マジレース
| 読み | まじれーす |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1968年 |
| 創始者 | 佐伯真司 |
| 競技形式 | 個人・団体混成の周回レース |
| 主要技術 | 急停止再発進、重心固定、声圧同期 |
| オリンピック | 非正式競技 |
マジレース(まじれーす、英: Maji Race)は、の旧織機街区で生まれた、一定時間内に「本気度」を可視化しながら走行・減速・再加速を競うである[1]。発祥当初は工場労働者の体力測定法とされたが、のちにの制定により競技化された[1]。
概要[編集]
マジレースは、上を走行しつつ、審判が提示する「本気信号」に反応して速度変化を行い、その精度と持続性を競うスポーツ競技である。名称は「真剣に走る」ことを意味する業界用語に由来するとされるが、実際にはの織機工場で、機械停止時の再始動訓練を遊戯化したことに始まるといわれる[2]。
競技としては短距離走との中間に位置づけられ、選手は単に速いだけではなく、各周回の「マジ区間」において姿勢の崩れを抑えながら最高速度の96〜98%を維持しなければならない。こうした独特の採点体系は、内の有志研究会と、地元の実業団コーチが共同で整備したものとされている[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
マジレースの起源は、の北部にあった佐伯織機の構内運動会にさかのぼる。創始者とされるは、機械の再起動時に作業員が見せる「一瞬だけ本気になる動き」に着目し、これを走法として体系化した[1]。当初は「真顔走法」と呼ばれていたが、参加者が練習中に「マジで走れ」という掛け声を繰り返したため、のちに現在の名称が定着したという。
初期の競技では、選手がゴール直前でわざと減速し、再度全力を出し直す動作が重視された。これは工場のベルト停止試験を模したものとされ、審判は選手の顔色、肩の上がり方、呼気の乱れまで採点していた。なお、の第3回社内大会では、1レーンだけ床材が異なっていたため、平均記録が0.42秒短縮され、これが「幻の速床事件」として語られている[要出典]。
国際的普及[編集]
後半になると、の自動車関連企業を通じてマジレースは工場レクリエーションとして各地へ広がった。特にで開催された「東海本気選手権」が契機となり、観客が選手の再加速局面で拍手を送る文化が生まれたことで、競技性が急速に高まったとされる。
国際的には、にので紹介されたことを契機に、が結成された。もっとも、国外では「maji」の語感が理解されにくく、しばしば「Maximum Affective Jogging Initiative」と誤訳されたため、普及はやや遅れた。一方ででは企業対抗戦として受け入れられ、の大会で初めてアジア選手権が成立した。
ルール[編集]
試合場[編集]
試合場は、1周400メートルの楕円形トラックを基本とするが、内側に幅1.3メートルの「ため息帯」が設けられる点が特徴である。この帯域では選手は減速してもよいが、完全停止は認められない。さらに第3コーナーには「本気検知ゲート」が設置され、通過時に呼吸数と腕振り角が規定値を満たさない場合、0.5点の減点となる。
標準的な国際試合では、照明の色温度が5,600K前後に調整され、観客席には審判用の赤外線観測席が用意される。これは選手の「目の据わり具合」を判定するためであり、の技術規程第12条に基づくとされる。
試合時間[編集]
個人種目は6分1セット、団体種目は8分2セットが基本である。途中で本気信号が3回以上連続して出された場合、選手は「持続本気」と呼ばれる状態に移行し、以後の1分間は減速が許されない。これにより後半の失速が顕著になるが、逆にペース配分が巧みな選手は記録を伸ばすことができる。
ただしに制定された旧規則では、試合時間が「選手が本当に集中しきるまで」と曖昧に記されており、当時は大会ごとに平均14分から27分まで差が生じていた。現在は国際審判団の統一により、秒単位で管理されている。
勝敗[編集]
勝敗は、到達順位だけでなく、本気度指数、再加速成功率、表情維持点の合算で決まる。満点は100点で、70点以上を「達成」、85点以上を「真顔優勝」と呼ぶ。ゴール時に息が上がりすぎていると、記録が速くても減点されるため、純粋な速度競争ではない点がマジレースの核心である。
同点の場合は「沈黙再発走」と呼ばれる延長戦が行われ、審判が無音の合図を出してから最初に姿勢を崩さず走り出した者が勝者となる。この場面では観客も声援を禁じられるため、会場全体が奇妙な緊張に包まれることで知られている。
技術体系[編集]
マジレースの技術体系は、大きく、、の3系統に分かれる。初動技術では「肩先行型」と「膝先行型」が知られ、前者は都市部のトラック向き、後者は風の強い河川敷コースに適するとされる。
抑制技術では、心拍上昇を抑えるために「声を出さない呼吸法」が重視される。選手は口の中で短い母音を反復し、外見上は無言に見せながら内部のリズムを整えるのである。また、にが発表した「声圧同期理論」により、拍手のリズムに合わせて再加速する選手ほど終盤の伸びが大きいことが示されたとされる[4]。
最も高度とされるのは「マジ戻し」と呼ばれる局面処理で、失速しかけた瞬間に重心を0.8秒だけ前傾へ戻し、再び加速に転じる技法である。上級選手はこの切り替えを1レース中に平均11回行うが、国内記録保持者のはので17回成功させたと報じられた。
用具[編集]
公式用具は、軽量シューズ、反響抑制ユニフォーム、本気計測バンドの3点が基本である。シューズは前足部の反発係数が高く、かつ踵部がわずかに鈍く作られている点が特徴で、これにより選手は加速と減速を意識的に切り替えやすくなる。
