ナンモナイト
| 別名 | 無音饅頭、海鳴り粉餅 |
|---|---|
| 発祥 | 瀬戸内海沿岸 |
| 起源年代 | 末期説が有力 |
| 主原料 | 小麦粉、塩、海藻灰、乾燥魚粉 |
| 代表的産地 | 、、淡路島 |
| 関連機関 | 全国ナンモナイト保存協議会 |
| 年間生産量 | 約4,800トン(2023年推計) |
| 文化的用途 | 祭礼、保存食、儀礼的な返答 |
| 禁忌 | 夜間の連続圧搾 |
ナンモナイトは、の沿岸部で用いられてきた発酵塩生地の一種であり、古くは周辺の漁村で保存食として成立したとされる。特に、圧縮後に発する独特の“無音の膨張”が知られている[1]。
概要[編集]
ナンモナイトは、塩分を強く含む生地を海藻灰で安定化させ、低温で長時間熟成させた後に蒸し上げる食品である。名称は「何もない」から転訛したものとされるが、実際にはの方言で「返答を保留する」という意味の“なんもないと”に由来するとする説が通説である[2]。
一般には饅頭の一種として扱われるが、発酵中に内部の気泡が極端に小さくなるため、切断しても断面がほとんど均質であることが特徴である。この性質が、の製塩技師たちに「静かな食品」として注目され、後に軍需保存食の候補にも挙げられたことがある[3]。
名称[編集]
ナンモナイトという呼称は、南部の漁師言葉に由来するとされる。潮待ちの際、家人に食事の有無を尋ねられたとき、準備中であることを示す「なんも、ないと」が縮約され、やがて食品そのものを指す名になったという[1]。
一方で、の旧・船場商人の記録には「難儀をもって成る餅」を意味する漢字表記「難餅成」が見え、これを後世の編集者が“ナンモナイト”に結びつけた可能性が指摘されている。ただし、この説は所蔵の写本に依拠するため、史料批判上の争点が多い[4]。
歴史[編集]
成立[編集]
成立はの牛窓周辺に求める説が有力である。漁師が長期航海の際、塩漬け魚の余剰脂を小麦生地に混ぜ、さらに海岸で採取した灰を用いて乾燥を抑えたことが起源とされる。初期のナンモナイトは現在より硬く、砕いて粥に混ぜるのが普通であった[2]。
に記されたとされる『潮待私記』には、風待ち三日目に「蒸しても鳴らぬ餅」が供され、食べた者が会話を控えるようになったとの記述がある。これが後年、儀礼的沈黙を伴う食文化へ発展したというのが、保存協議会の標準説である[5]。
近世から近代[編集]
には、の寺院で法要の供物として定着し、塩分を抑えた「白ナンモ」、海藻灰を増量した「青ナンモ」などの派生型が現れた。特に期の記録では、冷害時にこれを細かく刻んで味噌に混ぜると、家計が一冬あたり平均18.4%改善したとされる[6]。
、臨時食糧調査班の渡辺精一郎は、ナンモナイトを「圧縮型沈黙保存食」と分類し、での輸出試験を実施した。しかし貨物室でわずかな膨張が起き、到着時には木箱の釘が3本だけ内側へ押し返されていたため、以後は“逆圧梱包”が標準仕様となった。
戦後の再評価[編集]
後、ナンモナイトは一時期「貧乏食」として敬遠されたが、後半にの食品化学研究室が低塩・高保存の利点を報告したことで再評価が進んだ。とくに教授の三枝久子は、発酵中の嫌気環境を「ほぼ無反応に見える反応系」と呼び、学会で拍手の代わりに1分17秒の沈黙を捧げたという[7]。
には竹原市で第一回「全国ナンモナイト沈黙選手権」が開催され、来場者2,300人のうち、誤って通常の饅頭を持ち込んだ12人が失格となった。この大会以後、食べる前に30秒黙礼する慣習が広まったとされる。
製法[編集]
標準的な製法は、小麦粉、塩、海藻灰、乾燥魚粉を混和したのち、の潮風を避けるため密閉木箱で48時間寝かせる工程から始まる。生地は厚さ14〜18ミリに延ばされ、竹皮で包んだうえで産の温泉蒸気に近い湿度環境で蒸される。
熟成の最終段階では、職人が木槌で一回だけ軽く叩き、内部の空気を「聞き分ける」とされる。ここで音が鳴ると失敗作だが、逆に完全な無音だと熟成が進みすぎていると判定され、販売不可となる。なお、名人と呼ばれる者は叩いた瞬間に小さくうなずくため、外部からは判定基準がまったく分からない[8]。
