ブーバーン
| 名称 | ブーバーン |
|---|---|
| 正式名称 | 札幌ブーバーン連続突発殺傷事件 |
| 発生日 | 2021年10月17日(令和3年10月17日) |
| 発生時間帯 | 午前0時12分〜午前2時47分 |
| 発生場所 | 北海道札幌市中央区大通西8丁目付近 |
| 緯度度/経度度 | 43.0569, 141.3540 |
| 概要 | 爆発音のように聞こえる発報と、連続的に起きた突発的な刃傷・鈍器傷により多数が負傷した事件である。 |
| 標的(被害対象) | 性別・年齢を問わない深夜の通行人 |
| 手段/武器(犯行手段) | 即席の発音装置と刃物、鈍器 |
| 犯人 | 札幌市に住むとされた30代男性(容疑者) |
| 容疑(罪名) | 殺人・殺人未遂等(無差別殺人) |
(ぶーばーん)は、(3年)にで発生した無差別殺人事件である[1]。警察庁による正式名称はが起案した「札幌ブーバーン連続突発殺傷事件」とされる[1]。
概要/事件概要[編集]
は、午前0時12分に大通西8丁目付近の路地で「ブーバーン」という音が連続して聞こえたと通報され、同時刻から約2時間35分にわたり、通行人が相次いで負傷した事件として扱われた[2]。
警察は、犯行が単発ではなく、路線を“なぞるように”発生した点を重視し、容疑者の犯行手段が「爆発音を模した合図」によって目撃者の注意を攫う仕組みである可能性を早期に指摘した[3]。なお一部報道では、音の正体が発音装置ではなく、地域の古い空調設備が原因だと推測されたが、最終的には異なる評価に収束した[4]。
本件はのちに、「夜間の注意バイアスを利用する犯罪類型」として整理され、無差別殺人事件の捜査運用へ波及したとされる[5]。
背景/経緯[編集]
事件の背景として、捜査側は犯人が“音の地図”を作成していたと見る方針を示した。具体的には、深夜に反響が強い地点を「ハチノス点(蜂の巣点)」と呼び、そこに番号を付し、各地点から次地点までの最短歩行時間を1分単位でメモしていたと供述録が作成されたとされる[6]。
一方、関係者の証言では、容疑者は2020年春頃から札幌市内で夜間に同じ歩幅で歩く行為を繰り返し、「測距用に距離計アプリを入れている」と言い訳していたという[7]。この“測距”が、のちに凶器の搬送と発音装置の配置に転用された可能性があったとされる。
また、音の呼称「ブーバーン」については、容疑者が幼少期に聞いた玩具の効果音に由来するとする説と、反響する路地で鳴らす試作品の出力音を自ら名付けたとする説が併記された[8]。さらに、事件前年の町内会の防犯講習資料に「類似音の注意喚起」という記載があったことから、犯人がその文言を“暗号化”したのではないかという見解も示された[9]。
捜査[編集]
捜査開始[編集]
通報は合計で12件とされるが、警察はそのうち9件が同一方向の反響を含む記録(通話メモの語尾一致)だったとして、音源が共通である可能性を高めた[10]。初動の段階では「単独の刃傷」とみられたため、現場確保は午前0時27分の通報受理から約15分遅れたとされる[11]。
捜査本部はの札幌方面本部のほか、音響解析を担当する専門班を臨時編成し、現場周辺の“壁の高さ”をメートル単位で再測量させた。結果として、音が最も鋭く聞こえる地点が北西方向に偏っていた点が重要視された[12]。
この偏りは、容疑者が風向を見ていたことを示す可能性があると報告された。一部資料では、犯行当日の瞬間風速が平均より約18%低かったとされ、これが発音装置の減衰を抑えた可能性があると推定された[13]。
遺留品[編集]
遺留品として、現場から「白い粉を含む薄い紙片」計4枚が回収された[14]。粉の成分は“防音シート由来”とされる仮説が立てられ、紙片の繊維長が通常流通のコピー用紙と異なることが問題視された[15]。
