フットバース
| 名称 | フットバース |
|---|---|
| 英語表記 | Footverse |
| 分類 | 身体演出・空間芸術 |
| 提唱者 | エドマンド・P・ハロウェイ |
| 成立 | 1927年ごろ |
| 中心地 | ロンドン、東京 |
| 主要組織 | 国際足場芸術協会 |
| 関連領域 | 舞踏、演劇、都市計画 |
| 特徴 | 足音の反復により物語空間を生成する |
フットバース(英: Footverse)は、の動きとを同期させることで成立するとされる、架空の概念である。ので実験的に体系化されたとされ、のちにの舞台研究者らによって再解釈された[1]。
概要[編集]
フットバースは、歩行・踏み替え・静止を一定の拍で組み合わせることにより、観客の側に「足元から世界が展開していく感覚」を生じさせるとされる概念である。学術的にはの一種に分類されることが多いが、、、、さらにはの周辺領域にまで影響を及ぼしたとされる。
一般には単なる振付技法と誤解されやすいが、フットバースでは足の接地音、床材の反響、靴底の摩耗、歩幅のわずかな差異までもが意味を持つとされる。このため、同じ演目であってもの木床との石床では別作品として扱う流派も存在した[2]。なお、初期の研究では一公演あたり平均214歩前後が標準とされたが、の公演では出演者の一人が誤って312歩踏み、逆に高評価を受けたことが知られている。
起源[編集]
ロンドン工芸学校の「床面演習」[編集]
フットバースの原型は、にの舞台設計講座で行われた「床面演習」に求められるとされる。担当教員のは、当初は照明が失われた場合でも俳優の位置を保つための補助訓練として足運びを分析していたが、学生のひとりが誤って《第3拍目でだけ未来に見える》と記したため、以後は半ば宗教的な熱狂を伴って拡大したとされる。
ハロウェイは、自費出版の小冊子『The Foot as Stage』を刊行し、足を「最小の台詞装置」と定義した。この書には、当時の沿いの倉庫街で採集された87種類の足音記録が収められていたとされるが、実物は確認されていない[3]。
日本への伝播[編集]
日本では初期、を経由して輸入された舞台雑誌『Stage and Pavement』の複写本を通じて知られるようになったとされる。の学生劇団との一部研究者がこれに反応し、には「足場による語りの再構成」を試みる実験上演が行われた。
とりわけがの軽演劇に導入した「一拍遅れの回転」は有名であり、観客の笑いが足先の位置で起こると評された。この奇妙な評価はのちに「笑いは膝でなく踵に宿る」という定式へ発展し、フットバースの日本的展開に大きな影響を与えた[4]。
理論[編集]
フットバースの理論は、第一に「接地の反復が物語を生む」という接地論、第二に「靴底の摩擦が感情の強度を決める」という摩擦感情論、第三に「床材の色が筋書きの因果を補正する」という床色補正論から成るとされる。これらはいずれもの年報で整序されたが、実際には3人の会員が互いに異なる概念を一冊に押し込んだだけではないかとの指摘もある。
特に接地論では、歩行の第7拍目に現れる「空白の踵」が重要視される。ここで観客は、舞台上の人物がまだ動いていないのに「すでに次の場所へ移った」と錯覚するため、物語の転換点が脚本ではなく床面に記録されるとされた。これにより、フットバースは演技よりも設計の学問として扱われるようになり、やの研究者まで参加することになった[5]。
流派と発展[編集]
英国式の直進派[編集]
英国式の直進派は、足運びを直線的に保ち、観客に「都市の秩序」を感じさせることを目的とした流派である。の工場地帯で発達したため、労働安全標語のような堅さが特徴とされた。1920年代後半には、1公演で床板17枚を使い切るほどの精密さが評価され、しばしば議会視察の対象にもなった。
ただし、直進派は進行方向が明快すぎるあまり、しばしば「見ていて迷子になれない」と批判された。これに対し、代表者のは「迷子は脚本ではなく観客の責任である」と述べたと伝えられる。
東京式の回遊派[編集]
東京式の回遊派は、からへ、あるいはからへと視線と足音を迂回させる手法で知られる。特ににで上演された『八丁堀の残響』では、出演者が舞台上を一度も完全には横断しないまま物語が終わり、新聞各紙が「移動の完成度が高い」と評した。
回遊派の研究では、畳の縁を踏むか避けるかで結末が変わるとされたため、舞台美術の担当者が公演前に縁の幅を2ミリ単位で測定することが慣例化した。ある公演では測定誤差が0.8ミリ生じただけで、物語の終盤が13分延びたという記録が残る[6]。
大陸式の拡張派[編集]
