人権ゼミ
| 分野 | 人権学・法社会学・教育方法論 |
|---|---|
| 対象 | 主に大学生・大学院生(非正規参加もある) |
| 活動形態 | 講義・事例検討・フィールドワーク・共同起案 |
| 起源とされる時期 | 1970年代末〜1980年代初頭(複数の説) |
| 運営主体 | 大学のゼミ運営費+外部助成(財団・自治体) |
| 評価の指標 | 討議回数・当事者ヒアリング数・提出物の公開度 |
| 関連用語 | 当事者同席方針/権利影響評価(仮) |
人権ゼミ(じんけんぜみ)は、人権をめぐる学術的な議論と実践を同時に扱う大学のゼミナールである。研究室や学生自治組織を巻き込みながら、の会場から全国へと広がったとされる[1]。
概要[編集]
は、人権を「条文の暗記」ではなく「生活の摩擦として扱う」ことを目的に運営されるゼミナールとして知られている。毎回、学生が事例を持ち寄り、当事者の語りを“研究倫理の形式”に沿って翻訳し直す手順が重視される点が特徴である。
成立の経緯としては、当初は法律学部内の少人数勉強会として始まり、その後系の教育企画に接続されたとする説明がある。ただし、ゼミの名称自体が公式制度名ではなく、各大学の“通称”として並立していたため、最初に「人権ゼミ」と呼ばれた時期には複数の説がある。
運営上は、議論の透明性を確保するため、発言者の匿名度を回ごとに変える「匿名度グラデーション」が採用されることがある。例えば、初回は氏名の頭文字まで許容し、3回目以降は一定条件で完全匿名とする、という運用が紹介された例がある。なお、この匿名度の調整係には、しばしば法学部以外の学生が起用されることがある。
歴史[編集]
起源:『権利の講義より、権利の待ち時間』[編集]
人権ゼミの原型は、1979年に内の私立大学で実施された「待ち時間研究会」にあるとする説がある。この研究会は、図書館の予約システムの不公平が争点となった際、学生が“待たされた時間”を計測し、権利侵害を定量化しようとしたのが発端であったとされる。
その年の冬、研究会の中心人物として(法学・教育工学を兼任していたとされる)が、議論の導入用に「権利は語るまで権利でない」という講義メモを配布したと伝えられている。配布されたメモは全部で312枚で、各ページに「発話速度」「沈黙の長さ」「視線の向き」が注記されていたという記録が残っている。
このメモが評判となり、翌1980年に同大学の学生自治組織が主催する公開討議が実施された。討議では、当事者の発話を“学術要約”にする前に「要約に失われる情報の割合」を推定させる課題が出され、学生たちが勝手に“ゼミ”と呼び始めたことからという呼称が広がったと説明される。もっとも、当時の自治組織の議事録は一部欠けているため、正確な初出は確認できないとされている[2]。
制度化:自治体助成と『権利影響評価(仮)』[編集]
1980年代に入ると、人権ゼミは単なる勉強会から、地方自治体や研究助成と結びついた教育プログラムへと変質していった。きっかけとしてしばしば挙げられるのが、の教育委員会が実施した“学習空間の再設計”事業である。そこでは、ゼミが校内のルールを点検し、当事者の生活に与える影響を評価することが求められた。
この事業でゼミが使った手法が「権利影響評価(仮)」である。評価表はA4で12ページ、採点項目が全部で87個に及び、うち21項目は“当事者が腹落ちしたかどうか”を5段階で自己申告させる方式だったとされる。評価は点数化されるものの、最終的な結論は数式ではなく、討議のログに基づくとされたため、学生がログをめぐって衝突しやすくなったとも指摘されている。
また、この時期に「当事者同席方針」が細則化され、ヒアリングの席では当事者と学生の位置関係が規定されるようになった。例えば、着席間隔は最小で1.2メートルとされ、録音機の有無が当事者の同意書で明示されたという。ここで面倒になったのが書類作成の負担であり、ゼミ運営費が年間で約3,480円×参加学生数(当時のレート換算)に増えた、という数字が“内部資料”として回覧されたという[3]。ただし、どの年度の資料かは一致していない。
拡大と変容:『公開するほど、守るのが難しい』[編集]
1990年代後半、人権ゼミは学園祭や公開講座と結びつき、議論の成果が学外へ提示される機会が増えた。この流れを後押ししたのが、系列の地域番組が企画した「ゼミで社会を見る」企画である。番組は視聴者参加型で、毎回“権利に見えるが権利ではないもの”を投稿させたとされる。
一方で、公開が進むほど、匿名化の限界が問題になった。学生が引用した当事者の言い回しが、地域の住民に特定される恐れがあるためである。このため、当時いくつかのゼミでは、発話を三段階の編集(原文→文体調整→意味保持の再構成)にかける「三重翻訳」が導入されたとされる。
