デュープ・ランティエ
| 選手名 | デュープ・ランティエ |
|---|---|
| 画像 | Dupe Lantier 2024.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像説明 | 2024年の開幕戦で投球するデュープ・ランティエ |
| 愛称 | デュープ、複投(ふくとう) |
| 生年月日 | 1988年7月14日 |
| 出身地 | 大阪府堺市 |
| 身長 | 187 cm |
| 体重 | 92 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 21 |
| ポジション | 投手 |
| 所属チーム | 東京スパークス |
| 利き手 | 右投左打 |
| medaltemplates | アジア選手権 金1回(2022年) |
デュープ・ランティエ(でゅーぷ・らんてぃえ、[[1988年]]〈[[平成]]0年〉[[7月14日]] - )は、[[大阪府]][[堺市]]出身の[[プロ野球選手]]([[投手]])。右投左打。[[日本プロ野球|NPB]]の[[東京スパークス]]所属。[[2021年]]に[[沢村賞]]、[[2023年]]に[[最優秀選手]]を獲得し、通算3度のノーヒットノーランを記録したことで知られる。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
[[大阪府]][[堺市]]の臨海工業地帯に近い商店街で育ち、幼少期から紙箱を二つ並べて投げ分ける遊びを得意とした。[[堺市立浜寺中学校]]では軟式野球部に所属し、当時から「同じフォームで二つの球質を投げる」ことに執着していたという。
[[大阪桐蔭高等学校]]では1年次秋からベンチ入りし、[[3年]]夏には背中の張りを抱えながらも近畿大会で自己ベストを更新する148km/hを記録した。なお、校内の測定器が前日に[[大阪府立産業技術総合研究所]]から借り受けたものであったため、速度の信頼性をめぐって部内で小さな論争が起きたとされる[要出典]。
[[東都大学野球連盟]]の[[関西工科大学]]に入学後は、最初の2年間を制球修正に費やし、3年春にデビューを果たした。4年時には春秋連続でリーグ最多奪三振を記録し、[[プロ野球ドラフト会議]]では東京スパークスから1位指名を受けて入団した。
所属チーム別の経歴[編集]
プロ入り後は[[東京スパークス]]に入団し、初年度の[[2011年]]は二軍で体づくりを経て、交流戦明けに一軍へ初出場を果たした。翌[[2012年]]には中継ぎとして24試合に登板し、同年9月にはプロ初勝利を挙げた。
[[2014年]]から先発に本格転向し、当時の[[大沢俊介]]監督により開幕ローテーションの一角に就任した。[[2016年]]には防御率1点台を記録してチームの初優勝に大きく貢献し、[[2018年]]には2年連続で二桁勝利を達成した。[[2020年]]には一度[[福岡ブルーマーズ]]へ移籍したが、[[2021年]]オフに電撃的に東京へ復帰し、復帰初年度にMVPに選ばれた。
その後は[[2023年]]から再び先発の柱として起用され、[[2024年]]には完全試合目前の9回2死まで走者を出さず、結果として通算3度目のノーヒットノーランを記録した。
代表経歴[編集]
[[日本野球代表|日本代表]]には[[2015年]]に初選出され、[[アジア野球選手権大会]]で抑えとして活躍した。翌[[2016年]]の[[プレミア12]]では先発とリリーフの両方を務めたことで、ベンチ内では「二役型」と呼ばれた。
[[2022年]]の[[アジア競技大会]]では代表主将を務め、決勝の[[韓国]]戦で7回1失点の好投を見せて金メダル獲得に貢献した。同年には[[侍ジャパン]]強化試合のために左打席のフォームまで改造し、打撃投手としても起用されたという珍しい経歴がある。
選手としての特徴[編集]
最速154km/hの直球と、投球直前に球を握り直す「二度置き」と呼ばれる癖のあるスライダーを持ち味とする。本人はこの癖について「握りの確認をしているだけ」と説明しているが、打者からは球種が二重に見えるため、球界では『デュープ現象』と呼ばれている。
また、投球間隔が極端に一定で、1球ごとの間が平均9.8秒に収まることから、審判団からはテンポ管理の模範例として評価されている。一方で、[[2019年]]の公式記録では23球連続で同じ投球動作を繰り返したため、相手ベンチから「機械に近い」と抗議が出たこともある。
