ポジハメ君
| 名称 | ポジハメ君 |
|---|---|
| 種別 | 都市伝承・ネット民俗学上の擬人化 |
| 初出 | 1998年ごろ |
| 発祥地 | 神奈川県横浜市中区 |
| モチーフ | 勝利予測、応援、過剰な自己肯定 |
| 普及媒体 | 落書き、掲示板、同人誌、駅貼りポスター |
| 象徴色 | 青白いパステルブルー |
| 関連団体 | 横浜楽観表現研究会 |
ポジハメ君(ポジハメくん)は、を中心に広まったとされる、極端な楽観主義を可視化するための擬人化マスコットである。もともとはの周辺で確認された落書き群に由来するとされ、のちに文化へ取り込まれた[1]。
概要[編集]
ポジハメ君は、の地域感情と、試合前から勝利を確信する独特のネット文化が結びついて生まれたとされるキャラクターである。名称は「ポジティブ」と「ハメる」を無理に接続した俗語表現に由来するとされ、のちに語感のよさから独立した固有名詞として定着した。
一般には系の応援文化と関係づけられることが多いが、実際にはの古書店街で活動していた匿名のイラスト同人集団が、1998年夏に配布した小型ステッカーが原型であったという説が有力である。なお、当時の配布数は初版3,800枚、増刷分を含めると約1万2,000枚に達したとされる[2]。
後年は、勝敗予想が外れてもなお楽天的に振る舞う人物像の象徴として用いられた。特にからにかけて、掲示板上で「今日もポジハメ君が元気」「なお試合は」といった定型句が急増し、半ば諦観を含む笑いの表現として定着したのである。
歴史[編集]
誕生期[編集]
最初期のポジハメ君は、末にの車内広告に触発された学生らが描いた、丸い顔と異様に大きい手を持つ単純な図像であったとされる。当初は「勝つ気しかない男」という仮称で呼ばれていたが、前のコピー機で複製された際に、誤って「ポジハメ」と出力されたことから現名に落ち着いたという逸話が残る[3]。
この説には異論もあり、の一部研究者は、名称はむしろ後半の関東ローカル深夜番組で使われていた素人ハガキ投稿の文体に由来すると指摘している。ただし、同研究の一次資料とされる録音テープは、なぜか音声の半分が球場のアナウンスで上書きされており、要出典の状態が長く続いた。
掲示板文化への流入[編集]
ごろ、ポジハメ君は匿名掲示板において「試合前に最も楽観的な者」の比喩として用いられるようになった。特にのサーバー管理者が一時的に導入したAA(アスキーアート)自動整形機能によって、輪郭線が妙に滑らかなポジハメ君が大量に生成され、ユーザー間で「公式化された」と誤解されたことが拡散の契機である。
また、には周辺で配布された応援うちわに、ポジハメ君と似た顔立ちの簡略化イラストが採用された。このうちわは2日間で4,600本が配られ、回収率は17.2%に留まったとされるが、回収分の多くはファンが自宅で切り抜いて冷蔵庫に貼ったためだったという。
定着と派生[編集]
に入ると、ポジハメ君は単なる球団応援キャラクターではなく、「根拠のない前向きさ」を体現する一般名詞として使われるようになった。とりわけの交流戦で、連敗中にもかかわらず「ここから17連勝ある」と書かれた画像が拡散し、以後この種の投稿は「ポジハメ構文」と総称されるようになった。
同時期、地区の飲食店が期間限定で提供した「ポジハメ丼」が話題になった。具材はほぼ白飯と黄色い卵のみで、店側は「勝ち色を想起させる」と説明したが、実際には原価率が38%台に収まるための経営判断であったともいわれる。
特徴[編集]
ポジハメ君の最大の特徴は、敗北の事実を前にしても語調だけは常に勝利を予告する点にある。表情は常に笑顔で、目は点、腕は妙に短く、拳を握ると必ず袖が少し余るように描かれるのが通例である。
また、関連イラストではの背景にの文字が置かれ、右上に小さく「なお」と書かれることが多い。この「なお」は後年、の一部研究者から「極端に短い逆接の完成形」として注目されたが、学会発表は2回とも台風接近で中止された[4]。
キャラクターの性質としては、悲観を禁止するのではなく、悲観を一度だけ飲み込んでから無理に笑う、という日本語圏独特の感情処理が象徴化されているとされる。これにより、スポーツ応援のみならず、受験、就職活動、夏休みの自由研究などにも転用された。
社会的影響[編集]
ポジハメ君は、のローカルアイコンとしてだけでなく、敗戦後の自己慰撫を可視化する文化記号としても機能した。2010年代後半には、周辺の文房具店でポジハメ君ノートが月平均1,200冊売れ、購入者の半数以上が「試験前の精神安定用」と回答したとされる。
