マヨネーズ洪水
| 分類 | 食品流体異常現象 |
|---|---|
| 発生条件 | 低温保存中の攪拌不良、容器圧密、卵黄比率の偏り |
| 初期報告 | 1912年頃(ブリュッセル説、ロッテルダム説あり) |
| 被害形態 | 厨房、倉庫、食堂車、研究室の設備汚染 |
| 関連組織 | 欧州半固体調味料協議会 |
| 通称 | 白い津波、サラダの暴走 |
| 日本での広まり | 昭和初期の洋食普及期 |
| 代表的対策 | 逆止弁付き絞り容器、温度勾配の均一化 |
マヨネーズ洪水(マヨネーズこうずい、英: Mayonnaise Flood)は、前半ので体系化されたとされる、マヨネーズを主成分とする高粘度流体の異常流出現象である。日本では主にの一種として扱われ、の食品工学史研究ではしばしばの代表例に数えられる[1]。
概要[編集]
マヨネーズ洪水とは、保存容器内で安定しているはずのマヨネーズが、ある条件下で一斉に流動化し、床面や器具に広範囲へ広がる現象を指す。通常は食品事故として扱われるが、やの一部の古い厨房記録では、気象的・都市工学的な比喩を用いて記述されている。
この現象は単なる「こぼれ」で説明されることもあるが、にはの食塩コロイド研究室で、卵黄レシチンの配列崩壊による「半固体相転移」として再定義された。なお、後年の研究では、実際には給食室の床傾斜が極端だっただけではないかという指摘もある[2]。
成立史[編集]
起源となった調理事故[編集]
最初の記録は、港の船員食堂で起きたとされる。水兵向けの保存食として大量に仕込まれたマヨネーズが、夏季の庫内温度上昇により木樽ごと膨張し、通路へおよそ38リットルが流れ出したという。記録上は清掃事故であるが、当時の料理長であったは「白い潮が二分半で厨房を海に変えた」と証言している。
この証言は後年の新聞記者により誇張されたとみられるが、現場に残されたが48度を指していたことから、少なくとも異常発酵に近い状態は生じていたと考えられている。
学術概念への転化[編集]
、パリで開かれたにおいて、教授が「マヨネーズ洪水」という語を初めて学会発表で用いたとされる。彼は、流出した調味料が床の継ぎ目に沿って加速度的に拡散する挙動を、の氾濫モデルになぞらえて説明した。
この発表は当初は異端視されたが、会場後方にいたの留学生が詳細な速記を残し、のちにの衛生工学講座で翻訳紹介したことで、概念として定着した。高瀬のノートには、流出速度の欄に「驚くほど遅いのに止まらない」とだけ書かれており、研究者の間で長く引用されている。
昭和期の流入[編集]
8年頃から、日本の洋食店では業務用マヨネーズ缶の導入が進み、の食堂街との外国人居留地周辺で類似の事故が相次いだ。とくにの百貨店食堂で起きた「梅田第一号」は、厨房の排水溝を詰まらせたうえ、地下の仕入れ倉庫まで白い筋を引いたため、当時の新聞は「サラダ油災」と並べて報じた。
これを受けて食品衛生局は、容器の口径、内圧、室温の三要素を管理する暫定指針を通達したが、実際には現場ごとの経験則に依存しており、統一基準が整うのはの「調味料容器取扱要領」まで待たねばならなかった。
発生機構[編集]
マヨネーズ洪水は、卵黄に含まれる乳化成分が低温下で部分結晶化し、攪拌や衝撃を契機に粘度勾配が崩れることで起こると説明される。もっとも、実験室では同条件でも再現率が37%前後にとどまり、研究者のあいだでは「容器を見ていると起こりやすい」という半ば迷信めいた経験則も共有されていた。
のの報告では、深さ12センチ以上の深型容器を用いた場合、注ぎ口からの初動が不均一になり、いったん流れ出した後の停止が極端に遅れることが示された。また、テーブルのわずかな傾きが災害規模を左右することも確認され、1/80勾配の床では被害面積が平均で2.3倍に拡大したとされる[3]。
主要事例[編集]
ブリュッセル中央駅食堂事件[編集]
に起きたとされる最も有名な事例である。列車の遅延により温め直されたサンドイッチ用マヨネーズが、保温庫の故障で一気に流出し、駅食堂の床面17平方メートルを覆った。被害の処理にが派遣されたが、現場指揮官は「火災ではないのに泡が必要だ」と述べ、結局は木べらと乾パンで境界を作るという奇策が採られた。
神戸外国人居留地の夜会[編集]
、神戸の社交クラブで行われた晩餐会において、魚介サラダ用の大型ディスペンサーが天井近くの棚から落下し、約11リットルがカーペットへ浸透した。絨毯の模様が白く歪んだことから、出席者の一人は「まるで潮位が上がったようだ」と記した。この逸話が、のちに日本のホテル業界で容器固定義務の議論を呼んだ。
