バトルロワイヤル将棋
| 読み | ばとるろわいやるしょうぎ |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1987年 |
| 創始者 | 高瀬義一郎 |
| 競技形式 | 多人数同時対局 |
| 主要技術 | 包囲、連鎖昇格、退路遮断 |
| オリンピック | 非正式競技 |
バトルロワイヤル将棋(ばとるろわいやるしょうぎ、英: Battle Royale Shogi)は、ので生まれたのスポーツ競技である[1]。盤上で最後の一人になるまで駒を残し続ける競技として知られている[1]。
概要[編集]
バトルロワイヤル将棋は、通常のを多人数化し、同一盤面上で複数の対局者が同時に駒を運用する競技である。各選手は自軍の玉を保持しつつ、他者の玉を「投了」ではなく物理的包囲によって脱落させる点に特徴がある。
競技の成立は、の冬季青少年体育研究会において、高瀬義一郎が「盤上の生存競争を可視化する」と題して提案したことに由来するとされる。のちにが整備し、1990年代後半にはやでも大会が行われるようになった[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については諸説あるが、もっとも有力なのは、高瀬がの市民将棋クラブで、雪害による長時間待機を退屈しのぎに変える目的で考案したとする説である。初期の試合は通常のの盤を4枚連結したの拡大型盤で行われ、参加者は最大8人であったという。
当時の記録では、1987年12月の試験試合で「1局に3時間17分、駒損が総計41枚」という異常な持久戦が発生し、観戦していたの担当者が「将棋というより避難訓練に近い」と評したとされる[要出典]。この評価が逆に話題を呼び、翌年にはの後援がついた。
国際的普及[編集]
国際的普及は、1994年にで開催された「極東盤上競技シンポジウム」において、ドイツの戦略ゲーム研究者クラウス・E・ミュラーが紹介映像を持ち帰ったことに始まるとされる。ミュラーはの学生団体で変則試合を上演し、これがのボードゲーム博覧会で好評を得た。
2001年にはので「Shogi Royale European Cup」が開かれ、参加者27名中19名が初戦で同時脱落したため、主催者が急遽「脱落後も審判補助として残留する」規定を導入した。この規定は後に標準ルールの一部となり、競技の複雑化を促したとされる。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合は、原則としての基本盤を中心に、参加人数に応じた可変式の外周リングを接続した専用試合場で行われる。標準的な全国大会では、中央盤の外に4層の「包囲帯」が設けられ、外縁へ追い詰められた駒は移動範囲が半減する。
試合場には、各辺ごとに「退路表示灯」が置かれ、夜間開催ではの屋内施設で行われることが多い。なお、2012年以降は転倒事故防止のため、床面に模様の滑り止め加工が義務化された[3]。
試合時間[編集]
標準試合時間は、予選が持ち時間、決勝が持ち時間である。これに加えて、1手ごとにの「局面圧縮時間」が与えられ、これを使い切ると駒の移動候補が2択に制限される。
特筆すべきは、終盤に導入される「沈黙フェーズ」であり、残り選手数が3人以下になると、盤上発声以外の会話が禁止される。この制度は集中力向上を目的に設けられたが、実際には審判の咳払いが最大の心理攻撃として機能することが知られている。
勝敗[編集]
勝敗は、最後まで自玉を盤上に残した選手が勝者となる。ただし、単独生存の前に相手玉を「完全包囲」した場合には、包囲完了時点で即時勝利が認定される。
また、複数人が同時に脱落した場合は、直前3手の連鎖昇格数、持ち駒残数、盤外待機ポイントの順で順位が決定される。2016年の大会では、決勝で3名が同時に脱落し、審判団が約11分間にわたり判定用の電卓を回し続けたため、「電卓の消耗が競技の一部である」と報じられた。
技術体系[編集]
バトルロワイヤル将棋の技術は、古典将棋の戦術を拡張したものとされるが、実際には他選手の動線を意図的に歪める「圧力配置」が重要である。特に、複数の玉を一箇所へ誘導する、敵陣の進行を同時に止める、自軍の歩を囮として外周へ捨てるが三大基礎技術と呼ばれる。
上級者になると、相手の持ち時間を削るために駒音を一定周期で鳴らす「盤上メトロノーム」や、審判の視線が外れた瞬間に配置を微調整する「瞬目置換」が用いられる。なお、の元研究員である竹内久志は、これらの技術体系を「定跡というより都市計画」と表現した[4]。
用具[編集]
標準用具は、拡張盤、駒48枚、持ち駒表示札、退路表示灯、審判用メジャーの5点で構成される。駒は通常の木製ではなく、衝撃耐性を高めた合板にウレタン樹脂を含浸させたものが多く、雨天時の大会では独特の樹脂臭が会場に残る。
