プロゼミ
| 分野 | 高等教育・学習評価 |
|---|---|
| 対象 | 大学学部・大学院の初中級科目 |
| 形式 | 学生主導のプロジェクト発表と継続審査 |
| 評価の核 | 成果物だけでなく「進捗の公開履歴」 |
| 導入の起点 | 1990年代後半の研究推進施策の波 |
| 関連用語 | プロトコル、審査ログ、公開リハ |
| 特徴 | 教員の採点より外部評価の比率が高いとされる |
プロゼミ(ぷろぜみ)は、主としての高等教育機関で用いられる「公開プロジェクト・ゼミナール」を指す用語である。企画の段階から評価指標が組み込まれる点で、一般的なとは異なるとされる[1]。
概要[編集]
は、学生が一定期間にわたりプロジェクトを組み立て、途中経過を「公開履歴(審査ログ)」として提示しながら、複数回の審査で到達点を固める学習形態であるとされる[1]。
その成立は、研究成果の社会還元が求められた時代に、大学側が「成果物の完成」だけでなく「途中の透明性」を証明しようとしたことに求められると説明されることが多い[2]。もっとも、同名の講座が大学ごとに運用を変えるため、実際の運用は一枚岩ではないと指摘されている[3]。
なお、プロゼミの「プロ」は単なる専門(プロフェッショナル)ではなく、対外的に説明可能な手順書(プロトコル)を意味すると解されることがある。ある大学の学務担当者は「プロゼミは“研究”というより“公開される実装”である」と述べたとされる[4]。ただし、この発言は学内資料の引用として扱われる一方で、出典が曖昧だとして注意を促す編集者もいる[5]。
語源と定義[編集]
「公開プロジェクト・ゼミナール」という見取り図[編集]
「プロゼミ」は、日本語圏での略称に似た形で広まった呼称であるとされる。正式には「公開プロジェクト・ゼミナール」と呼ばれ、略として「プロゼミ」が採用された経緯が説明されることが多い[6]。
この定義では、学期の中盤に設けられる「公開リハーサル」が重要になる。公開リハーサルは単なる予行演習ではなく、評価者が採点用ルーブリックをその場で確定させる“場の合意”として運用されるとされる[7]。もっとも、実際にはルーブリック確定が形骸化し、学生の焦りだけが残った事例もあると報告されている[8]。
「審査ログ」が成績を“前借り”する仕組み[編集]
プロゼミの要点は、成果物提出の直前ではなく、提出に先立つ経過が点数に反映される点にあるとされる[2]。そのため、学生は毎週の進捗を“ログ”として提出し、教員と評価者がコメントを残す形式がとられやすいと説明される[9]。
一部の運用では、ログの達成率が一定水準を超えると「前借り係数(アドバンス係数)」が掛けられるとされる。たとえば、ログ達成率が83.5%を超えた場合、最終報告の得点に1.07倍が乗るとする規程が学内で流通したという記録がある[10]。この数値は“誰かが盛った”可能性もあるが、少なくとも多くの学生の記憶には残っているとされる[11]。
歴史[編集]
1997年、神田で始まった「プロトコル会議」説[編集]
プロゼミが日本の教育現場に定着した直接の契機は、1990年代後半に広がった研究推進と説明責任の制度設計にあるとされる[2]。代表的な起源説として、1997年に神田周辺で開催された「プロトコル会議」が挙げられている[12]。
同会議には、当時の文部行政に近い職員と、大学のFD(ファカルティ・ディベロップメント)担当教員、さらに民間の評価コンサルタントが参加したとされる[13]。議題は「学生の成果が外部に説明できない」という苦情をどう解消するかであり、そこで“公開される手順書”を成績に組み込む方針が固められたと説明される[14]。
この会議で使われたとされる草案には、学期13週のうち、公開リハに該当する週を「第7週の水曜日」と固定する案が含まれていたという。担当者のメモとして「水曜は出席率が最小分散」との統計が添えられたとされるが、統計の出所は不明であると注記されることがある[15]。
関与した組織と“ログ監査”の流行[編集]
プロゼミの普及には、学内の教学改革だけでなく、外部監査の文化が影響したとされる。具体的には、の前身にあたる評価機関が、2001年頃から「審査ログを備えた授業」をモデルとして扱ったことが指摘されている[16]。
また、ベースの教育テック企業が、ログ提出を簡略化する“フォーム型プロトコル”を提供し、各大学がそれを導入したという経路も語られている[17]。このとき、学生の入力負担を抑えるために「毎回200字上限、ただし証拠URLを最低3本」という半ば強制的な運用が広がったとされる[18]。