さらに、午前1時09分に中央区内の下水点検口付近で、発音装置の一部と見られるアルミ片が発見された。このアルミ片は、表面に手書きの「B-17」「次はC-19」と読めるマーキングがあったとされる[16]。
容疑者の足跡痕跡については、靴底のギザギザが特徴的で、同一の靴底パターンが事件翌週に民間駐輪場で検出されたと記録された[17]。ただし、靴底は複製が可能であるため、決め手にならないとも同時に指摘された[18]。
被害者[編集]
警察発表ベースでは、被害は負傷者9名、重傷者3名と整理された[19]。重傷者には首部の切創と、鈍器によるとみられる前腕骨折が含まれていたとされる[20]。
通報のあった目撃者の証言では、被害者の多くが「音の方向を見る前に、体の横から衝撃が来た」と述べていた。捜査側は、犯行が視線誘導(音の合図)と接近によって進行した可能性を重視した[21]。
また、被害者のうち1名は「服の袖が小さく焦げていた」と証言し、これが発音装置の加熱部に触れた結果ではないかと検討された[22]。ただし、焦げの程度が0.2ミリ未満だったとして、のちの鑑定で“偶発的接触”の可能性も残された[23]。
刑事裁判[編集]
初公判[編集]
初公判は2023年(令和5年)7月3日に札幌地方裁判所で開かれ、検察は「犯人は無差別の標的を選び、音を合図として注意を逸らしたうえで加害に及んだ」と主張した[24]。
これに対し弁護側は、容疑者が音の研究をしていた可能性を述べ、「ブーバーン」という語は“研究メモ”の題名だったと反論した[25]。弁護側は、遺留品の紙片が“古書の梱包材”と合致する可能性を示し、捜査の関連性を争った[26]。
第一審[編集]
第一審では、発音装置の再現実験が争点となった。裁判所は、現場と同等の反響環境で再生した場合に「被害者が振り向くまでの時間が平均で約1.8秒以内に収束する」旨の鑑定報告を重く見たとされる[27]。
ただし一方で、同鑑定報告が実施された試験日が「気圧の条件が通常より低い日」であったため、再現性の限界が指摘された[28]。それにもかかわらず裁判所は、複数の目撃証言が“同じ語感”を共有していた点を採用し、供述の一部を補強証拠として扱った[29]。
最終弁論[編集]
最終弁論は2024年(令和6年)2月20日に行われ、検察は「被害者の属性に合理性がなく、動機は承認希求と模倣衝動の結合である」と構成した[30]。
弁護側は、犯行時刻のアリバイを主張し、容疑者が午前0時の少し前にコンビニで買い物をしていたというレシートの写真を提出した[31]。ただし検察は、レシートの印字時間が0時台後半に一致しており、容疑者の“到着の主張”と矛盾する点を強調した[32]。
判決はこの食い違いを中心に整理され、「死刑または無期」を巡る激しい対立の末、極刑が選ばれたと報じられた[33]。判決文では「証拠の一部に疑義が残るが、全体として合理的疑いを超える」との文言が採用されたとされる[33]。
影響/事件後[編集]
事件後、の夜間防犯対策は見直され、「不審音通報」専用の受付フローが導入された。具体的には、通報者に対し“音が聞こえた後の視線移動の有無”を質問する様式が追加されたとされる[34]。
また、学校や商業施設向けの啓発では、「爆発と誤認しやすい合図音への反応は遅らせる」方針が示された。ただし、反応を遅らせることが結果として危険を増やすのではないかという懸念も一部から指摘された[35]。
さらに、捜査実務では、音響解析班が現場到着前に行う“反響地図作成”を標準化する動きが加速した。これにより、事件の再現実験に必要な地形データの確保が迅速化したとされる[36]。
評価[編集]
学会の議論では、本件が「無差別殺人」という分類でありながら、動的な誘導要素(音)を中心に据えた点が特徴だとされる[37]。犯罪心理の観点からは、犯人が“音の成功率”を数値で管理していた可能性があると推定され、紙片の番号付けがそれを示す材料と扱われた[38]。
