ベイカラ
| 名称 | ベイカラ |
|---|---|
| 別名 | ベイカラ・ラップ/カラ豆焼き |
| 発祥国 | インドネシア |
| 地域 | ジャワ島中南部(ジョグジャカルタ周縁) |
| 種類 | 即席発酵薄焼き菓子(セイボリー) |
| 主な材料 | 発酵バター豆ペースト、タマリンド果汁、ココナッツ糖蜜、胡椒塩 |
| 派生料理 | ベイカラ・チリ、ベイカラ・ソース焼き、ベイカラ・キャラメル胡椒 |
ベイカラ(よみ)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
ベイカラは、発酵バター豆ペーストを炭火で短時間に焼き固め、薄く延ばして折り畳むことで食感を作るインドネシアの即席発酵薄焼き菓子(セイボリー)とされる[1]。一般に表面は乾いた香ばしさが強く、中層はほどけるようなねっとり感を残す点が特徴とされる。
食べ歩き用の半折り状で提供されることが多く、屋台では「30秒で香りが立ち、90秒で折れ目が落ち着く」など調理時間の合図が口伝で管理されている。なお、この短時間調理は衛生行政の一環として制度化されたという説があり、現在では「火の回転率」を売りにする店も多いとされる[2]。
ベイカラは甘味と塩味が同居する料理として広く親しまれている。とくにタマリンド果汁とココナッツ糖蜜の配合が、酸味の立ち上がりと香ばしさの余韻を分岐させると説明されることが多い。
語源/名称[編集]
ベイカラという名称は、ジャワ語の「ベイ(焙り)」と「カラ(折り畳む乾き)」を合わせた業者用語が民衆語に転じたものとされる[3]。もっとも、同音異義から「貝殻(かいがら)状に薄くなる」という比喩に由来するという言い伝えもある。
別名のベイカラ・ラップは、折り畳みを「布で包む」動作に見立てた呼称であるとされ、屋台では注文時に手元の折り作業を見せる「視覚注文」が行われることがあったとされる[4]。さらにカラ豆焼きと呼ばれる場合は、中心に使う発酵バター豆ペースト(地元ではカラ豆と称された)が由来であると説明される。
一方で、名称がオランダ語の造語に由来するという説も存在するが、当該説は語彙対応が不十分であるとして慎重に扱われている。
歴史(時代別)[編集]
植民地末期〜独立前夜(19世紀末〜1940年代)[編集]
ベイカラの原型は、港町の倉庫職人が「発酵バター豆」を長期保管するために考案した簡易焼成の残渣菓子であったとする説が有力である[5]。当時は輸入バターの代替として、粘度調整のために乳製品に似た脂質を豆由来で再現し、炭火で薄焼きにすることで腐敗リスクを下げたとされる。
また、各地の記録では、戦時期に配給の調整が頻発した結果、配合比が乱れて「酸味が暴れる」事故が起きたとされる。これに対処するため、ジョグジャカルタ周縁の屋台組合が「タマリンドの追加量を砂糖換算で2.7%に固定する」という独自ルールを作り、結果として酸味の再現性が上がったと説明される[6]。
ただし、独立前夜に料理名として定着した時期は地域差があり、同じ工程が別名で流通していた可能性も指摘されている。
独立〜高度成長期(1950年代〜1970年代)[編集]
独立後、屋台の衛生検査が強化される過程で、ベイカラは「短時間加熱で供給を止められる」料理として好まれたとされる。実際、の資料では、薄焼き菓子の許容保管時間が「室温で最大1時間、客待ちで最大9分」など細かく規定されたと報告される[7]。もっとも、当該数値は現存資料の写しに基づくため、厳密性には注意が必要とされる。
この時期には、ベイカラを売る露店が増え、「折り目の形がそのまま勘定の印になる」方式が広まったとされる。つまり、折り目の回数や枚数が売上管理に直結し、結果として調理工程が規格化されたという。現在でも、折り畳みの回数を「三折り」と言い切る店がある。
なお、糖蜜の甘さを一定にするために、ココナッツ糖蜜を毎朝計量する習慣が生まれ、家庭でも簡易追い糖が行われるようになったとされる。
1980年代〜現代(1980年代〜現在)[編集]
1980年代以降、ベイカラは屋台文化と家庭調理の中間として定着した。現在では冷凍保存された発酵バター豆ペーストが出回り、家庭で炭火風のフライパン加熱に置き換えられる場合もある。
一方で、健康志向の波により「胡椒塩の比率を下げる」改変も進んだとされる。ある食文化誌では、ベイカラの標準配合を示した上で「胡椒塩は全重量の0.38%前後が香りの天井になる」と述べているが、現場の職人は「天井は0.4%だ」と反論することがある[8]。
また、近年は観光客向けに「折り畳みをデザート風に仕立てる」ベイカラ・キャラメル胡椒が人気となり、甘味が前に出る提供も増えた。
種類・分類[編集]
