バーキン
| 名称 | バーキン |
|---|---|
| 分類 | 上流階級向け携行具 |
| 初出 | 1887年ごろ |
| 発祥地 | フランス・パリ |
| 素材 | カーフレザー、真鍮、亜麻布、象牙色樹脂 |
| 用途 | 衣装の携行、社交儀礼、財産保全 |
| 代表的意匠 | 半月形留め具、二重把手、耐圧底板 |
| 関連機関 | パリ携行文化研究所 |
| 保有法 | 家族内相続・寄託・名義貸与 |
バーキン(英: Birkin)は、末ので発達したとされる、硬質の革と可搬式の骨組みを特徴とする高級携行具である。近代の上流社会において、手荷物と儀礼用品を同時に収めるための装置として広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
バーキンは、単なる鞄ではなく、後半から初頭にかけての都市上流層が用いた「移動する小型私室」として成立した概念である。特に、馬車移動と鉄道旅行が重なった社交界では、衣類、香水、小型の銀器、招待状をひとまとめにする必要があり、その要求から発展したとされる。
一方で、同時代の職人組合記録には「birkin」という語の用例が散発的であり、もともとは革そのものではなく、留め具の強度等級を指したという説もある。なお、周辺の工房で使われた試作台帳の一部は戦時中に散逸しており、起源については今なお議論がある[2]。
歴史[編集]
前史[編集]
前史はのにさかのぼるとされる。絹商人のが、取引先の未亡人から「旅先でも礼装が崩れない箱」を求められ、これに応じて硬質骨組みを布袋に縫い込んだ試作品を制作したのが始まりである。彼は後に、革張りに改良した型を『携行礼装具第7号』として登録したが、登録簿の記載は鉛筆書きで、しかも一部がワインの染みで読めない。
この形式は当初、馬車の揺れに耐えることを目的としていたが、の見本市で外交官夫人の間に流行し、見せるための道具としての性格を帯び始めた。とくにの冬季社交シーズンに、ある侯爵夫人が中身のないバーキンを抱えて舞踏会に現れた事件は、後年「空の威信」と呼ばれた[3]。
大量模倣と規格化[編集]
以降、地区の小工房では、バーキンの模倣品が急増した。これに対抗するため、はに「把手間隔」「底板圧力」「留め具の沈み込み」など14項目からなる暫定規格を公表し、これが後の標準化の基礎になったとされる。
ただし、規格化は品質向上だけでなく、社交的な序列を可視化する装置にもなった。例えばのでの昼食会では、同じ色のバーキンを持つ女性が3人並んだため、主催者が席順を「留め具の磨耗度」で決めたという逸話がある。記録の真偽は不明であるが、当時の新聞には似た趣旨の記事が確認できる[4]。
戦後の再解釈[編集]
後、バーキンは実用品としてよりも、家系の記憶を保持する容器として再評価された。とりわけにが出版した『持ち運ばれる家』は、バーキンを「避難、晩餐、葬儀の三局面を同時に支える可動式の家族史」と定義し、学術界と流行界の双方に影響を与えた。
この頃になると、製造は手仕事中心でありながら、注文には暗号化された略号が用いられた。工房では顧客名を直接書かず、色見本に付けた鳥の名前や季節記号で管理していたため、の帳簿には『冬の鸚鵡』『三番目の紫陽花』といった不可解な記録が残っている。職人の一人は「鞄は作るのではない、先に失われる未来を縫うのだ」と語ったとされる[要出典]。
構造と特徴[編集]
バーキンの特徴は、第一に可搬性と剛性の両立にある。底板には薄い金属板が仕込まれ、内部には着脱可能な仕切りが設けられていたため、旅行用、舞踏会用、文書保管用の三用途を同一個体で兼ねることができた。
第二に、外見上の無駄を徹底的に排した点である。飾りは最小限である一方、手触りの違いだけで年代や所有者の階層が判別できるよう、革の鞣し方が微妙に変えられていた。ある修復職人は、百年以上前の個体を触ると「手のひらが先に家系図を読む」と述べたという[5]。
第三に、半公式な継承制度が存在した点が特異である。所有者が死亡または長期渡航した場合、バーキンは相続財産ではなく「社交記憶の器」として親族会議に付され、使用権だけが移転することがあった。これが後の寄託契約の原型になったとする説もある。
社会的影響[編集]
バーキンは、の上流階級における身分表示の記号として定着しただけでなく、都市生活における「何を持ち歩くか」という価値観を変えた。従来、外出は必要最小限の所持品で済ますのが礼儀とされたが、バーキンの普及により、予備の手袋、封蝋、薬瓶、簡易香炉などを携行することがむしろ洗練と見なされるようになった。
また、にはの古物商がバーキンの希少性を利用した交換市場を作り、同一個体が「雨の日用」「食卓用」「離婚時の持ち出し用」に分別記録されるようになった。これにより、一つの鞄が複数の社会的機能を持つという考え方が広まり、後の高級皮革文化に影響を与えたとされる。
一方で、過度な象徴化は批判も招いた。の学生運動】では、バーキンを「移動する階級の亡霊」と呼ぶ落書きが周辺に現れ、商業化への反発が広がった。これを受けて一部工房は学生向けの簡易版を試作したが、価格がほとんど下がらなかったため、制度批判には結び付かなかった。
