ドスケベ全裸レスリング(競技)
| 読み | どすけべぜんら すりんぐ(きょうぎ) |
|---|---|
| 発生国 | イギリス |
| 発生年 | 1897年 |
| 創始者 | グレアム・バーミンガム |
| 競技形式 | リング上の全身接触グラップリング |
| 主要技術 | 腰高スナップ、背面寝技連携 |
| オリンピック | オリンピック正式競技(準備種目扱いを経て) |
ドスケベ全裸レスリング(競技)(どすけべぜんら すりんぐ(きょうぎ)、英: Dosuke-be Nude Wrestling (Sport))は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。
概要[編集]
は、素肌同士の接触を前提にしたグラップリング競技として位置づけられる。競技の性格は露骨な“技術力”の誇示にあるとされ、審判は「抱え込みの形」「体勢の滑らかさ」「逃げ道の消し方」を同時に評価する点が特徴である。
大会記録は長らく「全裸(あるいは全身の身体的密着が可能な布の欠如)」という条件で整理されてきたが、実際には衛生と安全確保のため、控室での管理手順や検査プロトコルが制度化されているとされる。なお、競技名に含まれる語感は初期パンフレットの扇情語に由来すると説明されることが多い。
歴史[編集]
起源[編集]
この競技の起源は、末の海洋労働者の慰安活動に求められるとされる。特にでは、港湾労働の疲労を和らげる目的で「防寒用の薄い毛布を脱ぐ—そのまま体重移動で相手を崩す」という通称“海風ルール”が広まったとされる。
起案者として名が挙がるのは、体操指導者のである。彼はに、港の倉庫を改装した小規模競技場で、体勢保持を統計化するための簡易採点表を配布したとされる。この採点表は、審判が目視で「安定角度」「腰の回転半径」「逃走ラインの遮断率」を3段階(A/B/C)で記録する仕組みであったと伝えられている。
その後、審判団の間で“あまりに露骨すぎる”と批判が起き、に衛生条例が整備された。条例の運用により、肌の摩擦対策として乾燥炭酸粉末が使用され、試合後の消毒が義務化されたとする資料があるが、真偽は議論の余地があるとされる。
国際的普及[編集]
前後、港湾都市を起点に観覧文化が拡大し、競技は旅行芸人の巡業に組み込まれた。なかでもの小劇場協会が“裸体の運動学”として宣伝したことにより、観客の視線と競技者の動線が制度化されたとされる。
には、欧州レスリング連盟の前身会議がで開かれ、国際規格の試合場寸法が定められた。床材は「摩擦係数が0.62〜0.67の範囲」とされ、具体値が記録された点が後年“学術的レスリング”として受け取られた理由の一つとされる。
この競技はに国際競技団体が「性的演出の禁止」を明文化したことで、競技としての説明可能性が増し、結果として国際大会の開催が続いた。ただし、ルールが整備されるほど名称の“ドスケベ”部分が独り歩きし、メディアが過剰に誇張したとする指摘もある。
ルール[編集]
試合は指定リング上で行われ、リングは外周から中心までの区分線が引かれる。区分線は逃走の可否を示す目的があるとされ、選手が“ライン外へ落ちた”場合には即座に優位性が加点される運用が導入されたとされる。なお、区分線は塗料ではなく粉体で引かれることが多い。
試合時間は通常2ラウンド制で、各ラウンドはずつと定められる。勝敗は、(1)相手の背中をマットに押し付けた時間の合計、(2)体勢転換の連続回数、(3)逃走ライン遮断の成立率、の3要素を基に判定されるとされる。合計点が同点の場合、最終ラウンドの“腰高スナップ”成功回数が優先される。
勝敗形式として、KOに相当する概念が「呼吸遮断」と呼ばれる。これは実質的な安全停止を意味し、医学的観察に基づき競技続行が不可能と判断された場合に即時終了となるとされるが、要出典の文献があり、運用実態は時代により差異があった可能性がある。
技術体系[編集]
技術体系は、大別して“制圧”“移動”“連携”の三系統に整理される。制圧系は相手の重心を一点に集め、移動系はその一点から角度を作って崩すことを狙う。連携系は、制圧からの即時移行を連続で成立させることに価値が置かれる。
代表的な技術としてが挙げられる。これは相手の股間側への深い踏み替えではなく、腰の回転半径を極小化して“逃げ道の先端だけを折る”ように見せる動作として説明される。さらに、背面寝技連携は「背中面の摩擦面積が一定以上に保たれた状態で、頭部方向へ押し切る」ことが条件とされる。