さらに、ゼミの“成果”が就職活動でアピールされるようになったことも背景にある。人権ゼミに参加した学生ほど、ES(エントリーシート)で「当事者に寄り添う力」を記述する傾向が出たとするアンケートが、の関連機関の協力として引用された例がある[4]。ただし、そのアンケートは後に“協力機関が実在しない”可能性が指摘され、出典の扱いが揺れた。
運営と実践:ゼミの中で起きること[編集]
人権ゼミの進行は、一般に「課題提示→事例収集→倫理チェック→議論→成果物公開(任意)」の順で行われるとされる。事例収集では、学生が法令文書だけでなく、地域の掲示板・聞き取りメモ・裁判傍聴メモを混ぜる傾向がある。ここで、ゼミごとに“資料の許容度”が異なるため、外部から見て理解しにくい独自ルールが蓄積していく。
倫理チェックでは、当事者の発話を“研究材料として扱うこと”の代償が問われる。例えば、同意書の様式がゼミごとに異なり、署名欄が英語併記になったり、家族同席の有無をチェック式にしたりする。ある年度のゼミでは、同意書のフォーマットが全部で9種類あり、提出期限は「セッション開始の17分前まで」と明記されていたという。もっとも、この17分は合理的理由が説明されず、単に前任の事務員がそう決めたと語られた例がある。
議論では、学生が“権利の主語”を入れ替える訓練を行うことがある。例えば「誰が侵害されたのか」「誰が支援しうるのか」「誰が沈黙したのか」を順に反転させる手法が採用される場合がある。結果として、同じ事例でも結論が揺れ、ゼミ生の間で“物語が勝つか、制度が勝つか”の争いが起きやすいとされる。
成果物は、論文のような体裁にされることもあるが、パンフレット形式で配布されることもある。あるゼミでは、B5判の冊子を年度末に200部作り、うち120部を図書館に置くとした計画があった。残り80部は寄付ではなく“返却待ち棚”に置く運用だったとされ、返却待ち棚の運用ルールが妙に細かかったと後年語られている[5]。
批判と論争[編集]
人権ゼミは、教育効果がある一方で、当事者の語りを“議論を回す燃料”として消費してしまう危険があると批判されてきた。特に、匿名化の手続が形骸化した場合、地域コミュニティの中で誰の話かが推定される余地が生まれるという指摘がある。
また、評価指標が増えたことによって、議論が実務の点検に寄りすぎるという問題も取り沙汰された。前述の「権利影響評価(仮)」が“採点作業”に転化し、当事者の“腹落ち”が形式的な自己申告に置き換わっていくのではないか、という不満が出たとされる。
さらに、ゼミの成果が就職市場で評価されることへの反発もある。人権ゼミを経験した学生が、実際の現場ではコンプライアンスの言葉だけを振り回す、という揶揄がSNS上で広がった時期もあったと記録される[6]。一方で、これらの批判に対しては「人権は言葉にしないと始まらない」という反論も存在するため、決着は単純ではないとされる。
なお、少数ではあるが「人権ゼミの“ゼミ”は研究室の略称ではなく、ゼミナールの概念を分割する造語である」とする説も出回った。しかし、この説は実証的根拠が弱く、当時の学生が“語呂がよかったから”と説明したという証言があり、信頼度は低いとされている[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田玲子『権利は語りから始まる—人権ゼミの教育設計』青灯書房, 2001.
- ^ 渡辺精一郎『沈黙の測定と教育の倫理』東京大学出版局, 1983.
- ^ Margaret A. Thornton『Participation Under Review: Semi-Structured Rights Education』Oxford University Press, 2008.
- ^ 佐藤晃一『ゼミ運営と匿名度グラデーションの実務』学術会議叢書, 1996.
- ^ Katherine I. Morales『The Logistics of Care: Fieldwork Formats in Student Seminars』Springer, Vol. 12 No. 3, 2014.
- ^ 中村真希『権利影響評価(仮)の系譜と運用』日本教育法学会紀要, 第7巻第2号, 1999.
- ^ 鈴木祐介『公開するほど守れない—当事者同席方針の摩擦』法と社会, Vol. 41 No. 1, pp. 33-58, 2012.
- ^ 『地域番組「ゼミで社会を見る」周辺資料集』NHK地域ネットワーク編, 1998.
- ^ 【少し変な】古川義則『待ち時間研究会の全記録—312枚メモの解読』大阪教育出版社, 第1版, 1981.
- ^ 田辺志郎『学生自治と助成金の政治』日本社会教育研究, pp. 101-130, 2005.
外部リンク
- 人権ゼミ研究アーカイブ
- 権利影響評価(仮)運用ガイド
- 匿名度グラデーション記録室
- 当事者同席方針データベース
- ゼミ倫理チェック雛形倉庫