ベイカラは大きく「塩香型」「酸香型」「甘香型」に分類されるとされる[9]。塩香型は胡椒塩の存在感を前面に出し、酸香型はタマリンド果汁を厚めに配合して余韻を立たせると説明される。甘香型はココナッツ糖蜜の割合が高く、デザート扱いされることが多い。
また、製法の違いによって「焼き延ばし型」「蒸し戻し型」「ソース焼き型」があるとされる。焼き延ばし型は薄焼きの縁がパリッとし、蒸し戻し型は折り目がしっとりする傾向がある。
店の個性は主に「発酵バター豆ペーストの発酵日数」に反映されるとされ、一般に3日発酵は軽やか、5日発酵は香ばしく、7日発酵は旨味が強いとされる。ただし発酵日数は標準化が難しく、地域ごとの微差が出やすいとされる[10]。
材料[編集]
ベイカラの主要材料は、発酵バター豆ペースト、タマリンド果汁、ココナッツ糖蜜、胡椒塩であるとされる[11]。一般に発酵バター豆ペーストは、豆に脂質を足し、さらに香味菌で「匂いの丸み」を作る工程が必要と説明される。
タマリンド果汁は酸味の芯を作る役割を担う。職人の間では「酸味は水の割合ではなく、粘度で決まる」と言われ、糖蜜は粘度を固定するために使われるとされる。胡椒塩は香りの輪郭を描く材料であり、粉だけでなく粗挽き胡椒を混ぜる店もある。
派生料理では、材料の一部が入れ替わる。ベイカラ・チリでは乾燥唐辛子パウダーが追加され、ベイカラ・ソース焼きでは甘辛ソースが折り目の内側に塗布される。
食べ方[編集]
ベイカラは半折りの状態で提供され、食べる直前に表面を軽く炙る「追い炙り」が行われることがあるとされる[12]。一般に客は折り目から一口目を取り、続いて外側の香ばしい縁を噛む順序が推奨される。
食べる際の作法としては、ソースの有無に応じて「折り目を潰さない/潰す」を選ぶと説明される。屋台では店主が指で折り目を示し、「ここを潰すと酸味が出る」と小さなデモをすることがある。
なお、食べ方の違いが評価に直結するため、観光ガイドブックでは「一口目は1.2秒で噛み切る」など妙に具体的な時間目安が載った例がある。ただし、この時間は実測ではなく、屋台スタッフの経験談から編集されたものだとされる[13]。
文化[編集]
ベイカラは地域の屋台経済と結びつき、祭礼の軽食としても振る舞われる。特にの周縁では、夜市の開始合図に合わせて大量焼成が行われる慣行があり、「最初の10枚は無償で味見させる」とされる[14]。
また、ベイカラは会話の潤滑剤としても機能したと説明される。食べながら交換されるのは味の感想だけではなく、「今日の発酵バター豆は何日だったか」「炭の火は強かったか」といった技術情報であるという。
近年ではSNS向けに、折り畳みの瞬間を短動画で公開する「折り拍」文化が生まれたとされる。もっとも、熱量を煽りすぎた投稿では品質が落ちることが指摘され、店側が「投稿は焼成前まで」と注意書きを掲示した例もある[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ スハルジョ『ジャワ屋台の薄焼き発酵大全』ジョグジャ出版, 2011.
- ^ Margaret A. Thornton『Fermented Pastes and Street-Heat: A Comparative Study』Springfield Academic Press, 2009.
- ^ 田中みなと『豆ペースト発酵の香味科学と実務』文盛堂, 2017.
- ^ Siti Rahmawati『タマリンド酸味の調整技法:現場記録と配合比』東方料理研究会, 2013.
- ^ K. van Dijk『Colonial Storehouses and Improvised Sweets』Leiden Culinary Archives, 1984.
- ^ Nurhadi Wicaksono『折り目の会計:屋台運営の微細制度』中部ジャワ社会史叢書, 2002.
- ^ 衛生指導局(仮称)『薄焼き菓子の保管時間と加熱基準(追補版)』官報資料編集室, 1966.
- ^ Ayu Sasmita『胡椒塩の香り閾値:0.3〜0.5%領域の実験ノート』Journal of Southeast Flavor, Vol. 12第3号, pp. 41-58, 1999.
- ^ R. L. Bhandari『Sweet-Savory Interfaces in Tropical Street Foods』Oxford Global Kitchens, 第4巻第1号, pp. 101-130, 2015.
- ^ 山田理恵『屋台文化の“時間”を測る』(ただし装丁がやや新しい版)朝焼け書房, 2020.
外部リンク
- ジャワ薄焼き研究会
- 屋台衛生アーカイブ(記録集)
- 折り拍コレクション
- ココナッツ糖蜜配合ノート
- 炭火短時間焼成レシピ庫