一部では、技の分類が審判の目視に依存しすぎるという批判もある。このため頃から、テープ解析を模した簡易モーション採点が試験導入されたが、普及には至らなかったとされる。
用具[編集]
この競技では、選手は原則として裸であるとされる。ただし用具の議論は“裸のままでも競技が成立する環境”に集中している。具体的には、肌の保護よりも摩擦係数の安定のため、乾燥炭酸粉末(粉体の規格が制定されているとされる)が使用される。
保護具としては、膝の“薄膜パッド”が許可されることがある。規定上は「身体を覆わず、接触面の摩擦調整のみを担う」と説明される。なお、競技開始前の確認はが行うとされ、合格基準として“接触が途切れない体勢保持能力”が挙げられる。
マットには、衝撃分散のための二層構造が採用される。上層の厚みは、下層はとする規格案が報告されているが、実際には大会主催ごとに微調整されるとされる。
主な大会[編集]
国内ではが長年の起点として語られる。初回はで、港の倉庫を会場にして観客数が約に達したとされる。この数字は当時の新聞の計算方法に依存するため、過大評価の可能性もあるとされる。
国際大会としては、主催のが知られている。開催は概ね春季で、準決勝の後半に“連携系技術の比率が増える”ため、観客の熱量が上がると評される。
一方で、競技の名称がセンセーショナルに広がりすぎた時期には、スポンサーが急に撤退する波があったとされる。このため近年は、広告表示が競技名そのものを避ける形に修正されることもある。
競技団体[編集]
競技団体として最も影響力が大きいのは、国際規格を管理するである。連盟は審判資格の基準を詳細に定め、特に“体勢判定のブレを減らすための訓練”が義務とされる。
国内レベルでは、が技術分類の更新を担う。彼らは、技術の名称を一般化しすぎると採点が揺れるとして、腰高スナップ等の用語には“観察項目”を添える方針を採っている。
また、医療面ではが接触管理と粉体使用の監査を行うとされる。ただし、粉体の種類については会計帳簿の公開が遅れた例があり、透明性の欠如が批判されたことがあると報告されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ グレアム・バーミンガム「港湾労働者の慰安運動と採点表の試作」『海峡運動学紀要』第3巻第2号, pp.12-29, 1901.
- ^ Eleanor St. Clair「The Dover Margin: Grappling Hygiene and Scoring」『Journal of European Sports Mechanics』Vol. 18, No. 4, pp.77-104, 1925.
- ^ ハロルド・ジェンクス「裸体レスリングの国際化と審判訓練」『欧州競技規程研究』第7巻第1号, pp.1-41, 1930.
- ^ M. A. Thornton「摩擦係数の経験則とマット設計」『スポーツ工学レビュー』第12巻第3号, pp.211-235, 1959.
- ^ ルネ・モルジャン「パリ・セントラルグランプリの観客動態」『仏文学と体育の交差』第2巻第6号, pp.55-88, 1962.
- ^ 英国レスリング審査協会編『腰高スナップの観察項目一覧(第1版)』英国レスリング審査協会, 1968.
- ^ 国際全裸レスリング連盟「試合時間の段階化に関する暫定規約」『International Federation Bulletin』Vol. 44, Issue 1, pp.3-19, 1971.
- ^ スポーツ衛生監督局「乾燥炭酸粉末の安全運用ガイド」『衛生監督年報』第9巻第2号, pp.90-112, 1986.
- ^ Katherine Wren「Why names matter: The 'dosuke-be' media phenomenon」『Sport, Language, and Society』Vol. 31, No. 2, pp.10-33, 2004.
- ^ —「オリンピック正式競技化の手続き」『競技統治史研究』第1巻第1号, pp.1-9, 2012.
外部リンク
- ドーバー海峡杯 公式アーカイブ
- 国際全裸レスリング連盟 判定講習ポータル
- 英国レスリング審査協会 技術辞典
- スポーツ衛生監督局 粉体規格データ
- パリ・セントラルグランプリ 観戦記録館