バブバブ祭り
| 行事名 | バブバブ祭り |
|---|---|
| 開催地 | 埼玉県秩父市(旧三峰口村周辺) |
| 開催時期 | 毎年11月下旬(雨天順延あり) |
| 種類 | 神社祭礼・音響奉納・子育て祈願 |
| 由来 | 鳩の鳴き声を模した合図で“乳”の安全を祈ったとされる |
バブバブ祭り(ばぶばぶまつり)は、のの祭礼[1]。期より続く秩父のの風物詩である。
概要[編集]
は、音と乳にまつわる所作を中心に構成された、の代表的な年中行事として知られている。とりわけ境内で行われる「バブバブ音響奉納」は、参加者が一定の間隔で低い声を揃え、子どもの健やかな成長と農家の繁忙期の“気持ちの安全”を祈願する儀礼として親しまれている[2]。
祭礼の名称は、当日の合図が語感で広がったものとされる。由来伝承では、遠方の稲架から聞こえた鳩の鳴き声が「子どもを起こす声」と誤解され、結果として“起こさず守る”ための掛け声として定着したという[3]。このため、観光客はにぎやかなのに、会場の空気だけ妙に整っていると評する例が多い。
名称[編集]
名称の「バブバブ」は、実際には決められた拍数で「息・停止・息」を繰り返す発声法を指す語として扱われる。祭りの運営委員会は、発声の目安を「一息3拍、反復は7回、最後は余韻2秒」として細かく定めているとされる[4]。
一方で、祭りの“文字”は時代によって揺れてきたと説明される。明治末の古文書では「ばぶ/ばぶ(乳保)」のように表記されたとする説がある。ただし、これらの資料は写しのみが残り、原本の所在は不明とされるため、研究者のあいだでは慎重な扱いが続いている[5]。
近年は、地元の保育支援団体が「声を揃えることは安心の練習になる」として普及に関わったとされる。結果として、祭り名が鳴き声の擬音から“子育ての合意の合図”へと比喩的に意味を広げたと整理されることが多い。
由来/歴史[編集]
起源伝承(“乳の安全装置”説)[編集]
由来は大きく二系統で語られる。第一は「乳の安全装置」説で、旧三峰口村の養蚕家・が、冬季に乳搾りの工程を誤る問題を“音で矯正”しようとしたことに由来するとする[6]。具体的には、家畜小屋の遠隔合図として、鳩小屋から鳴き声に似た調子で合図を流したとされる。
村の記録(と伝えられるもの)では、合図を出す位置が「北畑から方位角73度、距離42間」であったと細かく書かれている。さらに、合図が遅れると乳の温度が0.8℃下がるため、乳搾りの前に声を揃える必要があったとも説明される。ここで温度差が“0.8℃”とされた点が、地元ではやたら具体的であるとして笑い話にもなった[7]。
ただし、当該記録の年代は判読が揺れており、研究上の扱いは分かれる。とはいえ「声を揃えることで誤りを減らす」という実務的な発想は、祭礼の構造に残っていると考えられている。
制度化と“音響奉納”の成立[編集]
第二の系統は、期に音響奉納が制度化されたという説である。村の青年団が、の境界をまたぐ形で行われた“収穫の遅れ”への慰霊行事を、神社の行事として整理し直したとされる[8]。このとき、奉納は「叩く」より「揃える」へ重点が移ったと説明される。
制度化の鍵として挙げられるのが、に設置された“反響井戸”と呼ばれる装置である。これは井戸そのものではなく、境内の低い石段の下に反射板を組み合わせた構造だとされる。装置の寸法が「直径1.6尺・深さ9尺」と伝わり、設計を担当したのは近隣の工兵予備隊出身者だったと語られている[9]。
この音響奉納が人気を得たことで、周辺の村も真似をし、最終的に“バブバブ祭り”として広域化したとされる。一方で、音を揃えることが“同調圧力”に転じないよう、運営委員会が当日のルールを文章で統一したという記述がある。
発展と現代化(市民参加型)[編集]
戦後は、子育て支援と結びついて参加者層が変化したとされる。特に、のが「産前産後の不安を共有する場」として会場の動線や休憩配置を整えたという経緯が語られる[10]。祭りは依然として神社祭礼であるが、受付で配られる“声のしおり”には、呼吸の整え方が1枚に収められている。
また、祭りの目玉である「バブバブ音響奉納」は、年により実施回数が微調整されてきたとされる。ある年は7回、別の年は8回になったが、その差が天候(降雨量・湿度)と結びつけて説明されることがある。たとえば、湿度が65%を超えると声がこもるため、反復回数が増えるといった“現場判断”が記録風に残ることがある[11]。
このように、伝統の枠組みは維持されつつ、運営上の実務が積み重ねられることで現在の形が作られたとされる。
日程[編集]
日程は毎年11月下旬に設定され、の神事開始が午前9時、音響奉納が午前10時半とされる[12]。ただし、雨天時は境内の石段が滑りやすくなるため、奉納の時間が45分繰り下げられることがあると説明される。
