ブルシット・ジョブ
| 分野 | 労働経済学・組織心理学(周縁) |
|---|---|
| 主な議論の軸 | 職務の実質価値と承認欲求 |
| 発祥地(説) | の会計監査会社周辺 |
| よくある特徴 | 会議の多さ、成果指標の空文化 |
| 当事者の感情(俗称) | 苛立ち、虚無、自己正当化 |
| 関連語 | 儀式労働、書類儀典、無意味KPI |
ブルシット・ジョブ(ブルシット・じょぶ)は、実務上の価値が薄いままに職務名目だけが肥大化し、社会からは「それ要る?」と呪詛されがちな雇用形態である[1]。もとは労働研究の文脈で提案されたとされるが、のちに民間の掲示板や企業研修へと“汚い言葉のまま”拡散した[2]。
概要[編集]
は、仕事が「成果を生む」ように見せかけながら、実際には価値の総量を増やさない(あるいは増えないに等しい)と観測される雇用を指すとされる。概念自体は比較的まじめな顔をしているが、語られ方が妙に口汚いのが特徴で、当事者の怒りがそのまま形容へ跳ね返っていることが多い。
この用語が広まった経緯としては、1980年代末にの監査部門で「数字が合っているのに社会が得していない」案件が連発したことが挙げられる。その反省として“価値評価の精密化”が進められた結果、逆に「価値が薄い職務」ほど評価書類が増え、さらに雇用が守られていくという、笑えないドロドロした循環が発見されたとされる。
なお、用語の説明はしばしば企業研修で「尊厳ある言葉」を装って置き換えられる。しかし実際の現場では、会議室の最後に誰かが一言だけ投げるのが通例であり、その一言がこの概念の“汚名”を固めたと語られている。
歴史[編集]
起源:監査室の呪文と「無駄の精度」[編集]
最初の“原型”は、の会計監査会社「Northbridge Valuation & Compliance(通称NVC)」における、1991年の社内監査報告書とされる[3]。報告書は「業務の実在性」を評価するために、従業員が書いたメールを分類し、件名と本文の“再利用率”を計測したという。記録によれば、再利用率が平均で37.4%を超える職務は、外部の顧客に対しては“ほぼ同じ提案の反復”に留まっていたとされた[3]。
さらにNVCは、職務ごとに「承認印の回数」を指標化し、承認が多いほど職務が“社会的に必要”とみなされるように社内ルールを改修した。これが皮肉にも、承認が目的化する仕事を温存し、後に周辺の企業で類似の制度が採用されていったと推定される。
この流れの中で、部門長のが、会議の最後に「それ、誰のための作業なんだ。ブル—じゃないのか?」という暴言を投げたのが語源だとする説がある[4]。ただし同時代のメモ帳には“発言は抑えた”と記録されており、真偽は揺れている。にもかかわらず、揺れているからこそコピーされ、汚い口調で広がったとされる。
拡散:掲示板と研修の相互汚染[編集]
2004年ごろ、の労働系フォーラムで「価値の薄さに対してコストだけが太る」現象が“bulls*** job”の比喩として投稿され、それがそのまま日本語圏の翻訳者コミュニティへ跳ねたとされる[5]。特に、翻訳の過程で直訳が避けられ、代わりに語尾だけが過激化するという不思議な変換が起きたと報告される。
その後、では企業研修が概念を取り込み、「ブルシット・ジョブという言葉は避けるが、現象は直す」という表向きの方針が採られた。しかし研修用スライドの裏注では、受講者が気づかないように“口汚い判定基準”が紛れ込んでいたとされる。たとえば「成果が測れない会議」について、出席者の発言が“全体の沈黙時間を上回る”かどうかをチェックする項目があったという。正確には沈黙時間を秒で測る必要があるため、研修会社は腕時計型の簡易計測機を配ったとされ、参加者が秒数のログを見て一斉に苦笑したという逸話が残る[6]。
さらに2010年代後半には、の民間シンクタンク「労働価値観測機構(LVI)」が、分類表を公開した。分類表は実務に役立つ体裁を持つ一方で、項目名が妙に煽り気味で、読んだ人が思わず言葉を吐き出すように設計されていたとする指摘がある[7]。
制度化:KPIの墓場と“書類儀典”[編集]
制度化の決定打は、2016年にで施行された「職務透明性推進指針(仮)」の影響とされる[8]。指針は、本来なら評価の公平性を高めるはずだったが、現場では「透明性=書類量」へすり替わり、結果として“書類が増えるほど職が守られる”逆転が発生したとされる。
このとき、企業はKPI(重要業績評価指標)の欄を埋めるため、会議の議事録を自動生成するツールを導入した。ツールは便利だったが、議事録の語彙が平均で0.83の類似度で回り続けるという笑える現象が確認された。人事は“類似度の高さ=整合性”と判断したが、統計担当者は「それ、整合性というより反復の宗教じゃないか」と眉をひそめたという[9]。
こうした状態が積み重なり、は単なる愚痴から、雇用や制度の設計ミスを示す概念として“口汚く”定着したとされる。
