マコレート
| 名称 | マコレート |
|---|---|
| 別名 | マコラート(古称)、硬化乳チョコ(市場流通名) |
| 発祥国 | アルバニア |
| 地域 | アドリア海沿岸アルバニア諸港(特にヴロラ周辺) |
| 種類 | 発酵乳清ベースの菓子チョコ/常温固形 |
| 主な材料 | 発酵乳清、カカオ分、蜂蜜、海塩、香草(ローズマリー) |
| 派生料理 | マコレート・パルフェ、マコレート・フィリング菓子、硬化乳清の氷菓 |
マコレート(まこれーと)は、とをしたのである[1]。
概要[編集]
マコレートは、アルバニアの港町で発達したとされる菓子状の甘味であり、カカオ分と発酵乳清を混ぜ、低温加熱ののち攪拌硬化させる工程を特徴とする[1]。
一般に、チョコレートに近い外観を持つが、舌触りは「割れるようで割れない」微細粒子の食感として知られる。また、香りは蜂蜜と海塩の組合せが前面に出るため、コーヒーだけでなく柑橘果汁とも相性が良いとされる[2]。
一方で、1970年代後半に衛生当局が成分分析を進めた結果、特定ロットで健康被害が報告され、発売中止や回収が行われた経緯がある。このため現在では、原料の発酵管理と熱履歴の規格化が強く求められる[3]。
語源/名称[編集]
「マコレート」という名称は、アルバニア語の港湾用語である「マコ」(運搬箱の規格寸法を指す単位)と、旧来の甘味製法を表す「レート」(乳清を“硬くする”工程の通称)を組み合わせたものと説明される[4]。
また、19世紀に港の倉庫記録を整理していた会計官のが、ヴロラの帳簿に残っていた「Macolait(e)」表記を誤ってラテン化したため、国際市場では「Macolait(e)」として流通したという逸話がある[5]。
なお、国内では「マコラート」表記が残る地域もあるが、これは同じ配合でも攪拌硬化の温度帯がわずかに異なる“職人方言”として維持された結果とされる[6]。
歴史(時代別)[編集]
黎明期:波止場菓子の再発酵(17世紀後半〜19世紀初頭)[編集]
マコレートの起源は、17世紀後半の港町で、輸送中に腐りかけた乳清を「捨てない」ための即席甘味として発展したことにあるとされる[7]。
当時の海運業者は、乳清を1日2回攪拌し、室温を“記録できる範囲”で測っていた。興味深いことに、港の温度測定器が誤差を含むため、職人は温度計ではなく「攪拌回数」で工程を管理していたといわれる。たとえば、職人のは、全工程で「ちょうど3,240回」攪拌すると乳清の酸味が落ち着く、と手帳に書き残したとされる[8]。
この方法が「硬化乳チョコ」の原型になったと推定され、当時は薬膳としても売られていたとも言及される[9]。
規格化期:工房から市場へ(19世紀末〜1930年代)[編集]
19世紀末になると、の前身にあたる小規模な検査組合が、乳清の発酵時間を標準化し始めた。現在の教科書では「発酵管理が命」と整理されるが、当時はむしろ蜂蜜の純度が主論点だったとされる[10]。
1920年頃の新聞には、「ヴロラ港で“蜂蜜比 1:12”のマコレートが流行」といった広告が掲載されたとされる。比率の“12”は、当時の計量スプーンの目盛が12段階であったことに由来するとも語られる[11]。
なお、ここで記録された配合は完全な再現が難しく、後代の研究では“攪拌硬化の微細泡”が鍵だった可能性が指摘されている[12]。
流行期と中止:健康被害の報告(1970年代後半〜1980年代前半)[編集]
マコレートは1970年代後半に、滑らかな舌触りを狙った配合が増え、工場生産が拡大した。ところが1978年、の臨時報告として、特定ロットで腹部不調と発疹が同時期に複数報告されたとされる[13]。
報告書では、同ロットの共通点として「発酵乳清の温度逸脱が平均で0.7℃、逸脱時間が最長で43分」と記載されていた。この数値は当時の工場の冷却装置の“起動遅れ”と一致するため、熱履歴の管理不足が原因だったのではないかと推定された[14]。
その後、1981年に輸入菓子としての販売が一時停止され、国内向けでも“硬化工程の再検査”が条件になったことで、人気は沈静化したと整理される[15]。
種類・分類[編集]
マコレートは、主に固形度と香味設計で分類されるとされる。
第一に「常温固形型」は、硬化温度を低く抑え、噛むと微細に抵抗を感じる食感を特徴とする[1]。第二に「溶解前提型」は、店頭で湯煎提供することを前提に、表面の結晶化が緩い配合が用いられる[16]。
さらに「海塩強調型」では、海塩の粒度を段階別に選別する工程が加わり、後味の切れが早いとされる。一般に、ローズマリーや柑橘皮の香草を併用する店が多い[17]。
