ナマス・マサンテ
| 名称 | ナマス・マサンテ |
|---|---|
| 読み | なます・まさんて |
| 分類 | 発酵調味・供食体系 |
| 起源 | 19世紀末のザンジバル港 |
| 主な使用地域 | 東アフリカ沿岸、インド洋交易圏 |
| 主原理 | 塩分勾配による半固体化 |
| 標準熟成 | 42〜68時間 |
| 代表的な器具 | 真鍮匙、穴あき陶鉢、綿布ろ過筒 |
| 関連機関 | 沿岸発酵研究評議会 |
ナマス・マサンテ(なます・まさんて、英: Namas Massante)は、のとの技術が融合して成立したとされる、半液体状の調味・供食体系である。19世紀末にの港湾食文化から広まり、のちにの官吏食にも採用されたとされる[1]。
概要[編集]
ナマス・マサンテは、魚介・根菜・香辛料を低温塩熟させたのち、緩やかに攪拌して食卓に供する半流動の食品体系である。一般には圏の港湾料理として理解されるが、実際には系商人が持ち込んだ塩漬け技法と、沿岸部の発酵文化が重なって成立したとされる。
その最大の特徴は、食べる料理であると同時に、配膳の手順や匙の角度まで規格化された「作法」でもある点にある。19世紀後半のでは、これを扱える者だけが税関食堂で昼食にありつけたため、港湾労働者のあいだで半ば資格制度のように扱われたという。
また、期には軍医が消化負担の少ない保存食として評価し、からにかけて小規模な配給網が整備されたとされる。ただし、当時の公文書に残る記述は「濁った海藻粥に近い」とするものから「香辛料入りの潮水」とするものまで揺れが大きく、定義は今なお一定しない[2]。
歴史[編集]
成立伝承[編集]
ナマス・マサンテの起源については、にの倉庫番であったが、雨季の余剰魚を無駄にしないために塩とパーム糖を誤って同量投入したことが始まりとする説が有力である。これにより偶発的に粘度が上がり、翌朝には木匙で掬える程度の柔らかい固形化が生じたという。
一方で、から来航した宣教師の日誌には、すでに類似の食品が「港の朝礼で供されていた」とあり、さらに古い由来を主張する研究者もいる。とはいえ、同日誌の該当箇所は紙魚の被害が激しく、現在でも『一匙の黒い慈悲』という謎めいた表現しか読めない。
制度化と普及[編集]
、はナマス・マサンテを衛生食として再定義し、塩分・酸度・粘度の三条件を満たす場合にのみ屋台販売を許可した。これにより、従来は各家ごとに異なっていた配合が、十五分単位の計量へと移行したとされる。
とくに知られるのが少佐による「68時間熟成標準化」である。彼は、軍用炊事の効率化を名目に、熟成時間を短縮すると風味ではなく「靴紐のような回復力」が失われると報告し、逆に長時間熟成の方が兵士の会話量を減らすため有益だと主張した。この報告は英軍内で半ば冗談として扱われたが、なぜか補給部局では真剣に採用された。
近代以降[編集]
にはの食文化調査班が、ナマス・マサンテを「液体でも固体でもない、税制上のみならず心理的にも中間にある食品」と定義した。これがきっかけとなり、港湾労働者の弁当から都市中間層の週末食へと徐々に格上げされた。
ただし、後半には加工品の大量流通により、家庭製法のものと工場製法のものの差異が問題化した。特には、缶詰版ナマス・マサンテの原材料欄に「微細な海岸性うま味」としか書かれていないことを理由に、2年間で37件の行政指導を行ったとされる。なお、この数字の出典は監査局の文書ではなく、元職員の結婚式スピーチである。
製法と特徴[編集]
伝統的なナマス・マサンテは、、青パパイヤ、赤唐辛子、未熟マンゴー、ライム皮を混合し、由来の薄塩液で42時間から68時間静置することで作られる。一般的には真鍮製の浅鉢に移したのち、右回りに19回、左回りに7回だけ攪拌するのが正式とされる。
この攪拌回数には宗教的意味はないが、に港湾料理組合が行った聞き取り調査で、19回未満では「漂流感が足りない」、7回未満では「皿に対する礼儀がない」と評されたことから慣例化したという。以後、この数値はレシピというより職人の矜持を示す符牒として扱われた。
なお、上級品ではを粉末ではなく蒸気抽出で加える方式が採られ、香りが立ちすぎると「税関の書類棚の匂いになる」と表現された。これはとされることが多いが、実際にそう記したのはの『港湾調理便覧』第4版である。
社会的影響[編集]
港湾労働と儀礼[編集]
ナマス・マサンテは、やの港湾労働者にとって、単なる昼食以上の意味を持っていた。配給列では、先に器の底を見せた者が「今日の潮が弱い」と見なされ、逆に表面を崩さず受け取れた者は船員採用試験で加点されたという。
このため、は一時期、ナマス・マサンテの盛り付け角度を争議項目に含めるべきだと主張した。記録上、の賃上げ交渉では、賃金率よりも「匙を水平に保持する権利」をめぐる議論の方が長引いたとされる。
行政と標準化[編集]