選手はまた、盤外の待機時に着用する「反射袖」を義務づけられる。これは多人数対局での混線を避けるための装備であり、2019年からは国際大会でもの採用が推奨されている。初期には普通の将棋駒を流用していたため、夏季大会で駒が熱膨張し、歩が盤面に挟まる事故が相次いだという。
主な大会[編集]
国内大会[編集]
国内では、毎年で開催される「全日本バトルロワイヤル将棋選手権」が最も権威ある大会とされる。第1回大会は参加者12名であったが、第18回大会では地方予選を含め延べ4,380名がエントリーし、会場の換気扇が追いつかず「盤上の湿度管理」が議題になった。
ほかにの「東北包囲杯」、の「九州最終局」などがあり、後者は毎回最終盤で屋台の呼び込みが審判の声と混同されることから、地元メディアが珍競技として特集した。
国際大会[編集]
国際大会としては、の「World Shogi Royale Open」との「Asia Grand Encirclement」が有名である。特にウィーン大会は、オペラ座の改修工事と日程が重なった際に、楽屋を臨時対局室へ転用したことから、観戦者が「羽生善治の交響曲のようだ」と評したとされる。
2022年の世界選手権では、決勝卓にの4か国が残り、優勝者が終局直後に「これはスポーツであり、なおかつ陣取りである」とコメントした映像が拡散し、競技の象徴的場面として定着した。
競技団体[編集]
競技の統括団体は(JBRSA)で、事務局はに置かれている。協会は発足当初、地方クラブの連絡調整が主目的であったが、現在では審判員養成、国際ルールの翻訳、試合場規格の認定まで扱う。
国際組織としては(IBRSA)があり、加盟国は2024年時点で31か国である。連盟は選手登録よりも「退場処理の統一」に力を入れており、各国の文化差が最も表れる部分として、表彰式の拍手の長さまで細かく規定している[5]。
批判と論争[編集]
この競技には、将棋の教育的価値を損なうとする批判が早くから存在した。特にの一部関係者からは、「対局より包囲が前面に出すぎている」との声が上がり、2010年頃には一時的に公式施設の貸与が制限されたことがある。
一方で、教育関係者の間では、複数人の状況把握、危機管理、資源配分を同時に学べるとして評価も高い。もっとも、2021年の大会で、選手2名が盤外の退場通路で相談を始め、そのまま同盟関係を結んで優勝した件は、「バトルロワイヤルなのに外交が強い」として長く語り草になっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬義一郎『拡張盤面における同時対局の心理学』北海道盤上文化研究所, 1989.
- ^ 竹内久志『多人数将棋競技論序説』日本体育社, 1996.
- ^ Müller, Klaus E. “Simultaneous Encirclement in Competitive Board Sports.” Journal of Strategy Games Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 41-67, 2002.
- ^ 佐伯直人『札幌冬季競技文化史』札幌新報出版, 2004.
- ^ Harrington, Elise M. “Playable Territories and the Aesthetics of Elimination.” International Review of Ludic Science, Vol. 14, No. 1, pp. 11-29, 2009.
- ^ 日本バトルロワイヤル将棋協会編『公式競技規程 第7版』JBRSA刊行部, 2013.
- ^ 田島和彦『盤上包囲の戦術と実務』東洋対局社, 2015.
- ^ “The Complete Guide to Shogi Royale” Editorial Board. The Shogi Quarterly, Vol. 22, No. 4, pp. 88-103, 2018.
- ^ 藤原みどり『競技場の湿度と駒材の変形』北海道体育学会紀要, 第31巻第2号, pp. 55-61, 2020.
- ^ Kobayashi, Rina. “When Kings Go Mobile: A Study of Multi-Player Shogi Formats.” Cambridge Board Studies Press, 2023.
- ^ 渡辺精一郎『バトルロワイヤル将棋と近代都市の包囲感覚』北方学術叢書, 2024.
- ^ 石黒晴也『将棋盤における退路表示灯の設計』、なぜか光る将棋研究会, 2024.
外部リンク
- 日本バトルロワイヤル将棋協会 公式サイト
- 国際バトルロワイヤル将棋連盟
- 札幌盤上スポーツ資料館
- 世界包囲競技アーカイブ
- Shogi Royale Database