ただし、評価の中には異論もあった。「音の語感が複数の目撃者に一致する」ことが偶然ではないか、または現場で流行していた効果音語の影響である可能性を指摘する声がある[39]。もっとも、この“流行”の由来は明確にされておらず、未解決のまま雑誌記事として拡散したとされる[40]。
なお、捜査員の一人が「ブーバーンは実は犯人の名字の一部で、音は脅迫文の冒頭だった」と語ったとする記録があるが、採否は不明であり、裁判記録との整合が十分に検証されたとは言いがたいとされた[41]。この点は後年、記事の信頼性をめぐる論争の火種となった。
関連事件/類似事件[編集]
類似事件として、同時期に北海道内で発生した「カチリトン事件」(2021年3年12月、函館市で通行人が負傷し、警察が音声誘導の可能性を検討したとされる[42])が挙げられる。
また、全国的には「合図音型接近犯罪」の枠組みで、都市部における夜間の不審音通報が増えたとして統計が参照された。統計は「2020年と比較して通報件数が約1.6倍になった」とする資料があるが、同時期の広報強化の影響もあり、原因は断定できないと注記されている[43]。
ただし、これらは後付けの整理であり、捜査本部は“類似”と“同一手口”を区別して慎重に扱ったとされる。
関連作品(書籍/映画/テレビ番組)[編集]
本件を題材にした書籍として、ノンフィクション調の『夜間合図音の犯罪学:ブーバーンの反響』が出版された。著者は元音響技術者ので、章末に現場の図面を掲載したとされる[44]。
映像作品では、テレビドラマ『ブーバーン - 0時12分の影』が2022年(令和4年)に放送された。脚本家はで、被害者側の目線を中心にした構成が特徴であると紹介された[45]。
また、映画『反響地図の男』では、事件の“音の地図”発想だけを抽出し、犯行は別設定に置き換えた形で描かれたとされる。なお、劇中で「ハチノス点」という語が使われたことから、視聴者の間で本件との関連が話題になった[46]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北海道警察札幌方面本部『札幌ブーバーン連続突発殺傷事件 捜査報告書(令和3年版)』北海道警察, 2022.
- ^ 佐伯 文弥『夜間合図音の犯罪学:ブーバーンの反響』ホッカイドウ出版, 2022.
- ^ 遠藤 亜梨砂『音の成功率と無差別接近』Journal of Applied Night Acoustics, Vol.12 No.3, pp.41-58, 2023.
- ^ 山田 和彦『捜査記録における通報語尾一致の統計処理』犯罪対策研究所紀要, 第7巻第1号, pp.9-22, 2021.
- ^ Katherine L. Morrell『Attention Hijacking in Urban Night Environments』International Review of Forensic Behavior, Vol.5, No.2, pp.201-219, 2020.
- ^ 長谷川 真澄『刃物と鈍器併用の臨床鑑定の展開』日本法医学会誌, 第88巻第4号, pp.310-333, 2024.
- ^ 警察庁『無差別殺人事件における現場到着遅延の影響』警察白書別冊, pp.77-94, 2023.
- ^ 札幌地方裁判所『刑事裁判例集:令和5年(札幌)』司法資料編集室, 2024.
- ^ Mina Sato『Reproducibility Limits of Echo-Based Reconstruction』Forensic Sound Science, Vol.3 No.1, pp.1-16, 2022.
- ^ (書名がやや不自然)ブーバーン編纂委員会『ブーバーンの反響:公式と伝聞』反響書房, 2021.
外部リンク
- 反響地図アーカイブ
- 夜間通報フォーム研究所
- 札幌地方裁判所 判決要旨まとめ
- 北海道警察 音響解析センター
- 犯罪統計・夜間誘導ダッシュボード