フェルマーの最初の定理
| name | フェルマーの最初の定理 |
|---|---|
| field | 整数論(残差幾何学) |
| statement | 有限個の整数分割に対し、先頭残差が一意に復元される条件と、その復元手順が存在する |
| proved_by | ピエール・サロ=フェルマー(通称:フェルマー) |
| year | 1651年 |
におけるフェルマーの最初の定理(よみ、英: Fermar's First Theorem)は、のについて述べた定理である[1]。この定理は、分割が持つ数論的な「先頭の癖」を一意に固定するものとして知られている[1]。
概要[編集]
におけるは、を「先頭残差(first residue)」という観点から再符号化する枠組みとして記述される定理である[1]。
ここでの分割とは、正整数の列を用いてある整数を和として表す操作であり、定理はその列の最初の要素に依存する“癖”が、後続の要素全体の情報を圧縮して保持していることを主張する[2]。
定理名に「最初の」とあるのは、同名の系列(のちに「最初」「二番」「最終」と勝手に区別された)に対する番号付けが、当時の写本整理の都合で行われたためとされる[3]。
定理の主張[編集]
各正整数 N に対し、N を和として表すP = (p1, p2, …, pk) を考える。ここで p1 は最初の部品であり、以後は任意の順序でよいと仮定する。
では、固定された素数 q と、割り算アルゴリズムに似た「残差写像 R_q」を用いて、p1 から派生する先頭残差 a(P) を定義し、次を示す:
1) ある条件(先頭整合条件)を満たす分割 P では、後続の部分が一意に制限され、a(P) から復元される分割 P a はただ1つ存在する。
2) その復元の手順は、具体的には「mod q」だけを参照しつつも、最終的には約 2^17 通りの候補をふるいにかける計算量で決定される、という評価が付随する[4]。
なお、先頭整合条件は a(P) が q を法として整列し、さらに (p1, q) に関する“ねじれ指数” t(P) が 0 ではなく 1 であることを要求する、と説明されることが多い[5]。ただし、実際の講義録では「t(P)=1 である」とだけ書かれており、他の値の扱いは省略されていると報告されている。
証明[編集]
定理の証明は、 a(P) を復元するための構成的議論として与えられることが多いが、原典とされる写本では「計算法は幾何学的に正しい」とだけ記され、細部は後代の注釈者が補ったとされる[1]。
証明の骨格は、(i) 分割列を多層のに写像し、(ii) p1 が決める整列が、後続の各 pj に対して独立な制約として増殖する、という段階である[2]。
具体的には、pj ごとに “第 j 段フィルタ” を当て、各段で候補集合の大きさをちょうど 3/4 に縮める操作を繰り返す。すると k 段後の候補数は (3/4)^k 倍となり、k が 12 を超えると候補が 0 にならないまま 1 つに収束する、という評価が採用される[6]。
この「3/4」という比率は偶然ではないとされ、写本の余白には「q=31 のとき最も美しく減る」とあり、さらに裏付けとして「31系の余剰点を 248 個数えた」といった数値が添えられている[7]。もっとも、これらの余白注がどの段階に対応するのかは、現代の校訂でも一致していないとされる。
歴史的背景[編集]
が生まれたとされる背景には、当時の数学が「計算の正当化」を求められ、さらに法廷記録の書式が厳密化したという社会的圧力があった、と説明されることが多い[8]。
1651年、パリの行政改革の影響を受けた学術サークルが、整数分割の記録を「誰が読んでも同じになる」形式で残す必要に迫られた。そこで、ピエール・サロ=フェルマーは、写字生の誤読を防ぐ仕組みとして、分割の先頭だけで後続を“ほぼ決める”指標を考案したとされる[1]。
関係者としては、同時代の計算官僚である、写本整理官の、そして王立保管局の筆記係が挙げられる。彼らはルーブル近くので“残差会議”を開き、議事録の最後に「候補は 248 個まで」といった妙に具体的な数を残したと記録されている[9]。
一方で、この会議が実際にいつ行われたかは確証が乏しく、同じ人物名が別の年の議事録にも見えるため、編集者の間では「書き直し説」があり、さらに訂正された“最初”の番号がどの写本由来かで意見が分かれている[10]。
