ヒロノヒロ
| 分野 | 音響文化/民俗技法 |
|---|---|
| 成立時期 | 1950年代後半〜1960年代初頭と推定される |
| 主な伝播経路 | 地方ラジオと寄席の相互模倣 |
| 実施単位 | 1回あたり約7〜13分 |
| 代表的な合図 | 指先の“ひろ”を3回繰り返す |
| 関連用語 | 輪音(わおん)、背面反響(はいめんはんきょう) |
| 使用目的 | 場の緊張緩和と記憶の定着 |
(ひろのひろ)は、主にで観察される「音の“輪”」に関する民間の作法名として語られることがある概念である。考案・普及の経緯には、地域放送局と即興歌唱文化の結びつきがあったとされる[1]。
概要[編集]
は、音が連続して循環する感覚を“輪”として扱い、聞き手の注意の向きを意図的に揃えるための作法として語られることがある概念である。形式としては即興的な掛け声や、会話の合間に置かれる短い間(ま)から構成されるとされる。
語源については諸説があり、「広(ひろ)が広がる」という意味から転じたと説明される一方で、漁村の合図で使われた「ヒロ(広げる)」が二重化したものだという説もある。また、音響工学の文脈に近づけて「ヒロ(低域の帯域)」を増幅する“文化側の調整”だとする説も見られる。なお、学術的には民間用語として扱われ、定義の固定には至っていないとされる[2]。
この概念の面白さは、科学っぽい言い回しが多用されるにもかかわらず、実装が妙に身体的である点にある。たとえば、施行者は必ず聴衆の“左肩の高さ”を基準に姿勢を取るとされ、会場の床板が板張りかコンクリートかで、同じ間の取り方が変わるとまで言及される。さらに、実施時間は「7分ちょうど」を神格化しつつ、現場では8〜10分に伸びても“成功扱い”になるという運用があったと語られている[3]。
歴史[編集]
起源:ラジオ台本の“空白”から[編集]
の起源は、1957年ごろに地方局の台本整備担当が持ち込んだ「読みの空白を音に変える」作業に求められるとする説が有力であるとされる。台本では、視聴者が聞き逃した箇所を“補う”ための沈黙が細かく指定されており、その沈黙が寄席の間(ま)と偶然一致したことが、即興文化側へ波及したという筋書きである[4]。
この説を補強する材料として、当時の記録では沈黙の長さが「0.3秒刻み」で管理されていたとも述べられる。さらに、最初期の“成功例”は、の港町で収録された短い特集番組で報告されたとされる。この地域では、収録後に控室で若手アナウンサーが1人ずつ「ひろ」の合図をしてから台詞を再現したとされ、そこで生まれた手順が「ヒロノヒロ」と呼ばれるようになったという[5]。
ただし、別の系譜として、同時期にの地方巡業で「輪音(わおん)」という言葉が使われていたとする証言があり、そちらは漁師の合図(広げる動作)に由来するという。どちらの系譜が先行したかは断定されていないが、少なくとも1961年までに「沈黙→合図→再開」の一連が“型”として語られていたことは、当時の新聞の寄席欄に残る短い記事から推測されるとされる[6]。
発展:音響測定所の“文化データ化”[編集]
は、1963年にの小規模な音響測定所で「輪として感じる区間」を数値化しようとした試みを経て、作法から“手順”へと発展したとされる。測定所の研究者として、(架空の名であるが、当時の内部報告書の筆致がそれに似ていると指摘される)が、聴衆の体表反応(鳥肌の発生タイミング)を間接指標として扱ったとされる[7]。
とくに、測定所は会場の反響を「背面反響係数」として定義し、係数が1.00〜1.27の範囲に入ると“輪が閉じた感覚”が得られやすいと主張したとされる。ただし、係数を測るためのマイク配置が極めて独特で、マイクを床から12cmではなく“17cm”の高さに置く必要があるとされ、さらに左右で高さを揃えない場合、成功率が下がると報告されたという。ここでいう成功率は、現場の記録によれば「成功19回/失敗7回」から算出されたとされるが、なぜその分母が選ばれたかは不明である[8]。
その後、1968年ごろには系の研修に“民間音響実習”として紛れ込み、行政文書では「即興間調整技法」として記載された。もっとも、この行政側の用語は現場では浸透せず、結局は「ヒロノヒロ」という呼称が継続したとされる。社会的影響としては、舞台芸能のみならず、病院の待合室での不安軽減の試みへと波及した、とする語りがある。もっとも、この波及は地域限定であり、全国的な制度化には至らなかったとされる。
内容と実施方法[編集]
の基本手順は、(1)導入の短い言葉、(2)視線誘導(聞き手の注意の向きの調整)、(3)合図(指先の“ひろ”を3回)、(4)間の再開、の4工程で構成されるとされる。施行者は声量を一定に保ちながら、音の“高低”より“距離感”を変えることが求められるとされる。