本気計測バンドは、手首ではなく胸骨下に装着される珍しい器具で、脈拍変動と発声量から本気度指数を算出する。初期モデルはにの町工場で試作され、表示窓が大きすぎて観客からも値が見えてしまったため、以後は審判専用になった。
また、団体戦では「気合旗」と呼ばれる長さ28センチの小旗を携行する。これは実際には速度に寄与しないが、旗の揺れ方が美しい選手は「姿勢の説得力が高い」と評価される。なお、一部大会では過度に大きな旗が使用され、風圧で記録が伸びたとの指摘がある[要出典]。
主な大会[編集]
最も権威ある大会は、であり、毎年内の持ち回り会場で開催される。優勝者には金色の短冊状トロフィーが授与され、歴代優勝者の名前はの旧繊維会館に保存されている。
国際大会としては、が知られ、の大会では、屋外会場に突風が吹き込み、全選手の再加速タイミングがほぼ揃ったことから「風が審判をした大会」として記憶されている。また、は企業チームの参加が多く、決勝進出チームの3分の2が同じ時計メーカー系列だった年もある。
ほかに、、、などの大会が存在する。深夜大会は観客数が少ない代わりに選手の表情が極端に真剣になりやすく、記録が出やすいとされている。
競技団体[編集]
統括団体はで、の仮設競技ビルに本部を置く。協会は審判養成、用具認証、国際規則の翻訳を担い、毎年およそ3,200件のレーン認定を処理しているという[5]。加盟団体は国内で47都道府県すべてにあり、特に、、で競技人口が多い。
国際組織としてはがに事務局を置き、英語圏での用語統一を進めている。ただし、国際規程では「本気信号」に相当する英語表現が長く、試合中のアナウンスがやたら冗長になることが問題視されている。2016年の理事会では、規則文が長すぎて議事録が2冊に分冊されたことがあり、編集委員の間では今なお伝説となっている。
脚注[編集]
[1] 佐伯真司『織機街区における本気運動の成立』浜松産業文化研究所、1982年、pp. 14-29。
[2] 中村晴彦「走行行動の儀礼化と競技化」『東海体育史研究』Vol. 7, 第2号, 1991年, pp. 88-103。
[3] 日本体育協会競技開発委員会『新規競技の採点基準に関する覚書』内部資料、1974年。
[4] Margaret A. Thornton, "Affective Sprint Synchronization in Mid-Range Track Sports," Journal of Applied Kinesthetic Studies, Vol. 12, No. 4, 1999, pp. 201-219.
[5] 全国マジレース協会『令和5年度 競技登録・審判認証年報』、2024年、pp. 6-11。
[6] 田島一樹『本気と速度のあいだ』講談社スポーツ文庫、2008年、pp. 51-74。
[7] Pierre Legrand, "Le Maji: de la course d'usine au sport total," Revue Européenne de Motricité, Vol. 18, No. 1, 2005, pp. 33-49。
[8] 鈴木麻衣子「マジ区間の心理負荷に関する一考察」『日本走運動学会誌』第21巻第3号、2012年、pp. 142-156。
[9] Hans Vogel, "The Non-Stop Stop: Rule Interpretation in Maji Racing," Köln Sports Archive, Vol. 3, No. 2, 2010, pp. 9-27。
[10] 佐伯真司『真顔で走れ――工場から競技へ――』静岡出版、1978年、pp. 1-12。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真司『織機街区における本気運動の成立』浜松産業文化研究所、1982年、pp. 14-29。
- ^ 中村晴彦「走行行動の儀礼化と競技化」『東海体育史研究』Vol. 7, 第2号, 1991年, pp. 88-103。
- ^ 日本体育協会競技開発委員会『新規競技の採点基準に関する覚書』内部資料、1974年。
- ^ Margaret A. Thornton, "Affective Sprint Synchronization in Mid-Range Track Sports," Journal of Applied Kinesthetic Studies, Vol. 12, No. 4, 1999, pp. 201-219.
- ^ Pierre Legrand, "Le Maji: de la course d'usine au sport total," Revue Européenne de Motricité, Vol. 18, No. 1, 2005, pp. 33-49.
- ^ 鈴木麻衣子『マジレース技術論』学芸出版社、2011年、pp. 77-118。
- ^ 田島一樹『本気と速度のあいだ』講談社スポーツ文庫、2008年、pp. 51-74。
- ^ Hans Vogel, "The Non-Stop Stop: Rule Interpretation in Maji Racing," Köln Sports Archive, Vol. 3, No. 2, 2010, pp. 9-27。
- ^ 佐伯真司『真顔で走れ――工場から競技へ――』静岡出版、1978年、pp. 1-12。
- ^ 全国マジレース協会『令和5年度 競技登録・審判認証年報』、2024年、pp. 6-11。
外部リンク
- 全国マジレース協会
- World Maji Race Federation
- 浜松織機スポーツアーカイブ
- 東海本気競技資料館
- 日本走運動学会