批判と論争[編集]
バーキンをめぐっては、そもそも単一の起源があるのかという点が長く争われている。職人組合派は起源説を支持する一方、社交史研究者はのサロン文化で自然発生したとみる。また、近年は港の密輸帳簿に類似語が見つかったため、海上輸送用の収納箱から派生したとする第三説も有力である。
さらに、1990年代以降は模倣品の精度が異常に高くなり、真正品の定義そのものが揺らいだ。特に、ある鑑定人が「本物のバーキンは持たれている時間の長さで判別できる」と発言したところ、保険会社が真似をして査定式に組み込んだため、真偽より履歴が重視される市場構造が固定化した。なお、この発言は会議録に残るが、本人は後年「冗談である」と述べている[6]。
また、にはの研究者がX線透過撮影で内部構造を比較し、年代によって縫い目のピッチが0.7ミリ単位で変動すると報告した。しかし、同論文の図3だけがなぜか別のかばんの写真であり、現在でも引用の際には注意が必要である。
現代の用法[編集]
21世紀に入ると、バーキンは実物の所有物というより、都市生活者の願望を表す記号として用いられるようになった。SNS上では、実際の製品を指すほか、異常に整った通勤鞄や、無駄に重い書類ケースを皮肉って「バーキン的」と表現する用例も増えた。
にはのデザイン学校で「バーキン再生計画」という課題が出され、学生は段ボール、耐熱樹脂、折り畳み傘の骨組みなどを用いて再構成を試みた。最優秀作は、外観が完全に手提げ袋でありながら内部に小型の書斎が入る作品で、審査員は「本来のバーキンが失ったものを過剰に取り戻している」と評した。
このように、バーキンは現代では高級品であると同時に、階層、記憶、移動、展示の四要素を結び付ける文化装置として理解されている。もっとも、古い工房の帳簿には「最近の若者は持つより撮る」との余白書き込みがあり、伝統側の警戒感もうかがえる。
脚注[編集]
[1] パリ携行文化研究所『上流携行具史概説』第2版、1929年。
[2] Émile Vasseur, "Les origines du sac à cadre", Revue d'Histoire Matérielle, Vol. 14, No. 2, 1978, pp. 41-68.
[3] ジュヌヴィエーヴ・ド・ラシャン『持ち運ばれる家』サン=ジェルマン書房、1954年。
[4] Claude Renard, "La mode du vide: salons et contenants", Bulletin de la Société Parisienne, Vol. 9, 1931, pp. 112-119.
[5] 中村静雄『革と記憶の修復学』港出版会、1987年。
[6] H. P. Delacour, "Authenticity and Carrying History", Journal of Applied Luxury Studies, Vol. 22, Issue 4, 2004, pp. 201-227.
関連項目[編集]
脚注
- ^ パリ携行文化研究所『上流携行具史概説』第2版、1929年.
- ^ Émile Vasseur, "Les origines du sac à cadre", Revue d'Histoire Matérielle, Vol. 14, No. 2, 1978, pp. 41-68.
- ^ ジュヌヴィエーヴ・ド・ラシャン『持ち運ばれる家』サン=ジェルマン書房、1954年.
- ^ Claude Renard, "La mode du vide: salons et contenants", Bulletin de la Société Parisienne, Vol. 9, 1931, pp. 112-119.
- ^ 中村静雄『革と記憶の修復学』港出版会、1987年.
- ^ H. P. Delacour, "Authenticity and Carrying History", Journal of Applied Luxury Studies, Vol. 22, Issue 4, 2004, pp. 201-227.
- ^ Mireille Marchand, "Cadres portatifs et statut social", Cahiers de la Mode Historique, Vol. 7, No. 1, 1966, pp. 5-29.
- ^ 佐伯倫太郎『フランス装身具の社会史』東京皮革評論社、1998年.
- ^ A. Dubois, "The Weight of Elegance", European Journal of Material Culture, Vol. 18, No. 3, 2011, pp. 88-104.
- ^ 田所麻里子『移動する家族史と鞄』現代文化出版、2016年.
外部リンク
- パリ携行文化研究所
- 欧州高級革工芸アーカイブ
- サントノーレ通り装具史資料室
- 移動する家族史データベース
- バーキン鑑定人協会