準備は前日の午後2時から行われ、境内の“反響井戸”周辺の清掃が最優先となる。清掃の担当は、子育て支援班と境内整備班に分かれ、それぞれが「声を入れる面」と「鳴らない面」を区別して作業するという[13]。なお、これらの区別には“触れると音が変わる”という俗説があり、触れてはいけない範囲を青い札で表示する年もある。
当日の終了は午後3時30分で、締めの儀礼として参加者が「バブバブ」を3回だけ小声で唱えるとされる。この3回は“帰路の安心”を意味するとされるが、説明書きには出典が付かないため、来訪者のあいだでは感覚的な納得に委ねられがちである。
各種行事[編集]
各種行事は、神事・奉納・参加体験の三層構造で行われると整理されている。まず午前は神主による清祓いと、氏子代表による献湯が実施される。献湯は湯温を「ぬるいを基準に±1℃以内」として管理するとされ、熱すぎると“焦りの気配”が残ると冗談めいて語られる[14]。
続いて中心行事として「バブバブ音響奉納」が行われる。参加者は列に並び、合図係が「一息3拍」と告げた後、全員が“揃えた低い息声”を7回反復する。このとき、子どもは保護者の膝上に乗り、合図は大人の声に混ぜないことで安全が担保されるとされる[15]。
その後、境内では「乳守り提灯行列」が実施される。提灯は白地に小さな鳩の模様が描かれ、灯りの数が「111」になるよう配列される年がある。数字の根拠は、旧村の米倉の戸数が111であったという伝承に求められ、事実関係はともかく祭りの“語呂の良さ”として残ったとされる[16]。
夕方には「泣かない相談座」が設けられる。これは本来は神社の待合所であり、地域の助産師が“泣き方の種類”を分類して説明するという運用が加わったとされる。ただし、分類は医学的根拠というより、当日の参加者が納得しやすいように調整されたと言われており、夜の座談会では“分類を当てるクイズ”に変化することもある。
地域別[編集]
周辺地域での受容は段階的であるとされ、中心部では最も神事色が強い。ここではの境内運用が基準になり、音響奉納の列間隔を「二尺」とするルールが語り継がれている[17]。
一方、山間の集落では“反響井戸”の代わりに木の樽を用いた簡易版が広まったと説明される。この場合、バブバブの声は樽の前で反復し、最後に樽へ向けて軽く息を吹きかける作法が加わるとされる。伝承では、この息が樽の板に“乳の膜”を作るために必要だったというが、学術的な裏づけは提示されていない[18]。
近年、都市部からの参加が増えたことで、行事の作法が“静かな部”と“賑やかな部”に分かれる運用が試みられている。静かな部では低音の回数を5回に減らし、賑やかな部では拍を揃える代わりに手拍子を導入するとされる。ただし、手拍子は伝統派から異論が出ており、「声を揃える祭りが手で揃う祭りになってしまう」という批判が一部で記録されている[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 秩父地方史編纂会『秩父の季節行事と境内儀礼』名古屋大学出版会, 2016.
- ^ 渡辺精一郎『乳搾り合図の試行記録』三峰口村私家版, 1919.
- ^ 佐々木清一『音響に基づく共同儀礼の設計』『日本音楽社会学会誌』第34巻第2号, 2020, pp. 51-74.
- ^ 藤原朝子『擬音語と民俗の合意形成:バブバブ型発声の事例』『民俗言語学研究』Vol.12, 2018, pp. 9-33.
- ^ 埼玉県地方文化財課『神社祭礼運用指針(仮版)』埼玉県, 2022.
- ^ Matsumoto, R. “Acoustic Coordination in Rural Festivals: A Case Study of Babu-Babu.” 『Journal of Folk Sound Studies』Vol.7 No.1, 2019, pp. 101-129.
- ^ Thompson, L. “Ritualized Breathing and Community Safety.” 『Anthropology of Daily Practices』Vol.3 Issue 4, 2021, pp. 220-242.
- ^ 三峰口神社社務所『年中行事記録(抜粋)』三峰口神社, 1931.
- ^ 小林勘九郎『保育と儀礼の接続:泣かない相談座の形成史』春風館, 2007.
- ^ 鈴木たま『反響井戸の寸法学:現地聞書き集』第◯巻第◯号(書名記録なし), 1998.
外部リンク
- バブバブ音響研究会アーカイブ
- 秩父の年中行事データベース
- 三峰口神社公式掲示板(過去ログ)
- 埼玉民俗映像保管庫
- 声のしおり復刻プロジェクト