ロンドン大学化学棟の実験事故[編集]
、の化学棟で、学生が油水分離の比較実験に用いるはずだったマヨネーズを遠心分離機にかけた結果、ふたの隙間から白い霧状の飛沫が噴出した。講義室の窓にまで付着したため、翌週の掲示板には「the mayonnaise incident」とだけ貼り出され、以後、学部生の間では不器用な実験の隠語として定着した。
札幌冬季倉庫崩落[編集]
、の業務用倉庫で、低温保存された業務用樽が積雪による振動でずれ、棚下のパレットを押し流した。地元紙は珍しく一面で報じ、被害額は容器代、清掃費、廃棄処理を含めて約620万円とされた。なお、同倉庫では同年中に再発防止策としてマヨネーズ専用の防潮堤のような仕切りが設けられたが、写真を見るとほとんど小さな堰である。
社会的影響[編集]
マヨネーズ洪水は、食品工学だけでなく建築、物流、外食産業にも影響を与えたとされる。とくに以降、業務用厨房では床材の摩擦係数に関する規格見直しが進み、は「滑らない床は、拭き取れない床より高価である」という有名な勧告を出した。
また、学校給食では個包装化が進み、には一部自治体で「一人当たり15グラム以下」のマヨネーズ提供基準が採用された。これは衛生上の理由とされたが、実際には児童が容器を握りつぶして噴出させる被害が多発したためであるともいわれる。
批判と論争[編集]
この概念には当初から懐疑論が多く、にはのが「マヨネーズ洪水は現象ではなく、清掃不備を文学化したものにすぎない」と批判した。これに対し支持派は、床を伝う粘性流体の進展が通常の液体と異なることを示し、少なくとも比喩としては独立した分類が妥当であると反論した。
一方で、のの内部文書では、報告件数の約4割が単純な容器転倒で説明可能であったとされる。ただし、同文書には「現場担当者が見た白い広がりを何でも洪水と呼ぶ傾向がある」との記述もあり、後年の編集で削除された可能性が指摘されている[4]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Henri Delacroix-Simon『Études sur l'écoulement mayonnaiseux』Presses Universitaires de Bruxelles, 1928, pp. 14-39.
- ^ 高瀬達之助『洋食調味料ノ流動学的研究』東京帝国大学出版会, 1930, pp. 61-88.
- ^ M. R. van Dijk, “On Semi-Solid Condiment Floods,” Journal of Culinary Fluid Mechanics, Vol. 12, No. 3, 1959, pp. 201-227.
- ^ 岡村栄一『厨房衛生と白色流体災害』南山堂, 1962, pp. 103-146.
- ^ E. Koster, “The Myth of Mayonnaise Flood,” Maastricht Review of Applied Gastronomy, Vol. 7, No. 1, 1974, pp. 5-19.
- ^ 井上房子『業務用調味料容器の安全設計』日本調理科学会出版部, 1979, pp. 44-72.
- ^ S. L. Whitmore, “Gravity, Viscosity, and Buffet Disasters,” Proceedings of the Royal Tabletop Society, Vol. 21, No. 4, 1985, pp. 311-334.
- ^ 山辺修一『マヨネーズ洪水の社会史』講談社選書メチエ, 1991, pp. 9-58.
- ^ 国際調味料安全委員会編『白い潮流に関する暫定報告書』ジュネーブ事務局, 1984, pp. 2-17.
- ^ L. Fortier, “Mayonnaise Floods in Urban Infrastructure,” European Journal of Domestic Hazard Studies, Vol. 3, No. 2, 1998, pp. 77-95.
外部リンク
- 欧州半固体調味料協議会アーカイブ
- 東京食品工学史資料室
- 国際調味料安全委員会
- 白い災害データベース
- マヨネーズ洪水研究会