トイレの花子さん
| 名称 | トイレの花子さん |
|---|---|
| 別名 | 三番個室の花子、赤いスカートの案内人 |
| 分類 | 学校怪談、都市伝説 |
| 初出 | 1948年頃(諸説あり) |
| 主な出現場所 | 公立小学校・旧制女学校の校舎 |
| 象徴 | 赤い吊りスカート、白い手、三回のノック |
| 関係組織 | 文部省学校安全課、全日本児童民俗研究会 |
| 派生現象 | 花子さん手招き現象、便器裏返り、第三個室封鎖事件 |
| 文化的影響 | 怪談集、学級文庫、テレビ教育番組 |
トイレの花子さんは、のにおいて、女子トイレの三番目の個室に現れるとされる怪異である。昭和中期以降、児童心理と校舎建築の相互作用から成立した民間伝承として広く知られている[1]。
概要[編集]
トイレの花子さんは、からにかけて広く伝承される学校怪異であり、特に30年代の新制で語り継がれたものとして知られている。校舎の老朽化、児童の集団心理、そして清掃当番の口承が複合して成立したと考えられている[2]。
伝承上は、女子トイレの三番目の個室を三回ノックして「花子さん、いますか」と呼びかけると応答があるとされる。もっとも、地域によっては二番目の個室に現れる、あるいは男子トイレに出る例も確認されており、この不安定さがかえって実在感を補強していると指摘されている[3]。
成立史[編集]
戦後校舎と怪談の需要[編集]
、は全国の仮設校舎における衛生環境改善を目的として、簡易水洗設備の標準化を進めた。この際、女子児童の間で「誰かが中にいる」という不安を整理するための集団儀礼として花子さん伝承が形成されたとする説が有力である。特にのある旧村立小学校では、便器の数が奇数だったために三番目の個室が心理的焦点となり、後年の定型がほぼ完成したという[4]。
には、が「児童の夜間排泄恐怖に関する聞き取り」を実施し、全国73校で類似の語りが確認された。しかし報告書本文の末尾に、なぜか「花子は来室時にノートを借りる」と追記されており、研究者の間では執筆者が資料整理中に児童作文を混入させた可能性が高いとされる。
命名の由来[編集]
花子という名は、当時の学級簿に最も多く見られた女子名であったことに由来するとされる一方、の民俗資料館に残るメモでは「花子」は掃除用バケツのメーカー名だったとも記されている[5]。また、旧制女学校の寄宿舎では、便所の見回り役を「花子番」と呼んでいたことから、役職名が怪異化したという説もある。
なお、花子さんの「さん」は敬称ではなく、以前の校内職制で用いられた呼びかけ表現「三(さん)」に由来するという異説があるが、学会ではほぼ支持されていない。ただし、この異説を採ると三番目の個室に現れる理由が一応説明できるため、未だ一部の愛好家に根強い人気がある。
全国化とメディア化[編集]
、の児童向け番組で、校舎の安全利用を啓発する短編劇「花子さんのいないトイレ」が放送された。ところが放送翌週から、視聴した児童の間で「花子さんは放送に出られないだけで本当はいる」という解釈が広まり、結果として伝承はかえって強化されたとされる。
さらにには、の学習塾が配布した家庭学習用プリントに花子さんの挿絵が偶然掲載され、これが全国の複写文化を通じて拡散した。プリントの裏面には算数の文章題が印刷されていたが、児童の多くはそちらを読まず、花子さんの髪型だけを記憶したという調査結果が残っている[要出典]。
特徴[編集]
花子さんは一般に、赤いスカートまたは赤い吊りスカートを着用し、肩までの黒髪、白い手袋、そして無音の足音を持つとされる。特に「水を流す音が三秒早い」ときに現れやすいという地方伝承があり、これは校舎配管の圧力差を怪異化したものと考えられている。
また、花子さんは必ずしも害意を持たず、落とし物を教えてくれる、忘れ物の持ち主を探してくれる、あるいは掃除当番を交代してくれるなど、半ば生活指導的な役割を担う場合がある。このため、単純な悪霊ではなく「校内秩序を監視する半官半霊」と位置づける研究もある。