一方で、ログ監査が過熱し、「週5のログ提出がない学生は研究室に出席できない」という噂が出回った大学もあったとされる[19]。この噂は当時の学生掲示板で瞬く間に拡散され、後に“都市伝説”扱いされたが、当事者は真剣に困っていたとされる[20]。
社会的影響[編集]
プロゼミは、単に授業の形式を変えただけでなく、大学における「説明可能性(アカウンタビリティ)」の文化を押し広げたとされる。とりわけ、研究室の中で暗黙に行われていた評価が、公開ログとして外に出ることで、学生側の行動が細かく規定されるようになったという指摘がある[9]。
就職市場にも影響があったとされる。あるキャリア支援部門の報告書では、プロゼミ修了者に見られる応募書類の傾向として「根拠リンクを添える割合が高い」ことが挙げられている[21]。さらに、面接で学生が「第9週に方針転換した理由は審査ログで追えます」と述べるケースが増えたという証言も紹介される[22]。
ただし、その結果として“良いログを作る”ことが“良い研究をする”ことと同一視される空気が生まれたともされる。実際、成果の質よりログの整合性が評価される場面が増えたとの批判が後年に現れた[23]。また、ログの提出が遅れた学生が、成績が伸びないだけでなく、研究室の実験スケジュールにも影響を受けるという、間接的なペナルティが指摘されたこともある[24]。
批判と論争[編集]
プロゼミは透明性を高める仕組みとして歓迎された一方で、「透明性は時に過剰な監視になる」との批判も受けたとされる[23]。特に、審査ログが増えるほど、学生は文章の整形(読みやすさ、形式の統一)に時間を割かざるを得なくなったと報告されている[8]。
論争の焦点の一つは、ログと成果の相関がどの程度あるかである。ある統計分析では、ログ達成率と最終成果スコアの相関係数がr=0.41と算出されたとされる[25]。この数字は教育工学系の学会では「中程度の相関」と位置づけられることが多いが、学生会の資料では「中程度では済まない」と批判され、独立した再計算が要求されたという[26]。
さらに、最終審査の運用が問題視された事例もある。たとえば、公開リハーサルで評価者が揃わない場合に備え、「評価者代理(ローテ枠)」が勝手に採点する規定があったとされる[27]。この規定は一部の大学で見直されたものの、見直しの時期が学内掲示で統一されず、結果として学生が不利益を被った可能性があると指摘されている[28]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田直人「公開履歴に基づく学習評価の試み—プロゼミの運用指針」『大学教育研究』第12巻第2号, 2003年, pp. 45-67.
- ^ Margaret A. Thornton『Transparent Assessment Systems』Routledge, 2005年, pp. 112-139.
- ^ 佐藤明子「プロトコル会議と“手順の可視化”」『高等教育ジャーナル』第8巻第1号, 2004年, pp. 9-31.
- ^ 渡辺精一郎「審査ログの設計思想と履修行動」『教育評価学研究』第6巻第3号, 2006年, pp. 201-230.
- ^ Kawashima, Ren. "Pre-borrowing Coefficients in Project Seminars" Vol. 3 No. 1, Journal of Learning Audits, 2007年, pp. 3-18.
- ^ 文部行政評価局『授業改善の外部説明モデル(内部資料)』教育監査出版, 2002年.
- ^ 伊藤志穂「公開リハーサルの合意形成—第7週水曜日はなぜ必要か」『教学設計月報』第20号, 2008年, pp. 77-88.
- ^ 鈴木健太郎「ログ監査の過熱と学生ストレスに関する記述的研究」『学生生活研究』第14巻第4号, 2010年, pp. 51-74.
- ^ 株式会社フィールドフォーム『審査ログ運用ガイドライン v1.4』フィールドフォーム出版, 2009年.
- ^ 田中和夫「プロゼミと就職書類の“リンク癖”」『キャリア形成レビュー』第9巻第2号, 2012年, pp. 12-28.
外部リンク
- プロゼミ実践アーカイブ
- 審査ログ設計フォーラム
- 公開リハーサル討論会
- 教育監査メモリーベース
- ルーブリック研究会