一般化[編集]
その後、定理は素数 q に縛られていることが問題視され、一般化の研究が進んだ。まず導入されたのが、q を素数に限らず、ある種の“整合的合成数”に拡張するである[4]。
一般化では、q の法に対して先頭整合条件を再定義し、ねじれ指数 t(P) を「1 に等しい」ではなく「写像の位相が一回だけ回転する」として置き換える。これにより、候補縮小比 3/4 は q に依存して微調整されるものの、計算量が 2^17 を超える場面でも一意性が維持される、とする説が提示された[6]。
さらに、数列 P の順序に関する仮定を緩め、分割が持つ並べ替え自由度をで扱う研究も現れた。この枠組みでは、a(P) が同値類の代表を決めるとされ、代表の取り方によっては復元手順が“優しい場合”と“意地悪な場合”に分かれる、と報告されている[2]。
応用[編集]
応用は、純粋な理論への貢献だけでなく、当時から存在した「誤りの検出」に直結したとされる。
第一に、の初期段階において、先頭残差 a(P) を鍵にして分割を復号する“先頭復元方式”が考案された。方式では、復号側は a(P) と q だけを受け取り、内部では 12 段フィルタで候補を 1 つに絞る。これにより、送信側は長い分割列を送らずとも復元可能であるとされた[11]。
第二に、大学の試験監督向けの制度として、計算問題の採点を「先頭だけ見れば不正がほぼ確定する」仕組みが流行した。実際、の手引書には「先頭整合を満たす回答は、採点者が 2 分で判定できる」と書かれている、とされる[12]。
ただし、応用が広がるほど、先頭残差に過度依存するリスクも議論されるようになった。ある研究者は「先頭が正しくても中身が違う問題が必ず存在するはずだ」と指摘し、対抗策として “第 2 残差” を導入する流れが起きた、と伝えられている[5]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ピエール・サロ=フェルマー『先頭残差の体系』王立数学印刷局, 1651年.
- ^ M. A. Thornton『Residual Geometry of Integer Partitions』Cambridge Academic Press, Vol. 12, No. 3, 1739年, pp. 141-219.
- ^ ジャン・ルフェーブル『写本整理と番号付けの実務:最初という語の扱い』パリ写本局, 1702年.
- ^ レオン・デュマルク『ねじれ指数の計算法と検算手順』ルーブル保管局報告, 第4巻第1号, 1686年, pp. 33-77.
- ^ A. R. van der Meer『On First-Residue Uniqueness under Composite Alignment』Journal of Computational Arithmetica, Vol. 9, No. 2, 1821年, pp. 201-264.
- ^ カトリーヌ・ロラン『q=31における3/4縮小の観察記録』数理雑記リヨン版, 第7巻第5号, 1754年, pp. 9-56.
- ^ S. Nakamura『Encryption by Initial Reconstruction: A Historical Note』Proceedings of the Society for Unlikely Cryptography, Vol. 3, No. 1, 1911年, pp. 1-23.
- ^ 田中慎太郎『整数分割の採点論:先頭整合の運用』東京大学出版会, 第21巻, 1967年, pp. 52-103.
- ^ E. H. du Pré『The Parle Royal Residual Meetings and Their Mathematical Echoes』Revue des Archives, Vol. 28, No. 6, 1899年, pp. 601-640.
- ^ “Louvre Codex: A Critical Edition (First Edition)” 『Louvre Codex』架空大学図書館, 2004年, pp. 88-91.
外部リンク
- 残差格子研究会
- 王立試験院アーカイブ
- 先頭復元方式データ集
- 整合拡張ノート倉庫
- フェルマー写本影写コレクション