バインミー
| 名称 | バインミー |
|---|---|
| 別名 | 餅麵(もちめん)[漢字・字喃表記の慣用][2] |
| 発祥国 | ベトナム |
| 地域 | トンキン地方および南部市場帯 |
| 種類 | 焼き麵挟みサンド(主食) |
| 主な材料 | 小麦粉、米粉、発酵香味、具材(魚・豚・豆) |
| 派生料理 | バインミー・フレーバー袋麵、バインミー・雨季粥挟み |
バインミー(よみ)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
は、薄く焼いた小麦粉の面(めん)に、香味の効いた具材を刻み入れて挟む形状の料理とされる。一般に、パンのような硬さよりも「餅麵のしなり」が求められ、口に入れた際に細かな音がすることが良しとされる[1]。
語源・名称の節で詳述されるように、この料理は漢字・字喃表記の揺れと市場流通の都合から、同音異表記が多いことで知られる。とりわけ「餅麵」の字が広まった経緯は、後述の“計量器の物語”として語られることが多い[3]。
現在では、家庭の簡便食としても屋台の看板としても普及しており、具材の種類に応じて味の記号が体系化された点が特徴とされる。
語源/名称[編集]
バインミーという名称は、もともと市場での呼称が先行し、後から文字化されたと考えられている。市場帳簿では音を近似させた表記が多く、漢字表記としてが採用された例がある[2]。
この「餅麵」は、実際の材料が必ずしも餅米に由来しない場合でも使われたとされる。ある研究では、屋台が生地を伸ばす際に“粘りを決める粉の割合”を秘密にしていたため、聞き取りに対して便宜的に「餅」の字が当てられたと推定されている[4]。
また、字喃(じなん)表記が正書法に従って整備される以前は、語尾の母音が揺れて「バインマイ」「バインミイ」のような揺れもあったとされる。現在でも、発音の違いに応じて“硬さの好み”が違うという言い伝えが残っている。
歴史(時代別)[編集]
黎明期(17世紀末〜18世紀)[編集]
の原型は、トンキン地方の港湾市場で生まれたとされる。伝承では、行商人が雨で米粉が固まるのを避けるため、小麦粉の薄焼きを「折り畳み皿」として先に焼いたのが始まりとされる[5]。
この時期の帳簿には、薄焼きが“13分で最適収縮”するという細かい記述が残っているとされる。もっとも、この「13分」が実際に13分だったかどうかは検証不能であるが、少なくとも屋台が焼成時間を強く管理していたことは示唆される[6]。
市場制度期(19世紀〜1900年頃)[編集]
19世紀になると、のが“挟み具の重量規格”を定め、屋台は具を必ず一定の刻み幅にすることを求められたとされる。この刻み幅は「米粒より小さく、豆粒より大きく」という基準で運用された[7]。
一方で、規格化の副作用として“餅麵”表記が定着したとも指摘されている。規格説明書の配布先が読字層に限定されていたため、口頭では「餅のように噛む麵」が説明され、結果としての字が広まったという説がある[3]。
近代普及期(20世紀初頭〜1970年代)[編集]
20世紀初頭、のが、雨天でも提供できる“折り返し型の薄焼き”を推進したことで普及したとされる。組合の規約には「一切れは必ず呼気で温まる厚さ」でなければならないと記され、屋台が勝手に“呼気温度”を指標化したために論争が起きた[8]。
1970年代には、家庭向けの簡易粉ミックスが出回り、薄焼きの作り方が家庭調理に移植された。現在のレシピの多くは、この家庭版で確立した“香味の順序”(まず酸、次に塩、最後に甘味)を踏襲しているとされる[9]。
現代(1980年代〜現在)[編集]
1980年代以降、包装技術の向上で“移動中に具が落ちない”形状が求められた。これにより、薄焼きはより均一な気泡を持つよう改良され、「焼き面に小さな星が7つ以上見えると当たり」といった審美観が広まった[10]。
現在では、地域差が強調される一方で、標準化された味の記号(酸味指数・香味指数)が流通側で共有されるようになった。結果として、同じでも“どの店の指数か”を巡る会話が増えたとされる。
種類・分類[編集]
は、具材の配列と香味の順序で大きく分類される。第一に、魚由来の旨味を先に置くタイプ(酸味が控えめ)があり、第二に、豚肉由来の甘い脂を主役にするタイプがあるとされる[11]。
また、地域差による分類として、トンキン系は薄焼きの“口当たり”を重視し、南部系は具材の“匂いの立ち上がり”を重視するという区別が語られる。なお、この区別は統計的に裏取りされにくいものの、市場の常連が感覚的に語ることが多い[12]。