社会的影響[編集]
社会的には、の議論が「労働の尊厳」をめぐる言説を再編したとされる。特に、労働者が自分の仕事を説明する場面では、従来の“誇り”よりも“正当化のための言い換え”が増えた。結果として、職務の説明文はますます長くなり、読み手の集中が奪われるという皮肉が起きたと報告される[10]。
また、企業側には“炎上回避”の対応も波及した。ある大手コンサルタントは、社内掲示に「職務価値の見える化」を掲げたが、実際の運用は“職務名を変えるだけ”に寄ったとされる。職務名変更の前後比較では、平均で15文字の増減が起きた一方で、業務の手戻り時間は23.1%しか減っていなかったという[11]。会計監査の言葉は丁寧でも、現場の声は雑で、雑だからこそ拡散した。
さらに、採用市場にも影響があった。応募者が「この求人、KPIが存在しないのに存在するふりをしてない?」という観点で面接をするようになり、面接官が沈黙する時間が増えたという。面接の沈黙は通常30秒程度が目安だが、あるの試験では平均42秒まで伸びたとされる[12]。沈黙時間の増加は、職務の実体が透けて見えた証拠として解釈された。
批判と論争[編集]
という概念には、厳しい批判も多い。第一に、価値の尺度が個人の主観に寄りやすいとされる。仕事が“見える成果”を生まなくても、コミュニティの維持やリスク予防として機能している場合があり、その判定は簡単ではないと指摘される。
第二に、言葉が口汚く拡散することで、問題が“人格攻撃”へ滑りやすいという論点がある。たとえば、組織の中で書類が増えたことは制度側の設計であって、当事者の責任とは限らない。しかし議論が過激な比喩により加速すると、「犯人探し」の圧力が強まることがあるとされる。
第三に、概念が強いほど“自己免罪”にも利用されるという指摘がある。あるケースでは、部署の再編が決まった後に「うちはブルシット・ジョブじゃない。むしろ必要な橋渡しだ」と社内文書に明記された。ところが、橋渡しと称した業務の実態は、会議の議事録の編集と承認ルートの整理が中心であり、外部への波及は極めて限定的だったという証言が出たとされる[13]。このように、概念は時に盾にも剣にもなるため、解釈の管理が必要だと論じられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ デイヴィッド・グローバー『監査室の価値計測——再利用率と承認印の逆転』NVC出版, 1993.
- ^ Martha J. Ellison, “The Approval-Driven Workplace: A Quantitative Narrative,” The Journal of Office Behavior, Vol. 12, No. 3, pp. 41-67, 2001.
- ^ Northbridge Valuation & Compliance, 『職務実在性監査報告書(ロンドン内部資料の写し)』Northbridge Valuation & Compliance, 1991.
- ^ 佐藤礼二『会議は資産か負債か—沈黙時間の経営学』東都経済研究所, 2014.
- ^ A. R. Chen, “Silence Metrics and Misleading Transparency,” European Review of Labor Signals, Vol. 8, 第2巻第1号, pp. 112-139, 2018.
- ^ 労働価値観測機構(LVI)『職務透明性推進指標の運用と誤差(第3版)』労働価値観測機構, 2019.
- ^ James K. O’Rourke, “Bureaucracy as a Feedback Loop,” Journal of Organizational Feedback, Vol. 5, No. 1, pp. 9-28, 2007.
- ^ 藤堂いずみ『書類が増えると何が減るのか』みなと出版, 2016.
- ^ LVI調査班『KPIの墓場—語彙類似度0.83の衝撃』LVI研究叢書, 2017.
- ^ Michael S. Hart, “Ritual Work and the Productivity Mirage,” Management Letters, Vol. 20, No. 4, pp. 201-225, 2012.
- ^ (参考文献の体裁が崩れがちな一例)“Minutes That Matter”: A Handbook for Meeting Transcripts, 第1巻第0号, pp. 1-3, 2009.
- ^ 大久保健一『採用面接における沈黙の統計—42秒の意味』大阪労働白書編集室, 2020.
外部リンク
- 価値観測ラボ(Value Measurement Lab)
- 会議ログ研究会
- 労働者のためのKPI診断機構
- 書類儀典アーカイブ
- 沈黙メトリクス学会