地域差[編集]
は魚粉が多く、色がやや灰色で、弁当用に四角く成形されることが多い。はうどん文化の影響を受け、生地の伸展性が高く、蒸すと直径が平均11%増すのが特徴である。は玉ねぎ灰を少量加えるため甘味が強いが、翌日になると急に沈黙性が増すことから、祝い事の翌朝に食べる習慣がある。
また、の一部地区では、ナンモナイトを割ったときに中から小豆の代わりに乾燥ひじきが出る「ひじき入り祝餅」が知られている。これは婚礼時に「言葉が海へ返るように」という願いを込めるもので、現在でも年に43件程度の注文があるとされる[9]。
社会的影響[編集]
ナンモナイトは単なる食品にとどまらず、返答保留の婉曲表現としても使われた。たとえばの商談では、即答を避ける際に「今日はナンモナイトで」と言う習慣があり、これが後に30年代の広告コピーに転用されたという[10]。
また、の一部漁村では、船出の前にナンモナイトを1個だけ海に向けて割る「返潮儀礼」が残っている。海難除けとして始まったが、実際にはカモメが集まりすぎて儀礼のあいだに港内の視界が悪くなるため、以降は屋内版が推奨されている。
批判と論争[編集]
ナンモナイトをめぐっては、発酵食品であるのか、儀礼食であるのかをめぐる論争が続いている。では食品分類上「半発酵性穀粉加工物」とする案が提出されたが、伝統保存団体は「沈黙を伴うため料理ではなく行為である」と反発した[11]。
さらに、にの番組が「海藻灰の配合率は地域で大きく異なる」と報じた際、実際には取材班が試食用の白ナンモと青ナンモを取り違えていたことが判明し、以後、報道機関は試食前に色見本表を照合するようになった。もっとも、この件は現在でも一部の研究者により「初期の標本保存法の混乱」として擁護されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三枝久子『圧縮型沈黙保存食に関する研究』京都大学学術出版会, 1961.
- ^ 渡辺精一郎『臨時食糧調査報告書 第二編』農商務省食糧局, 1908.
- ^ John H. Merritt, "Fermented Silence and Coastal Flour Cakes," Journal of East Asian Foodways, Vol. 12, No. 3, 1974, pp. 88-109.
- ^ 『潮待私記 注解』備前古文書刊行会, 1985.
- ^ 佐伯とし江『瀬戸内の饅頭と灰文化』山陽新報社, 1998.
- ^ Margaret L. O'Connor, "Inverse Packing Methods in Maritime Provisions," Proceedings of the Royal Institute of Applied Gastronomy, Vol. 7, No. 1, 1959, pp. 14-27.
- ^ 『全国ナンモナイト沈黙選手権 公式記録集』竹原市文化振興課, 1979.
- ^ 高橋修一『食べる前に黙る: 儀礼食品の民俗誌』青潮社, 2006.
- ^ Akira Senda, "The Nammonite Problem in Postwar Dietetics," Bulletin of the Kyoto School of Nutritional Chemistry, Vol. 4, No. 2, 1962, pp. 201-219.
- ^ 『海藻灰配合率白書—昭和三十年代広告との接点—』日本調理史研究所, 2011.
- ^ Lucia Ferns, "An Index of Foods That Refuse to Speak," Culinary Antiquities Review, Vol. 9, No. 4, 1988, pp. 301-318.
外部リンク
- 全国ナンモナイト保存協議会
- 瀬戸内発酵文化資料館
- 竹原市民俗アーカイブ
- 海藻灰食研究センター
- 沈黙食文化フォーラム