ハンバーグの漬物
| 名称 | ハンバーグの漬物 |
|---|---|
| 別名 | 肉漬けハンバーグ、洋食漬物 |
| 種類 | 保存食・派生料理 |
| 起源 | 明治後期の横浜港周辺 |
| 主な材料 | ハンバーグ、塩、米酢、昆布、香辛料 |
| 発祥の中心 | 横浜・神戸の洋食店街 |
| 関連技法 | 塩蔵、酢漬け、樽熟成、低温乾燥 |
| 保存期間 | 冷蔵条件で7日から21日程度 |
| 代表的な普及期 | 昭和40年代から平成初期 |
ハンバーグの漬物(ハンバーグのつけもの)は、料理であるを・・などの手法で保存食化した料理群の総称である。もともとは後期ので、洋食の余剰肉を無駄なく使うために考案されたとされる[1]。
概要[編集]
ハンバーグの漬物は、焼成前後のハンバーグをに浸し、短期保存と味の変化を同時に狙う食習慣である。通常のと異なり、野菜ではなく肉料理を主体とする点に特徴がある。
料理史研究では、これは単なる家庭の裏技ではなく、の洋食店がの遅延に備えて編み出した「肉の延命術」に端を発するとされる。また、ではのドイツ系料理人が、の技法を応用して体系化したとの説が有力である。
歴史[編集]
起源とされる時代[編集]
最古の記録は、横浜の料理人・が残したとされる手控え帳に見える。そこでは「煮込み切れざる挽肉団子、翌日、酢桶に沈めるべし」と記されており、これが後世のハンバーグの漬物の原型とされる[2]。
当時のでは、肉の鮮度を保つために香辛料と塩を併用する例が多く、辰巳はこれをのと結びつけたとされる。なお、初期の製法ではではなくを樽底に敷く方式が採られていたとする証言もあるが、信頼性は高くない。
大衆化[編集]
初期には、の百貨店地下食堂が「洋食漬物売場」を設け、ハンバーグの漬物を薄切りにしてへ入れる商品が人気を集めた。特にの夏、沿線の行楽客向けに発売された「三寸漬けバーグ」は、1日あたり平均4,800個を売り上げたと伝えられている[3]。
この時期、製法は地方ごとに分岐した。関東ではとを合わせた淡色系が主流となり、関西ではを少量加えることで、切断面に木目状の文様が現れることが珍重された。保存性の向上により、戦前の都市部では「家庭に1樽、肉に3晩」が標語のように流布したという。
制度化と論争[編集]
には、が食肉加工の衛生指針を改訂する際、ハンバーグの漬物を「半固形畜肉漬製品」として暫定的に分類した。これにより学校給食への導入が可能になった一方、焼成済みか未焼成かで微生物管理基準が異なることから、各地の保健所で判断が分かれた。
のの頃には、選手村周辺の屋台で「国際漬肉」として提供され、外国人記者がとの中間のようだと報じたとされる。ただし、この記述は当時の新聞縮刷版には確認できず、後年の料理研究家による脚色との指摘もある。
製法[編集]
伝統的な製法では、粗挽きの牛豚合挽きを成形し、表面を軽く焼いたのち、、、、、を合わせた液に浸す。漬け込み時間は地域によって異なるが、では18時間、では36時間、の寒冷地では72時間が標準とされる。
また、の一部料理屋では、漬け込みの前にで一度蒸らす「茶前処理」が行われる。これにより肉の色が暗赤色へと沈み、断面が古裂地のような風合いになるという。なお、家庭用ではを安定化させるために、樽への皮を少量入れることが推奨されてきた。
一方で、とされる説として、元々はで不足しがちな淡水を節約するため、肉を「食べる前に飲み物のように漬ける」発想から生まれたという異説がある。
地域差[編集]
横浜式[編集]
横浜式は、からにかけての洋食店で発達した甘酸っぱい系統である。仕込みにを使う店が多く、付け合わせにではなくを添えるのが定番とされた。
神戸式[編集]
神戸式は、の系シェフの影響が濃く、とを利かせる。特にの一部では、樽の底にを敷くことで芳醇さを増す手法が流行し、港湾労働者のあいだで「重いがうまい」と評された。
家庭式[編集]
家庭式は最も自由度が高く、冷蔵庫にある残り物のソースがそのまま漬け液として転用されることが多い。昭和末期の家電誌には、とを1対1で混ぜる簡易法が紹介されたとされるが、実際に試した主婦の間で賛否が分かれたという。
社会的影響[編集]
ハンバーグの漬物は、期の都市家庭において「翌日も食べられる洋食」として支持され、夕食の準備時間を平均12分短縮したと推計されている。共働き世帯の増加とともに普及し、のでは、保温機能付きの漬物樽が模範器具として展示された。
また、学校教育の現場では、調理実習で肉の塩分浸透を学ぶ教材として扱われたことがあり、のあいだでは「生徒が最も理科実験と勘違いする料理」として知られている。なお、漬け込み時間を誤ると表面だけがしょっぱく中身が淡白になるため、家庭内で「外圧型しょっぱバーグ」と呼ばれたとの記録もある。
批判と論争[編集]
最大の批判は、そもそもを漬ける必要があるのかという点にあった。料理評論家のはの雑誌寄稿で、これを「洋食の自己否定」と評し、で食べるべきものを樽に沈めるのは文化的倒錯だと論じた[4]。
一方で、保存食研究の立場からは、普及以前の都市生活において極めて合理的であったとの反論がなされた。ただし、近年はの現場で再評価される一方、塩分量が高いことから関連の講演でしばしば注意喚起の例として挙げられる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 辰巳宗平『洋食樽入門』横浜港食文化研究会, 1904年.
- ^ 小川霧子『肉を漬ける文明』青灯社, 1987年.
- ^ 黒田一郎「横浜洋食店における塩蔵技法の変容」『日本食文化史紀要』Vol. 12, No. 3, pp. 44-59, 1976.
- ^ Margaret L. Henshaw, “Pickling the Patty: Urban Preservation in East Asia,” Journal of Culinary Anthropology, Vol. 8, No. 2, pp. 101-128, 1994.
- ^ 田所信一『昭和弁当と保存の技術』中央厨房出版, 1968年.
- ^ Hans Reuter, “Fermented Mince and the Port Cities,” Culinary History Review, Vol. 5, No. 1, pp. 17-39, 1959.
- ^ 山内多佳子「学校給食における半固形畜肉漬製品の受容」『食品衛生と教育』第14巻第1号, pp. 9-21, 1998.
- ^ 伊藤真佐夫『港町の酢と肉』海鳴書房, 2002年.
- ^ K. Nakamura, “A Study on Hamburg Pickles in Household Refrigeration,” International Journal of Domestic Preservation, Vol. 19, No. 4, pp. 233-247, 2011.
- ^ 岡田ルミ『漬物の境界線』新都社, 2015年.
外部リンク
- 日本洋食保存食学会
- 横浜港料理史アーカイブ
- 神戸旧居留地食文化資料室
- 家庭漬物技法研究ネットワーク
- 国際ミートピクルス協会