にはとを中心に、足音の反響を拡張して舞台外の都市景観まで作品に含める拡張派が台頭した。拡張派は、作品の範囲を劇場半径800メートル以内とする独自基準を採用し、路面電車の振動を「第三のコーラス」として組み込んだ。
この流派は人気を集めた一方で、上演中に通行人が無関係に拍手してしまう問題が頻発したため、にはが「徒歩芸術の許可制」を検討したとされる。もっとも、その議事録の末尾には誰が書いたのか不明な「しかし踵は自由である」という一文があり、研究者の間で長く話題になった。
社会的影響[編集]
フットバースは舞台芸術の枠を超え、教育、広告、都市行政にまで浸透したとされる。特にのでは、商店街の回遊率向上のために「三歩で景品の見える店」を設計する試みが行われ、の一部では実際に導線が曲線化されたという。
また、の案内放送に「足元にご注意ください」という文言が多用されるようになった背景には、フットバース研究者が駅構内の歩行を一種の未完成な上演とみなしたことがあるとされる。なお、ので行われた公開実験では、参加者682名のうち41名が「自分の歩き方が急に脚本のように感じられた」と回答し、うち3名はそのまま舞台俳優になった[7]。
批判と論争[編集]
フットバースに対する批判として最も多いのは、「足の動きに意味を読み込みすぎている」というものである。にはの生理学者が、被験者48名の歩行を分析し、フットバースに特有とされた第7拍目の変化は靴紐の締め忘れで説明できると発表した。しかし、この論文は翌年、舞台芸術学会誌により「靴紐を芸術から切り離しすぎている」として退けられた。
一方で、派閥争いも激しく、直進派と回遊派の間では「床は語るか」「床は迷うか」をめぐって10年以上にわたり口論が続いた。のシンポジウムでは、議長が調停のために全参加者へスリッパを配布したが、かえって議論が白熱し、最後には廊下での足踏み合戦に発展したと記録されている[8]。
現在の受容[編集]
に入ると、フットバースは学術的実践としては縮小したものの、地域劇団やインスタレーション作品の中で細々と継承されている。特にの界隈では、床材ごとに異なる物語を上演する「床替え公演」が定着しており、2022年には市内12会場で同時開催された。
また、近年はによる歩行解析との結びつきが注目されているが、研究者の間では「アルゴリズムに踵の気配は読めるのか」が新たな論点となっている。なお、に公開された『Footverse 2.1』という展示では、来場者の平均滞在時間が通常展示の1.8倍になった一方、出口を見失った観客が14人出たことから、フットバースの本質は依然として「少し迷わせること」にあると再確認された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Edmund P. Halloway,『The Foot as Stage』, Halloway Press, 1927.
- ^ マーガレット・A・ソーン『床面と感情の相関』, Royal Theatre Review, Vol. 12, No. 3, 1934, pp. 41-68.
- ^ 渡辺精一郎『足音演劇概論』, 東京美術学校紀要, 第8巻第2号, 1935, pp. 12-29.
- ^ Harold J. Fenwick, 'Walking Beyond the Curtain', Journal of Applied Performance, Vol. 4, No. 1, 1949, pp. 5-27.
- ^ 田辺澄子『回遊派フットバースの実践』, 舞台芸術学会誌, 第16巻第4号, 1957, pp. 88-103.
- ^ Helen R. Stanley, 'A Physiological Rebuttal to Footverse Metrics', Cambridge Studies in Motion, Vol. 3, No. 2, 1961, pp. 101-119.
- ^ ジャン=ルイ・モロー『都市半径八百メートルの演劇学』, Revue de la Scène Urbaine, Vol. 9, No. 5, 1968, pp. 201-224.
- ^ 高橋美雪『踵の政治学』, 都市文化研究, 第21巻第1号, 1976, pp. 7-35.
- ^ ウィルフレッド・コール『直進する床、曲がる観客』, Birmingham Theatre Papers, Vol. 7, No. 2, 1981, pp. 55-79.
- ^ 佐伯由紀『スリッパ配布事件とその余波』, 京都芸能史叢書, 第4巻第1号, 1984, pp. 3-18.
外部リンク
- 国際足場芸術協会アーカイブ
- ロンドン工芸学校舞台資料室
- 東京回遊演劇研究センター
- Footverse Studies Online
- 都市床面芸術ミュージアム