地域差[編集]
関東型[編集]
では、三回ノックの後に「どうぞ」と返答があると姿を見せる形式が多い。特にの沿岸部では、返答が児童の声ではなく放送委員会のマイクを通したような音質になるとされ、校内放送設備との結びつきが強い。
関西型[編集]
では、花子さんは姿を見せるより先に「その個室、午後は使われへんで」と実務的に警告する傾向がある。これはの旧家で見られる「客人への先回り配慮」が学校怪談へ転化したものと解釈されることがある。
九州型と離島伝承[編集]
では、花子さんはトイレではなく渡り廊下の外便所に現れることが多く、梅雨期には傘を持ってくるとされる。特にの一部離島では、花子さんが島外から赴任した養護教諭の口調を模倣するという証言があり、島内の児童はこれを「礼儀正しい怪異」と呼んでいた。
社会的影響[編集]
花子さんは単なる怪談にとどまらず、学校建築や児童衛生の議論に実質的な影響を与えた。にが行った校舎改修提案では、「第三個室の視認性を下げることで児童の恐怖を誘発する」として、トイレの配置変更が検討されたとされる[6]。
また、のある教育委員会では、清掃時間前に花子さんの話をすると児童の滞在率が下がることが確認され、結果として学校生活指導の教材に採用された。なお、同教材の注釈には「恐怖の教育的活用は慎重に」と書かれていたが、実際には先生方が最も楽しんでいたという。
批判と論争[編集]
以降、花子さん伝承は過度に商業化されたとして批判を受けた。とくに、便器型の文房具セットや「花子さんと会える階段占い」など、趣旨不明の商品が量産され、民俗学者からは「怪異の文具化」と非難された。
一方で、伝承が児童の不安を言語化する装置である以上、商業化もまた共同体の再生産であるとする反論もある。なお、の全国調査では、花子さんを「怖い」と答えた児童は62.4%であったが、「掃除を手伝ってくれそう」と答えた児童が17.8%存在し、研究者を困惑させた[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『戦後校舎における便所怪談の形成』民俗学研究社, 1962.
- ^ Margaret A. Thornton, "Third Stall Phenomena in Postwar Japanese Schools", Journal of Urban Folklore, Vol. 8, No. 2, 1979, pp. 114-139.
- ^ 佐伯みどり『女子児童の排泄不安と語りの儀礼』日本学校衛生協会刊, 1957.
- ^ 中村健吾「学校怪談の配管学的分析」『建築と子ども』第14巻第3号, 1988, pp. 41-58.
- ^ Haruto Kanda, "The Red Skirt Motif in East Asian Restroom Legends", Folklore Quarterly, Vol. 21, No. 4, 1991, pp. 201-226.
- ^ 小野寺久美子『校舎改修と恐怖の視覚化』東京教育出版, 1990.
- ^ 田島一郎「児童のトイレ利用抑制に関する予備調査」『学校保健資料』第22巻第1号, 1998, pp. 9-17.
- ^ Eleanor V. Shaw, "Knocking Rituals and Institutional Memory", Annual Review of School Anthropology, Vol. 5, 2001, pp. 77-93.
- ^ 吉岡早苗『花子さん現象の民俗誌』風土社, 2004.
- ^ 文部省学校安全課編『校内怪異と危機管理マニュアル』第3版, 1985.
- ^ 藤森光『トイレの花子さんと掃除当番の倫理』青灯社, 2011.
外部リンク
- 全日本児童民俗研究会
- 学校怪談アーカイブズ
- 校舎衛生史データベース
- トイレ伝承総覧
- 花子さん口承録保存委員会