が紹介された。本人はこれを「心の始業点検」と呼んでいた。
記録[編集]
タイトル[編集]
世界選手権スプリント金メダル()をはじめ、では個人スプリントを4回制した。からにかけては、の年間最優秀選手賞を4年連続で受賞している。
表彰[編集]
に特別賞、に、にを受章した。なお、2018年の表彰式では、主催者が誤って「深瀬轟一」と紹介したため、本人がマイクを持ったまま一礼して修正したという[要出典]。
個人記録[編集]
公認最高時速はで、の屋内バンクにおける計測値が公式記録として残る。500メートル通過タイムの最短記録はであり、これは当時の国内記録を0秒12更新したものであった。
また、からまでの主要大会において、スタート失敗率が3.2%にとどまったことも特筆される。本人は「失敗しても顔に出さない練習をした」と説明していたが、実際にはスタート台の前で深呼吸しすぎて酸素が多くなっていたとの指摘がある。
出演[編集]
深瀬は競技人気の拡大に伴い、からにかけて複数のCMに出演した。特にの「風を、味方に。」篇では、ヘルメット越しに無言で5秒だけ頷く演出が話題となった。
テレビ番組ではの特集『アスリートの分岐点』、のバラエティー『ええやん!スポーツ研究所』に出演し、競技用ローラー台の上で寿司を食べるという実験的企画を行った。視聴率は関西圏で9.8%を記録したとされるが、後日の再放送では食事シーンが全てカットされていた。
なお、にはの啓発動画に登場し、「ブレーキは引くものではなく考えるものである」と発言したため、一部の子ども向け教材ではそのまま引用されている。
著書[編集]
著書に『』(、)がある。同書は競輪の戦術書でありながら、前半の半分以上が「待つことの美学」に割かれているため、自己啓発書として読まれることも多い。
また、『』(、)では、レース前夜の食事、空気圧調整、会場近隣のコンビニの照明の明るさまで分析対象にしており、専門誌は「異様に具体的な随筆」と評した。
このほか、地方紙連載をまとめた『』があるが、書店によってはビジネス書の棚に置かれていた。
背番号[編集]
現役通算ではを着用している。入団当初はであったが、先輩選手の移籍に伴いから11番に変更された。
11という番号は、深瀬が「バンク1周を11等分すると気持ちが整う」と語ったことに由来するとされる。また、海外遠征時には現地通訳が「イレブン」を「えらい文」と聞き違えたため、チーム内では一時的に「文豪番号」と呼ばれていた。
脚注[編集]
『月刊サイクル技報』第48巻第7号、スポーツ企画出版社、2012年、pp. 14-19。 佐伯俊介『近畿バンクの形成史』関西体育史研究会、2008年、pp. 203-211。 Margaret A. Thornton, "The Stone-Paved Sprint: A Curious Case in Roubaix", *European Cycling Quarterly*, Vol. 12, No. 4, 2015, pp. 44-57. 国際自転車連合技術委員会『競技規則補遺と前傾姿勢の標準化』ローザンヌ、2012年、pp. 8-12. 西園寺健一『風洞と人格形成』体育評論社、2016年、pp. 66-74. 『神戸スポーツ年鑑 2018』神戸新聞総合出版センター、2019年、pp. 91-96. Daniel P. Roth, "Eleven as a Race Number", *Journal of Applied Track Lore*, Vol. 3, No. 1, 2020, pp. 1-9. 兵庫県自転車競技連盟編『兵庫県競技者名簿 第27集』、2021年、pp. 55-58. 田辺真由美『雨天時の高速走行と心理的優位』日本スポーツ科学会誌、第31巻第2号、2017年、pp. 102-118. 『風を読む授業 実践記録』JKA広報部内刊、2016年、pp. 3-7.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
近畿ダイナモズ公式選手紹介 JKA選手データベース 兵庫県自転車競技連盟アーカイブ 神戸スポーツ人物録 サイクル・レビュー電子版
脚注
- ^ 『月刊サイクル技報』第48巻第7号、スポーツ企画出版社、2012年、pp. 14-19.
- ^ 佐伯俊介『近畿バンクの形成史』関西体育史研究会、2008年、pp. 203-211.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Stone-Paved Sprint: A Curious Case in Roubaix", European Cycling Quarterly, Vol. 12, No. 4, 2015, pp. 44-57.
- ^ 国際自転車連合技術委員会『競技規則補遺と前傾姿勢の標準化』ローザンヌ、2012年、pp. 8-12.
- ^ 西園寺健一『風洞と人格形成』体育評論社、2016年、pp. 66-74.
- ^ 『神戸スポーツ年鑑 2018』神戸新聞総合出版センター、2019年、pp. 91-96.
- ^ Daniel P. Roth, "Eleven as a Race Number", Journal of Applied Track Lore, Vol. 3, No. 1, 2020, pp. 1-9.
- ^ 兵庫県自転車競技連盟編『兵庫県競技者名簿 第27集』、2021年、pp. 55-58.
- ^ 田辺真由美『雨天時の高速走行と心理的優位』日本スポーツ科学会誌、第31巻第2号、2017年、pp. 102-118.
- ^ 『風を読む授業 実践記録』JKA広報部内刊、2016年、pp. 3-7.
外部リンク
- 近畿ダイナモズ公式選手紹介
- JKA選手データベース
- 兵庫県自転車競技連盟アーカイブ
- 神戸スポーツ人物録
- サイクル・レビュー電子版