にはが、輸出用ナマス・マサンテに関する暫定規格K-315を公布した。これにより、輸送中の揺れで粘度が上がることを防ぐため、コンテナ内に小さな金属玉を3,600個敷く方式が採用されたが、逆に検疫官が毎回数え間違えるため実務上は廃止された。
また、の都市部では、昼食難民対策として学校給食に試験導入されたことがある。生徒の半数は好意的であったが、残りの半数は「これは食事ではなく、海の機嫌である」と回答したため、本格採用は見送られた。
批判と論争[編集]
ナマス・マサンテをめぐる最大の論争は、その名の由来である。は「湿ったもの」を意味する古語とされる一方、はで「一度だけ立ち止まる者」を指すと説明されることがある。しかし、では、両語がそもそも別系統であり、20世紀初頭の観光ポスターで偶然併記された結果として定着した可能性が示唆されている[3]。
さらに、以降は「伝統食」を標榜しながら実際には添加剤で粘度を再現した工業製品が急増し、保存料比率が27%を超える製品まで現れた。これに対し、老舗の製造者団体であるは、工業製品の表面があまりに均一であるとして「港の混乱を知らない」と批判した。
もっとも、論争の多くは味そのものよりも、朝食に出すか昼食に出すかで起きている。ダルエスサラームの一部地区では、朝に供されたナマス・マサンテを食べると会議が早く終わるという俗信があり、行政側はこれを「時間感覚の地域差」として処理している。
現代の展開[編集]
に入ると、ナマス・マサンテはやの高級フードコートでも提供されるようになり、皿の縁に金箔を貼った「ポスト港湾版」が登場した。これは港湾性を失ったとして批判も受けたが、一方で海外在住の共同体からは「幼少期の潮風の記憶に近い」と評価された。
にはので開催された「インド洋発酵文化週間」において、日本語版のマサンテが試作され、昆布出汁と梅酢で代用した試験品が来場者の注目を集めた。審査員の一人は「これはもはや料理ではなく、港を思い出すための文法である」と評し、以後この言い回しが宣伝文句として流用されている。
また、近年は温度管理された個包装品がに乗るようになり、家庭では「開封後3分以内に器へ移す」ことが推奨されている。これを守らないと、香りが先に立ち、味が後から追いつくという現象が起こるとされるが、実際には単に待ちきれなくなる人が多いだけだという指摘もある。
脚注[編集]
[1] 1991年のによる。 [2] 旧記録、未整理箱C-14。 [3] 『Oxford Dictionary of East African Culinary Origins』第2版、架空版注記より。
関連項目[編集]
脚注
- ^ M. A. Thornton, “Saline Semi-Set Foods of the Swahili Littoral,” Journal of Maritime Ethnography, Vol. 12, No. 3, 1994, pp. 201-228.
- ^ サイード・アブドゥッラー『ザンジバル港湾食の形成』ナイル出版, 2001.
- ^ René Vandermeer, “A Curious Porridge at the Customs House,” Bulletin de la Société des Océanistes, Vol. 7, No. 1, 1908, pp. 44-59.
- ^ アルフレッド・M・コリンズ『沿岸部隊の配食と粘度管理』ロンドン軍需研究所報告, 1918.
- ^ Asha J. Patel, “Fermentation, Tide and Administrative Order,” East African Food Studies Review, Vol. 9, No. 2, 1976, pp. 88-113.
- ^ ムワンギ・カマウ『モンバサ食品規格史』ケニア規格局資料集第4巻第2号, 1980.
- ^ Ismail H. Noor, “The 68-Hour Doctrine in Port Kitchens,” Indian Ocean Cultural Papers, Vol. 5, No. 4, 1999, pp. 12-37.
- ^ 田所一平『インド洋半流動食の比較民族誌』港湾食研究会, 2010.
- ^ L. C. Beaumont, “On the Etymology of Namas Massante,” Transactions of the East African Philological Society, Vol. 21, No. 1, 2007, pp. 5-19.
- ^ 『港湾調理便覧』第4版、沿岸料理資料館, 1938.
- ^ ナディア・セレム『海の機嫌を食べる』海鳴書房, 2022.
外部リンク
- 沿岸発酵研究評議会
- ザンジバル港湾食アーカイブ
- モンバサ食品監査局史料室
- インド洋調味文化センター
- 新宿インド洋発酵文化週間記録集