打撃面でも左打席からのバント処理に定評があり、[[2021年]]には投手としては異例のシーズン8犠打を記録した。特に[[神宮球場]]でのナイトゲームでは、照明の反射を利用してフォークの落差が増すとされ、当時のデータ班が[[東京大学大学院情報理工学系研究科]]と共同で解析を行ったと伝えられる。
人物[編集]
温厚で寡黙な人物として知られる一方、試合前に必ず[[コンビニエンスストア]]で同じ銘柄の麦茶を2本買う習慣があり、チームメイトの間では「勝負の前にデュープが二重になる」と語られていた。新人時代には寮の冷蔵庫に貼られた注意書きを、自分の球種メモと勘違いして貼り替えたことがあり、生活面では少し抜けた一面もあった。
[[2020年]]の遠征先で[[熊本県]][[人吉市]]の被災地支援に参加し、球団を代表するボランティアとして炊き出しに就任したことが話題となった。なお、本人はその際に「投げることしか能がないので、せめて鍋は持てるようにした」と発言したとされるが、記録映像は見つかっていない[要出典]。
また、[[2023年]]の優勝パレードでは、沿道の少年が掲げた手作りの「DUPE」旗を見て、その場でサインを2枚重ね書きしたことがファンの間で語り草となっている。
記録[編集]
タイトル・表彰[編集]
[[沢村賞]] 1回([[2021年]])
[[最優秀選手]] 1回([[2023年]])
[[最優秀投手]] 2回([[2021年]]、[[2024年]])
[[ベストナイン]] 3回([[2016年]]、[[2021年]]、[[2023年]])
[[月間MVP]] 5回
代表歴[編集]
[[アジア野球選手権大会]] 金メダル([[2015年]])
[[プレミア12]] 銀メダル([[2016年]])
[[アジア競技大会]] 金メダル([[2022年]])
個人記録[編集]
通算3度のノーヒットノーランを記録。
1シーズン最多の17勝を[[2023年]]に記録。
同年、1試合最多連続奪三振として球団記録の13奪三振を達成。
また、先発登板時の平均球数が規定投球回到達者で最少クラスであり、データ上は「省エネ型エース」とされている。
出演[編集]
CM出演は[[サントリー]]のスポーツ飲料、[[ミズノ]]のグラブ、[[JR西日本]]の新幹線キャンペーンなどがある。特に[[2022年]]のサントリーCMでは、投球動作の直後に麦茶を二度注ぐ演出が採用され、視聴者から「本人よりCMの方がデュープしている」と評された。
テレビ番組では[[NHK総合]]のスポーツドキュメンタリー、[[テレビ朝日]]の特番、[[TBSテレビ]]の深夜バラエティに出演している。バラエティでは無口すぎて企画が成立しなかったため、後半は字幕が過剰に充実する編集となった。
また、[[2024年]]には[[大阪・関西万博]]関連の広報動画に登場し、未来の投球をテーマにしたAR演出の中で、実際には存在しない第4球種「リフレクトシンカー」を披露した。
著書[編集]
『二度置きの哲学』[[集英社]]、[[2022年]]。投球前の握り直しとメンタル調整をめぐるエッセイとして刊行され、野球書としては珍しく脚注が多いことで知られる。
『プロ入り後、球は二重に見える』[[講談社]]、[[2024年]]。自伝的な内容であるが、少年時代のエピソードの一部が球団広報の検閲を経ており、読者からは「球史よりも校内史に詳しい」と評された。
なお、未刊行の原稿として『麦茶は冷えてからが本番である』が存在するとされるが、本人は「原稿用紙8枚で止まった」と述べている。
背番号[編集]
背番号は入団以来[[21]]を着用している。本人は当初、[[17]]を希望したが、球団内の抽選により先輩投手が保持していたため、空き番号であった21を選択したとされる。
ただし、[[2019年]]の一時期のみ、登録名の都合でスコアボード表示が「D.LANTIER」となり、背番号21と合わせて「21-D」の符号がファンの間で流行した。以後、グッズ売上は同年だけで約2億4,800万円に達したとされ、球団経営陣が急遽『二重登録キャンペーン』を導入したという。
脚注[編集]
注釈[編集]
1. 生年月日の元号表記には、当時の球団資料で「平成0年」と誤植されたものが流通しており、それが半ば通説化した。
2. ノーヒットノーランの回数には、降雨コールドで試合成立が疑われたものを含めるかどうかで見解が分かれる。
3. 東京スパークスの球団史によれば、デュープの起用法は「一人で先発と救援を兼ねる」ことを前提に設計されたが、実際には人員不足による苦肉の策であったとされる。
出典[編集]
[1] 佐伯健一『プロ野球と二重投球の研究』[[スポーツニッポン出版社]], [[2024年]], pp. 18-41.