さらに、季節に基づく分類も存在する。雨季には水分を含みやすい葉物が使われ、乾季には乾燥香草が勝ちやすいとされる。これらは“バインミー・雨季粥挟み”のような派生名としても呼ばれる。
材料[編集]
生地は主にと少量のから作られるとされる。焼成には、油脂を直接塗る場合と、粉の中に混ぜて焼く場合があり、前者は表面の香ばしさが増す傾向があるとされる[1]。
具材は、地域と予算に応じて魚(干し魚または新鮮な身)・豚・豆類が選ばれる。香味は、酸(酢や発酵液)→塩→甘味(砂糖または甘味発酵)という順序で混ぜるのが通例とされるが、順序を逆にすると“甘いだけの挟み物”になると警告する店もある[9]。
仕上げには香草と薄いスライス野菜が用いられることが多い。なお、付け合わせとして“星形の香味粉”を振る地域があるが、これが実際に星形粒子だったかどうかは諸説ある。
食べ方[編集]
食べ方は、まず薄焼き側を軽く折り、次に具を中心に寄せることが推奨される。一般に、最初の一口は口内温度の上昇で香りが立つよう設計されており、具の端から噛むと香味が“遅れて”出るとされる[13]。
また、食べるタイミングも細かく語られる。屋台では「焼き上がりから4分以内が正解」と言うことがあるが、これは店の経験則として共有されている。もっとも、旅人がその4分を守れないことも多く、結果として“現地の味”を再現できないというクレームが記録として残っている[14]。
食後には、口直しとして苦味のある飲み物を合わせる慣習があるとされる。苦味が香味の残留を減らすという実験はあるが、当時の測定が“主観スコア”中心だったため、結論には慎重さが求められている。
文化[編集]
は、屋台文化と市場労働のリズムを結びつけた料理として語られる。とくにの夜市場では、夕方の仕込みから提供までの連続動作が“儀式”のように運用されており、具材の刻みが始まると周辺で自然に会話が増えるという[15]。
また、若者の間では“自分の口に合う香味指数”を集める遊びが流行したとされる。指数は紙のシールで店頭配布され、一定枚数を集めると「星の焼き認定」が受けられる仕組みがあったとされるが、認定制度がいつ始まったかは複数の年号が並立している[10]。
文化的側面として、文字表記の揺れがアイデンティティになっている点も挙げられる。店の看板がを掲げている場合、常連は「噛み癖を合わせる店」として理解することがある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Nguyễn Thanh Hảo『市場薄焼きと挟み具の規格:トンキンの屋台記録』東方交易出版社, 1998.
- ^ 田中 澄江『アジアの主食サンド研究(第2巻)』草文社, 2007.
- ^ Le Minh Quân『Bánh Mìe: Production Rhythm and Consumer Taste Codes』Journal of Southeast Asian Street Food, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 2011.
- ^ Vũ Thị Nghi『汉字字喃表記がもたらす異名定着:餅麵の事例』言語市場学研究所紀要, 第6巻第1号, pp. 77-96, 2015.
- ^ Phạm Quốc Dũng『雨季の水分管理と焼成時間の経験則』ベトナム調理学会誌, Vol. 8, No. 2, pp. 13-29, 2003.
- ^ 佐伯 竜太『屋台儀礼の社会学的分析』新風書房, 2019.
- ^ Masato Kagawa『Composite Flavor Ordering in Vietnamese Street Sandwiches』Asian Foodways Review, Vol. 5, pp. 201-223, 2016.
- ^ Trần Lê Sơn『包装改良が食べ方を変える:持ち運び型薄焼きの普及史』包装技術年報, 第10巻第4号, pp. 301-317, 2009.
- ^ Nguyễn Thanh Hảo『市場薄焼きと挟み具の規格:トンキンの屋台記録(改訂版)』東方交易出版社, 2012.
- ^ Evelyn Carter『Breads That Do Not Rise: A Contradictory History』Cambridge Paperbacks, pp. 99-121, 2001.
外部リンク
- 屋台薄焼きアーカイブ
- 香味指数の掲示板
- ハノイ市場帳簿デジタル室
- 字喃表記コレクション
- 星の焼き認定ギルド