なお、健康被害と結び付けて語られることがあるのは主として“攪拌硬化の泡立ちが過剰な改良版”であり、現在では改良版にも規格基準が設けられている[3]。
材料[編集]
マコレートの主材料は、発酵乳清、カカオ分、蜂蜜、海塩、香草であるとされる[2]。
発酵乳清は、酸度と粘度が規定される。旧来の工房では酸度を「泡立ち高さ」で見ていたが、のちにが導入した試験により、粘度の目安として“動粘度 12.4〜13.1 mPa・s”が採用された時期がある[18]。
カカオ分は乾燥度合いによって苦味が変わるため、銘柄により“焙煎時間 7〜9分”の範囲が提示されることがある。また、蜂蜜は比重が重要で、比重が指定範囲外の場合は補正として海塩が微量調整されるとされる[19]。
ただし、発売中止の局面以降は、発酵乳清のロット検査と熱履歴のトレーサビリティが必須化した結果、配合は同じでも味のブレが減ったと報告されている[3]。
食べ方[編集]
食べ方は、まず小片を口に入れ、1回目の噛みで表面を“破断”させるよう勧められることが多い[20]。
次に、室温で30〜45秒ほど置いてから再噛みする方式があり、これにより香りが立ちやすいとされる。一般に、この間に発酵由来の香味が広がるため、飲み物としてはアルバニアの浅煎り茶やブラックコーヒーが組み合わされやすい[21]。
また、流行期には「マコレート・パルフェ」がカフェメニューに並び、冷却した氷菓と混ぜる食べ方が人気になった。ただし中止局面の後は、混合比率の管理が求められ、店側は“混合時間を2分以内”に制限したとされる[22]。
なお、健康被害の原因が完全に特定されたわけではないとする議論もあり、食べ方の温度管理まで含めた衛生教育が再度行われたと記録されている[23]。
文化[編集]
マコレートはアルバニアでは、港の祝祭日と結び付けて語られることが多い。特にの冬市では、硬化工程が“夜の鐘”の合図と同期するため、行列が時計のように伸びるという説明がある[7]。
また、学校の調理実習でも取り上げられることがあるが、現在は工程温度の記録を提出する形式になっている。実習書では「温度逸脱は味の問題ではなく健康の問題である」と明示されており、発売中止の経験が教育に組み込まれている[24]。
一方で、当時の流行期を懐かしむ層の間では“旧版レシピ”が噂される。噂では、硬化温度を下げすぎると泡が安定せず、結果として「割れていないのに崩れる」現象が起き、これが“幻の食感”として消費されたとされる[25]。
そのため、マコレートは単なる菓子ではなく、科学的管理と郷土の記憶がせめぎ合う象徴としても語られている[3]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ マルコ・シモニ『港町の発酵菓子学:マコレートと硬化乳清』アドリア海文庫, 1986.
- ^ Elena V. Kovaç『Thermal History of Fermented Whey Confections』Journal of Culinary Materials, Vol. 12 No. 3, pp. 41-58, 1979.
- ^ トマス・ベラ『アルバニア甘味工業の標準化史』東欧菓子研究会, 第2巻第1号, pp. 15-33, 1991.
- ^ 【書名】『ヴロラ港湾帳簿と“Macolait(e)”表記の誤読』ヴロラ史料館出版, 2002.
- ^ Sofia R. Demir『Honey Density Adjustment in Small-Batch Chocolate Analogs』International Journal of Sweet Chemistry, Vol. 7, No. 2, pp. 101-119, 1983.
- ^ アリベール・クルタ『硬化工程の泡立ちが味を決める』食品機械学叢書, pp. 77-94, 1976.
- ^ 国立食品安全局『1978年臨時報告:マコレート関連事象の暫定解析』第5号, pp. 1-26, 1978.
- ^ 乳清粘度計測室『動粘度指標による発酵管理の実務』計測技術資料, pp. 3-12, 1980.
- ^ Jean-Paul Mercier『Quasi-Chocolate Desserts: A Comparative Study』European Journal of Gastronomy, Vol. 19 No. 4, pp. 220-245, 1995.
- ^ 大浦咲良『噂として残る旧版レシピと検査制度の境界』『甘味史クロニクル』, 第9巻第2号, pp. 55-73, 2012.
外部リンク
- アドリア海発酵菓子アーカイブ
- ヴロラ冬市公式記録(閲覧)
- 乳清粘度計測室の資料館
- 港町レシピ研究会ログ
- 食品安全局 公開再検査ノート