また、会場条件によって細かな調整があると語られる。たとえば、の小劇場で行われたとされる練習では、カーテンの厚みを「A4用紙7枚分」と例えることで伝達され、厚いほど間が短くなる傾向があるとされた[9]。さらに、屋外では風向きに応じて合図のタイミングを「風が耳元を横切る瞬間に合わせる」とされ、成功基準が“音量”ではなく“手応え”に寄っている点が特徴である。
一方で、型が身体に依存するため、習熟者と未習熟者で体感に差が出ると指摘されている。ある口伝では、初心者は「合図の回数が2回でも輪が閉じた気になる」が、上達すると「2回では“開いたまま”になる」と述べられている。この逆転は誇張か実体か不明であるが、民間の教育文化では“感覚の基準が更新される過程”として語られたとされる。なお、施行時間は原則「7〜13分」とされるが、厳密には「7分未満だと輪が立たず、14分以上だと別の記憶が混入する」とする説もある[3]。
社会的影響と関連領域[編集]
は、音楽や演劇の領域では「間(ま)の設計」として再解釈されることがある。とくに、1970年代の即興パフォーマンスでは、“沈黙を演じる技術”として位置づけられ、会場の緊張を緩めるために導入されることがあったとされる。
教育現場では、教室の切り替え(宿題→授業→休み時間)の移行に用いられたという逸話が残っている。例えばの公立校で行われた試みでは、朝の会の終了後に「ヒロノヒロを1回だけ」挟むことで、チャイム直後の私語率が減ったという報告がある。ただし、記録は校内配布の便箋に書かれたもので、統計としての体裁はなく、検証可能性は低いと考えられる[10]。
医療方面では、待合室の騒音を直接下げるのではなく、“聞こえ方の輪”を揃えることで不安を減らすという発想が語られた。ここでは、輪が揃うまでの待ち時間を平均「6分42秒」とする内部メモが存在したとされるが、そのメモがどこまで正式な資料だったかは不明である。なお、内部の議論では「6分42秒は語呂合わせである」という反対意見もあり、結局は“平均”として扱わない運用になったとされる[11]。
批判と論争[編集]
は、科学的裏付けが乏しいにもかかわらず実践が先行した点で批判の対象にもなったとされる。批判者は、成功・失敗が施行者の主観に強く依存しており、さらに「背面反響係数」などの指標が再現性を欠くと指摘したとされる[12]。
また、行政文書に紛れ込んだ経緯についても議論がある。研修担当者が「民間の語を行政の語に置換できなかった」とする証言があり、その結果として“ヒロノヒロ”という呼称だけが現場に残り、理屈だけが宙に浮いたのではないかという見立てもある。
さらに、商業化の波が来た際には、「ヒロノヒロの効果をうたう教材」が出回ったとされる。ただし教材の中身は、指導動画よりも“紙の合図カード”が中心で、カードの厚さが「0.8mm」と指定されたという逸話がある。厚さが厳密に指定される一方で、現場の可聴条件は一切標準化されていない点が不自然だとされた[9]。このような不整合は、民間文化が抱える“わかりやすさの誘惑”として語り継がれている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山根倫太『沈黙の設計:即興間の文化史』青灯社, 1981.
- ^ Katherine H. Weller, “Circuit of Attention in Japanese Performance Spaces,” Journal of Folk Acoustics, Vol. 12, No. 3, pp. 41-63, 1976.
- ^ 渡辺精一郎『輪として聞く訓練法(試作報告)』東京音響測定所, 1965.
- ^ 田島幸一『民間音響実習の実務記録』講談館, 1972.
- ^ 鈴木明子『ラジオ台本と沈黙の0.3秒刻み』NHK出版, 1990.
- ^ Masae Kiyomori, “Nonverbal Timing and Audience Alignment,” International Review of Performance Studies, Vol. 8, No. 1, pp. 110-129, 1984.
- ^ 橋爪玲奈『寄席の間:再開の儀式と命名』春風社, 2003.
- ^ 佐伯広司『背面反響係数の導入と誤差要因(第◯巻第◯号)』音響技術紀要, 第4巻第2号, pp. 3-27, 1969.
- ^ 『文化行政と民間技法:研修記録の分析』文化庁研究資料集, pp. 77-96, 1970.
- ^ 藤井健太『教室の静けさは数値で測れない』学芸図書, 1998.
外部リンク
- 輪音研究会アーカイブ
- 沈黙台本コレクション
- 即興間アーカイブ
- 背面反響シミュレーター談話室
- 地方放送局ユース語彙集