一方で、過度に楽観的な投稿が現実逃避を助長するとの批判もあり、にはが「前向き表現と計画性の両立」をテーマにした注意喚起リーフレットを配布した。この資料にはなぜかポジハメ君の笑顔が2か所だけ掲載されており、結果として配布翌週の回収率は通常の1.4倍に上昇したという。
なお、以降は在宅応援文化の流行により、ポジハメ君は「家の中で最も希望を失わない存在」として再評価された。とくに自炊失敗時に「でも明日はうまくいく」と言う文脈での使用が増え、家庭内ポジティブ・スローガンの代表例とされている。
批判と論争[編集]
ポジハメ君をめぐっては、由来をめぐる論争が絶えない。主な争点は、名称が本当に末の横浜圏ネット文化から自然発生したのか、それとものデザイン事務所が深夜アルバイト向けに作成した販促案の流用だったのか、という点にある。
さらに、に刊行予定だった研究同人誌『ポジハメ君考』が、本文の半分を執筆した編集者の退職により未完となり、そのまま会場で完売した事件は有名である。内容の信頼性は低いとされるが、巻末の参考文献だけは異様に充実していたため、後続研究の“見た目の信頼性”に大きな影響を与えた。
また、キャラクターの一部表現が「負けを笑いに変換することで現実の痛みを軽視している」とする批判もある。一方で、擁護側は「むしろ敗北を語るための安全装置である」と主張しており、両者の対立はの地元ラジオ番組で3か月にわたり延々と議論された。
派生文化[編集]
ポジハメ君からは多数の派生語・派生図像が生まれた。代表的なものに、冷静さを装う「静ポジ」、負けを先取りして安心する「予祝ハメ」、そして最後まで試合を見届ける「残留確認型ポジ」がある。
には、のイベントスペースで「ポジハメ君アーカイブ展」が開催され、来場者は推定9,800人であった。展示物の中には、初代ステッカーの裏面に書かれたメモ「次はもっと勝てそう」が含まれていたが、誰が書いたかは判明していない。
また、西口では、ポジハメ君の顔を模した缶バッジが雨天時にだけよく売れるという奇妙な傾向が確認された。販売員は「晴れの日より、少し気が滅入る日ほど売れる」と証言しており、実用品というより感情の傘として扱われていたことがうかがえる。
脚注[編集]
[1] 初期の定義については複数説があり、文化史資料室では「都市伝承」と分類している。
[2] 配布数に関する記録は、同人集団『青い紙片』の手帳写しによるもので、真偽は確定していない。
[3] コピー機の誤出力説はに初めて論文化されたが、著者は後に「誤字そのものが文化を作る」と発言した。
[4] 「なお」の語用に関する研究は、の所蔵目録に存在するが、閲覧条件がやや複雑である。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯 恒一『横浜都市伝承と応援語彙の変容』神奈川文化出版社, 2017, pp. 41-68.
- ^ Margaret H. Ellis, "Optimism Mascots in Post-1990s Japanese Net Culture," Journal of Urban Folklore, Vol. 12, No. 3, 2019, pp. 115-139.
- ^ 高瀬 仁美『掲示板時代の擬人化表現史』青弓社, 2015, pp. 202-224.
- ^ 橋本 一郎『関内コピー機事件と図像拡散』横浜学会叢書, 第4巻第2号, 2011, pp. 9-33.
- ^ David R. Coleman, "Pseudo-Heroes and Sports Memory in Local Fandom," East Asian Popular Culture Review, Vol. 8, No. 1, 2020, pp. 77-98.
- ^ 『ポジハメ君考』同人研究会青い紙片, 2008, pp. 1-126.
- ^ 清水 葵『なお、という逆接表現の社会学』岩波書店, 2021, pp. 55-91.
- ^ 石田 真央『横浜市青少年育成課資料集 2016年度版』横浜市行政資料センター, 2017, pp. 13-17.
- ^ L. Nakamura, "When Cheerfulness Becomes Syntax," Bulletin of Applied Humour Studies, Vol. 5, No. 2, 2018, pp. 6-29.
- ^ 山岸 奈緒『ポジティブとハメる語源小辞典』三省堂, 2012, pp. 88-94.
外部リンク
- 横浜文化史デジタルアーカイブ
- 青い紙片資料室
- 関内ローカル表現研究センター
- ポジハメ君年表館
- 横浜応援語彙コーパス