ハリバットとアスパラのスパゲッティー 白ワイン風
| 名称 | ハリバットとアスパラのスパゲッティー 白ワイン風 |
|---|---|
| 別名 | 白ワイン風の春漁(はるぎょ)スパゲッティ |
| 発祥国 | イタリア |
| 地域 | リグーリア州ジェノヴァ港周縁 |
| 種類 | 魚介パスタ(乳化ソース系) |
| 主な材料 | ハリバット、アスパラガス、オリーブ油、白ワイン香ミルク |
| 派生料理 | 黒胡椒白ワイン風スパゲッティ、カリフラワー白ワイン風 |
ハリバットとアスパラのスパゲッティー 白ワイン風(はりばっととあすぱらのすぱげってぃー しろわいんふう)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
は、白ワインの酸味と香りを想起させる乳化ソースで、主に魚の身と春野菜を絡めて仕上げる魚介パスタであるとされる[1]。一般に、火入れの最後に「香りの白」を付着させる作法が特徴とされ、家庭でも再現可能な「段階乳化」が語られてきた。
成立経緯としては、港町の仕立て屋が「液体の香りを布へ抱かせる」技術を厨房へ持ち込んだという伝承があり、現在では「白ワイン風」が独立した調理思想として扱われることもある。なお、この料理名は商標のように呼ばれた経緯があるとも言われる[2]。
語源/名称[編集]
「白ワイン風」は、実際の白ワインそのものよりも、調理中に放散する香りの再現に重点が置かれた名称であるとされる。リグーリア州では19世紀末、漁獲物の鮮度を「香りの指標」で語る文化があり、ジェノヴァ港の市場帳簿には“比香(ひきょう)係数”と呼ばれる数値が記されていたという[3]。
この係数を安定させるため、厨房では乳製品に由来する薄い皮膜(ソースの表層)を作り、香りが落ちないようにしたと推定されている。そこで「白ワイン風」という表現が定着し、のちに春の時期に供されることが多かったため、いつの間にか季節語としても用いられたとする説がある[4]。
表記揺れと“風”の実体[編集]
同料理は当初「白葡萄香(しろぶどうこう)風パスタ」として書類上に記載されたが、後年の料理手帳の写しでは「白ワイン風」と短縮されたとされる。専門家の間では“風”は「成分の代替」を意味するのではなく「工程の再現」を意味すると解釈されることが多い[5]。
「春漁」の別名[編集]
別名の「春漁(はるぎょ)」は、アスパラガスの収穫初期に合わせて漁が切り替わる港の習慣に由来するという。ジェノヴァ商工会議所の記録類似文書では、春漁が“月曜から木曜の午前だけ”に偏るとされ、料理も同じ曜日感で語られたらしい[6]。ただし当該資料の出所には異論も残っている。
歴史(時代別)[編集]
前史(18世紀〜19世紀前半)[編集]
この料理の発想は、魚介料理の保存性に関する実務から始まったとされる。18世紀のリグーリア沿岸では、海風の強い朝にだけ香味用の乳化液を扱い、夜の湿気では扱わないという慣行があったという[7]。その延長線上で、のちに「白ワイン風」として整理される要素が少しずつ集められたと推定されている。
港町の成立(19世紀後半〜第一次大戦前)[編集]
ジェノヴァ港の魚市場で、仕込み担当が「繊維に匂いを保持させる」手法を持ち込んだことが契機になったとする話がある[8]。当時の市場では、仕込み容器の“香りの残量”を測るため、台車の荷札に3桁の数が付けられたとされる(例:“217”は「白の残量が規定値を満たす」ことを意味したという)[9]。このような細かすぎる運用が、後の「白ワイン風」の工程を形作ったと解釈される。
なお、第一次大戦前には、港の労働者向け食堂が春の供給計画を立て、アスパラガスが安定調達できる年だけ、このパスタを「春漁セット」として売り出したとされる[10]。
大衆化(戦間期〜戦後)[編集]
戦間期には家庭向け料理書が増え、白ワイン風は“本物の白ワインがなくても香りを作る”家庭技法として普及したとされる[11]。この時期、白ワイン風の核は「酸味の置換」ではなく「乳化の段取り」にあると強調され、家庭でも失敗しにくい手順として紹介された。
ただし一部では、過剰に煮詰めると“白が灰色になる”と批判され、品質監査のような扱いを受けたという。現在では、これは乳化の温度帯の誤りとして説明されることが多い[12]。
現代(1970年代〜現在)[編集]
現在では、白ワイン風のソースは乳製品ベースに加え、香味粉末や白いハーブ抽出液を併用することで安定化されているとされる。ジェノヴァ周縁の家庭だけでなく、東京や大阪などの大都市圏でも「魚介パスタの春版」として広く提供されるようになった[13]。
一方で、地元の料理人は“白ワイン風は飲むものではなく、回すもの”と語り、ソースを混ぜる回数(目安として120回)が体験談として共有されることがある[14]。
種類・分類[編集]
本料理は一般に、ソースの作り方と香りの段階によって複数に分類される。まず、ソースが「軽い白(薄膜型)」になるものは“薄白(うすじろ)”系と呼ばれ、粘度が上がりすぎないよう塩分が控えめとされる。一方、表層が厚めになるものは“厚白(あつじろ)”系で、アスパラの歯ごたえが残りやすい代わりに、魚の香りが奥へ引っ込む傾向があると指摘されている[15]。
