ドパガキ
| 名称 | ドパガキ |
|---|---|
| 読み | どぱがき |
| 英語表記 | Dopagaki |
| 分類 | 編集工学、紙面設計、注意誘導技法 |
| 起源 | 1978年頃の東京都内校正所 |
| 提唱者 | 長谷川 恒一郎 |
| 主要な用途 | 見出し修正、強調、紙面ノイズの制御 |
| 関連機関 | 日本紙面調律協会 |
| 流行期 | 1984年 - 1992年 |
| 影響 | 出版現場、広告、同人誌文化 |
ドパガキは、紙面上の文字列に対し、微細な加圧・再配置・滲出処理を行うことで、読み手の注意を局所的に増幅させるとされる発祥の文房具技法である。もともとは後期の校正現場で偶発的に成立した慣習であり、のちに編集工学の一分野として扱われるようになった[1]。
概要[編集]
ドパガキは、やの周辺に意図的な圧痕、墨溜まり、余白の揺らぎを生じさせ、文字の視認性と記憶定着率を高める技法であるとされる。一般にはの老舗校正所から広まったとされているが、当初は単なる刷り直し予算の削減策にすぎなかったという説もある[2]。
名称は「どっと入る」「ぱっと載せる」「かき直す」の三要素を結合した略称であるというのが通説であるが、実際には現場の職人が納品伝票に誤記した語が定着しただけともいわれる。いずれにせよ、1980年代の移行期には、機械的に整いすぎた紙面への反動として一定の支持を得た[3]。
歴史[編集]
成立期[編集]
ドパガキの成立は、にの校正所「東亜レイアウト工房」で起きた誤植事故にさかのぼるとされる。担当者のが、見出しの一部に誤って二度の湿度調整を加えたところ、刷り上がりの文字が奇妙に目立ち、編集長が「紙面が起きている」と評したのが始まりである[4]。
には、同所の若手職人であったが、段組の端に0.3ミリの圧痕を意図的に残す「軽圧法」を考案した。これにより、読者が無意識に見出しへ視線を誘導される現象が確認されたとされ、社内では「読む前に読ませる技法」として記録された。
普及期[編集]
、の広告代理店「関西紙面企画」がドパガキを販促チラシに応用し、駅貼りポスターの到達率が従来比で18.4%上昇したと報告した。この数値は後年、測定条件が極めて特殊であったことから疑義が呈されたが、当時の業界紙はこぞって「紙が喋った」と称賛した[5]。
にはが設立され、東京・大阪・名古屋の三拠点で講習会が行われた。受講者は年間約1,200人に達し、そのうち約3割が出版社勤務、2割が同人誌印刷、残りが菓子包装とされている。なお、菓子包装分野での導入率が異様に高かったのは、試食棚に置かれた包み紙の「見つけやすさ」に直結したためであるという[6]。
制度化と衰退[編集]
、系の委託研究「紙面触覚情報の文化的意義」において、ドパガキは準工芸的技術として扱われた。報告書では、ドパガキを用いた冊子は読了率が平均で12.7秒短縮される一方、保管時の端折れ発生率が1.9倍になると記されている。
しかし後半、デジタル組版の普及により、加圧や滲出を伴う物理的処理は次第に姿を消した。もっとも、地方の印刷所では「最終確認の印として一度だけ圧をかける」慣習が残り、現在でもの一部図書館所蔵資料に痕跡が確認できるとされる。
技法[編集]
ドパガキには、主として「押す」「ずらす」「にじませる」の三工程があるとされる。押す段階では木製の見当棒を用いて紙面の一部に微細な圧を与え、ずらす段階では行間を0.2〜0.6ミリ単位で再配置する。にじませる段階は最も難度が高く、の粘度を季節に応じて調整しなければならない[7]。
熟練者の間では、見出しの左上をわずかに重くする「左肩落とし」、本文末尾にだけ空白を残す「余白返し」、注釈欄にのみ高湿度を与える「脚注湿式」などの流派が知られている。とくに「脚注湿式」は、注釈がやけに説得力を持つため、学会誌で一時期問題となった。
社会的影響[編集]
ドパガキは、出版や広告のみならず、役所の回覧板、商店街の値札、さらにはの議事録にまで浸透したとされる。なかでもの一部広報紙では、ドパガキ適用後に問い合わせ電話が月平均42件増加し、「読まずに捨てられにくい紙面」として注目を集めた[8]。
一方で、過度なドパガキは読者の集中を奪うとして批判も受けた。特に1989年の『週刊紙面衛生』誌は、ドパガキ濃度が高い版面を「目が先に疲れる」と断じ、以後の業界では適正圧のガイドライン整備が進んだ。ただし、同誌の編集部そのものが最も激しいドパガキ紙面を好んでいたとの証言もあり、要出典とする向きがある。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、ドパガキが「技法」であるのか「癖」であるのかをめぐって起こった。特にのシンポジウムでは、のが「ドパガキは紙面の呼吸である」と発言し、これに対しての実務派は「呼吸にしては匂いが強すぎる」と反論した[9]。
また、ドパガキの創始者とされるの実在性についても、後年になって疑義が出ている。名簿上では生まれとなっているが、同時期のの印刷組合名簿には同名人物が少なくとも4人掲載されており、いずれが本物か、あるいは全員が別人かは確定していない。もっとも、本人が残したとされる「紙は触ると機嫌が変わる」という一文だけは妙に引用され続けている。
評価[編集]
現代ではドパガキは、実用技術というよりも、アナログ時代の紙面美学を象徴する言葉として扱われている。デザイン教育の現場では、の雑誌見開きを分析する際に補助的に用いられ、学生が最初に覚える「使ってはいけないのに、なぜか気になる」技法として紹介されることがある。
また、近年は再評価の動きもある。小規模出版社や文化では、オンデマンド印刷であえてドパガキ風の圧痕を再現する試みが行われ、2022年にはのイベントで「疑似ドパガキ体験装置」が展示された。来場者の満足度は高かったが、装置の説明文だけが最もドパガキで読みにくかったという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 長谷川 恒一郎『紙面が起きる瞬間――ドパガキ技法史』東亜出版, 1993年.
- ^ 三浦 玲子『微細圧痕と読解速度の相関』日本編集工学会誌 Vol.12, No.3, pp.44-61, 1988年.
- ^ Kazuo Saito, "The Tactile Bias of Editorial Layout", Journal of Print Culture, Vol.7, No.2, pp.103-129, 1994.
- ^ 関西紙面企画調査部『駅貼り広告における圧版処理の効果測定』社内報, 1985年.
- ^ 斎藤 和彦『紙は呼吸するか――版面の温度学』北斗書房, 1992年.
- ^ 編集衛生研究会『ドパガキ適正圧ガイドライン試案』文化印刷資料第8号, 1990年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Mist, Ink, and Attention", Typography Quarterly, Vol.19, No.1, pp.11-28, 2001.
- ^ 日本紙面調律協会編『ドパガキ講習会記録 第4巻』協和記録社, 1989年.
- ^ 長谷川 恒一郎・三浦 玲子『脚注湿式の理論と実践』文栄館, 1991年.
- ^ 『週刊紙面衛生』編集部『読みやすさの暴力』第2巻第14号, pp.5-9, 1989年.
- ^ 川端 透『ドパガキと余白返しの民俗誌』印刷民俗学研究所, 1998年.
外部リンク
- 日本紙面調律協会アーカイブ
- 東亜レイアウト工房資料室
- 紙面衛生研究センター
- ドパガキ民間伝承データベース
- 版面工学年報オンライン