[2] Margaret H. Collins, "The Dupe Motion in Modern Pitching", Vol. 17, No. 2, [[Journal of Applied Baseball Studies]], 2023, pp. 55-79.
[3] 中野一真『関西工科大学野球部史』[[大阪学術出版]], [[2021年]], pp. 102-119.
[4] Hiroshi Tanabe, "Seam, Tempo, and the Nine-Point-Eight-Second Rhythm", Vol. 9, No. 4, [[Baseball Analytics Quarterly]], 2022, pp. 201-226.
[5] [[東京スパークス]]編『球団年報2023』東京スパークス広報室, 2024, pp. 4-9.
[6] 小寺真由美『麦茶と投球動作』[[河出書房新社]], 2022, pp. 88-93.
[7] "A Study of Reflective Sinkers in Night Games", Vol. 3, No. 1, [[Eastern Sports Science Review]], 2024, pp. 1-17.
[8] 田村義信『侍ジャパンの二役選手たち』[[ベースボール・マガジン社]], 2023, pp. 150-174.
[9] George L. Whitman, "Why Right-Handers Bat Left in Osaka", Vol. 12, No. 6, [[International Journal of Baseball Culture]], 2021, pp. 311-329.
[10] 山本奈央『パレードの旗とサインの社会史』[[青土社]], 2025, pp. 44-46.
関連項目[編集]
[[東京スパークス]]
[[福岡ブルーマーズ]]
[[大阪桐蔭高等学校]]
[[関西工科大学]]
[[沢村賞]]
[[ノーヒットノーラン]]
[[侍ジャパン]]
[[二刀流]]
外部リンク[編集]
東京スパークス公式プロフィール
日本野球機構選手名鑑
侍ジャパン公式選手データ
関西工科大学野球部OB紹介
デュープ・ランティエ後援会
脚注
- ^ 佐伯健一『プロ野球と二重投球の研究』スポーツニッポン出版社, 2024, pp. 18-41.
- ^ Margaret H. Collins, "The Dupe Motion in Modern Pitching", Vol. 17, No. 2, Journal of Applied Baseball Studies, 2023, pp. 55-79.
- ^ 中野一真『関西工科大学野球部史』大阪学術出版, 2021, pp. 102-119.
- ^ Hiroshi Tanabe, "Seam, Tempo, and the Nine-Point-Eight-Second Rhythm", Vol. 9, No. 4, Baseball Analytics Quarterly, 2022, pp. 201-226.
- ^ 東京スパークス編『球団年報2023』東京スパークス広報室, 2024, pp. 4-9.
- ^ 小寺真由美『麦茶と投球動作』河出書房新社, 2022, pp. 88-93.
- ^ "A Study of Reflective Sinkers in Night Games", Vol. 3, No. 1, Eastern Sports Science Review, 2024, pp. 1-17.
- ^ 田村義信『侍ジャパンの二役選手たち』ベースボール・マガジン社, 2023, pp. 150-174.
- ^ George L. Whitman, "Why Right-Handers Bat Left in Osaka", Vol. 12, No. 6, International Journal of Baseball Culture, 2021, pp. 311-329.
- ^ 山本奈央『パレードの旗とサインの社会史』青土社, 2025, pp. 44-46.
外部リンク
- 東京スパークス公式選手紹介
- NPB選手名鑑アーカイブ
- 侍ジャパン歴代代表名簿
- 大阪堺スポーツ文化研究所
- デュープ・ランティエ応援ページ