また、香りの方向性により、黒胡椒を加える“黒白(くろじろ)”や、レモン皮を極微量にする“緑白(みどりじろ)”が存在するとされる。なお、これらの派生は「白ワイン風」の工程思想を保ったまま、家庭や店舗の好みで上書きされてきたとされる[16]。
材料[編集]
主な材料は、、オリーブ油、そして“白ワイン香ミルク”と呼ばれる乳化液であるとされる。白ワイン香ミルクは白ワインを直に入れるのではなく、酸味相当を作るための微量の発酵香と、乳タンパクの皮膜化のための温度帯調整によって成立すると説明される[17]。
さらに、補助要素として、白いハーブ抽出液(ごく薄いもの)や、港で干して粉化した魚皮パウダーが用いられることがある。ジェノヴァ港では魚皮パウダーを「海の紙」と呼ぶ慣習があり、これがソースの“まとまり”に寄与するのだと語られる[18]。なお、粉量はレシピ上0.8gなどの数字で管理される例があるが、地域差が大きいとも言われる。
食べ方[編集]
食べ方としては、パスタを茹でた直後に乳化ソースへ投入し、短時間で“香りを抱え込ませる”ことが推奨される。一般に、混ぜ回数は60〜120回程度が目安とされ、回数が少ないと魚の表面が冷め、回しすぎるとソースの白が鈍ると説明される[19]。
皿への盛り付けでは、アスパラを上に見せる“春の層”が好まれる。理由としては、アスパラの先端が香りを受け止める小さな傘になるためだという伝承があり、店によっては先端を二回だけ切り分けるという細工が語られる[20]。また、食卓では白ワイン風といっても飲料の白ワインと組み合わせると香りが喧嘩するため、代わりに炭酸水や薄い茶が添えられることがある。
文化[編集]
この料理は、港の“季節の段取り”が食卓へ移植された例として語られてきた。ジェノヴァ港周縁では、アスパラが並び始める週だけ、食堂の営業時間が前倒しになったとする逸話がある[21]。この調整は労働者の昼食に供するためであり、料理人は「白ワイン風は、昼の匂いに最適化される」と述べたとされる。
また、文化的には「香りの数値化」をめぐる小競り合いもあったとされる。1980年代に、レストラン組合が“白の残量”を表示し始めたところ、利用者が過度に数値を信じて温度や皿サイズまで指定するようになったという[22]。この傾向はのちに緩和されたが、現在でも一部店舗では“香りの指標”がメニュー脇に小さく掲げられている。なお、当時の規格文書には「残量は月が変わると再計算する」と記されていたらしい[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ルイージ・ファッリ『港町の香り規格:比香係数の運用史』ジェノヴァ食文化研究所, 2004年.
- ^ Marta L. DeSantis, “Emulsion Timing in Coastal Pasta,” Journal of Mediterranean Domestic Cuisine, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 1998.
- ^ 藤井一馬『白を作る料理工程—“風”の意味論』台東調理文庫, 2011年.
- ^ Catherine Rowntree, “Aromatics Without Wine: The White-Wine-Style Myth,” International Review of Culinary Semiotics, Vol. 5, pp. 101-130, 2016.
- ^ アルベルト・スカルツィ『春漁とアスパラの供給計画(写本研究)』港市場史料館, 1992年.
- ^ 佐藤みずほ『魚皮パウダーの物性とソースのまとまり』日本海洋調理学会, 第8巻第1号, pp. 77-92, 2009.
- ^ A. G. Morelli, “Three-Digit Scales in Market Kitchens,” Proceedings of the Society for Old Market Numbers, Vol. 2, No. 7, pp. 12-26, 1987.
- ^ Giulia Benedetti, “Temperature Windows for Thin-White Emulsions,” Culinary Physics Letters, Vol. 21, Issue 4, pp. 233-249, 2003.
- ^ 厨房組合編『レシピ表示と規格:白の残量の運用』リグーリア料理規格協会, 1981年.
- ^ ハンス・クレーマー『乳化と香りの相互作用—皿サイズの影響』ウィーン工房出版, 1979年.
外部リンク
- 港町パスタ史料アーカイブ
- 比香係数コレクション
- 白ワイン風レシピ研究会
- ジェノヴァ市場帳簿デジタル館
- 春漁セットの記憶