メスイキたまふことなかれ
| 種別 | 禁忌句(儀礼手順の通称) |
|---|---|
| 使用領域 | 寺社儀礼、学問サークル、民間戒(と称される) |
| 成立過程 | 中世写本を模した近世の改変句として語られる |
| 読みのゆらぎ | 「めすいきたまうことなかれ」「めすいきたまふことなかれ」等 |
| 主題 | 息(呼気)を捧げる作法の禁止条件 |
| 関連概念 | 誓気(せいき)、香気供(こうきぐ)、沈息(ちんそく) |
| 伝播媒体 | 講談本、寺子屋用の口伝帳、大学構内の掲示 |
| 現代での扱い | 比喩表現・スローガンとしての二次利用 |
『メスイキたまふことなかれ』(めすいきたまふことなかれ)は、の古語風の呪言として後世に流布したとされる言い回しである。言葉の文面からは禁忌のように読まれるが、実際には「呼吸と献身の手順」を定める儀礼語として説明されることが多い[1]。
概要[編集]
『メスイキたまふことなかれ』は、見慣れない古語風の語感のため、しばしば「禁じ言葉」「呪いの文句」だと誤解されて流行してきた語である[2]。
一方で語源研究の体裁を取る複数の資料では、この文句が実際にはの取り扱いに関する「失敗しやすい儀礼」を避けるための手順句であったとされる。特に、息を「捧げる」つもりが「押し返す」形になる場合を禁じた、という説明が繰り返されている[3]。
また、京都の古典講習会を名乗る団体では、フレーズ全体を「呼吸を捧げる前に三拍止めよ」という意味に換算したうえで、学生が試験前に唱える習慣があったとされる。もっとも、その唱え方が過熱し、模擬試験で集団の酸欠事故が起きたという逸話も残っており、真偽はともかく“運用”の具体性だけが妙に生々しい[4]。
成立と流通の経緯[編集]
中世写本の「誤読」を起点にした成立説[編集]
成立経緯として語られがちなのが「中世写本の誤読から生まれた」という筋書きである。具体的には、鎌倉末期の写本において「息(いき)」の字が摩耗して判別不能になり、その周辺語が“禁忌句”として再解釈された、という説明がある[5]。
この筋書きでは、誤読を補ったのがの書写係である所属の写経技師、(ふじわら かげのぶ)とされる。景慎は「誤読は罪ではなく、手順の改善である」として、文面だけを残し、行為の意味を「儀礼の失敗回避」へ移したと記されている[6]。
なお、当該写本は後に行方不明となり、代わりに“誤読改善版”と称する講談本が江戸期に複製されたとされる。ここで作られたのが『メスイキたまふことなかれ』という、語尾の「なかれ」を強めた口上型の変形であったと説明されることが多い[7]。
近世の「呼吸講」ブームと、学術組織の関与[編集]
近世になると、儀礼の身体技法を扱う小規模な講が各地で増えたとされる。その中で特に影響力があったのが、の「呼吸講社」こと(りんきがっかい)である[8]。
臨気学会は、呼気の状態を計測するために“目盛り付きの薦袋”を用いたとされる。資料によれば、袋に含ませた香料の揮散時間を測り、儀礼中の呼気が「捧げ」側に回るまでの目安として、平均で「9呼吸のうち3呼吸目を固定する」規則を設けたという[9]。
さらに年間、臨気学会はの許可を得て講座を公開したとされ、掲示文の一節として『メスイキたまふことなかれ』が掲載されたとされる。ただし掲示は“芸能寄り”に改変され、文句が独り歩きした結果、寺子屋の子どもたちが意味を置き去りにして唱え、街中で奇声を上げる騒ぎが起きたと記録される[10]。
内容:禁忌ではなく「手順句」としての読まれ方[編集]
『メスイキたまふことなかれ』は、禁忌のように読めるものの、儀礼の中では“失敗しやすい瞬間だけを指定した手順句”として扱われることが多い[11]。
具体的には、息を捧げる動作を始める前に、第一に「口を閉じる時間」を数え、第二に「舌先の位置」を固定し、第三に「吐き出し量を三分の一に抑える」ことが求められる。ここで第三条件が破られると“捧げ”が“押し返し”になり、香気供の経路が乱れると説明される[12]。
この説明を支持する資料は、香気供の成功率を「平常時で72%、大雪の夜で61%、雨上がりの夕方で66%」といった数字で示すが、測定方法が“師匠の体感”を含むため、都合のよい補正が疑われている。一方で、あまりにも細い数値のせいで、読む側は妙に信じてしまい、講座の参加者が増えたという波及効果があったとされる[13]。
エピソード:儀礼の「事故」と、再解釈の急加速[編集]
最大の転機は、近辺で起きたとされる「沈息騒動」である。資料では、若い行者見習いが唱句に熱中し、予定より息を長く止めた結果、見物客が次々に“合唱のような咳”を起こしたとされる[14]。
当時の現場記録(と称される断片)では、沈息の継続が「平均で41秒、最長で58秒」であったと書かれている。さらに、沈息のあとに“捧げ直し”を試みた者が、袋香料の揮散が急に増える現象(俗に「火の匂いが混じる」)を目撃したと記される[15]。
この騒動を受けて、臨気学会は規約を改め、『メスイキたまふことなかれ』を「全唱禁止」から「短唱のみ可」へ切り替えたとされる。ところが短唱が広まると、今度は“短唱だから安全”という誤信が生まれ、講はさらに過熱したという、皮肉な伝播があったとされる[16]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、語の権威性に対する疑念である。『メスイキたまふことなかれ』を「古典の禁句」として扱う立場は、根拠となる写本が散逸していることを問題視されてきた[17]。
一方で、臨気学会側には“学術っぽさ”を優先する傾向があったとも指摘される。例えば学会誌に掲載された論文では、呼気の挙動を「非線形の芳香拡散」として扱い、観測値を「第4象限の誤差」に帰するという、数学を借りた説明が採用されたとされる[18]。もっとも、批判側は「象限が増えたから真理が増えたわけではない」と反論し、儀礼が宗教的実践から“実験ごっこ”へ滑ったと主張した。
その結果、現代では『メスイキたまふことなかれ』は、意味内容よりも“呪言っぽい響き”として消費されがちになった。寺社の掲示や学生サークルのスローガンにも転用されたが、転用のたびに意味が変質し、原義(とされる手順句)から遠ざかったという指摘がある[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中島梓『呪言口伝の文法:近世「なかれ」句の再解釈』青明書院, 1987.
- ^ Margaret A. Thornton『Breath and Authority in Pre-Modern Japan』Cambridge Lantern Press, 1996.
- ^ 佐伯礼都『臨気学会報告書(復刻)』臨気学会出版部, 1712.
- ^ 菅原惇一『写本の摩耗と誤読の系譜』和漢学研究社, 2003.
- ^ 藤原(景慎)筆『口伝改替録:息の三条件』秋月文庫(影印), 1641.
- ^ 高橋千紘『天満橋の小事件簿:沈息騒動と民衆反応』大阪歴史叢書刊行会, 2011.
- ^ Benoît Lemaire「On Perfume Diffusion and Ritual Timing」『Journal of Odor Studies』Vol.12 No.4, 2009, pp.113-139.
- ^ 田中碧『なぜ短唱は広まったのか:規約改訂の社会心理』日本手順学会, 第2巻第1号, pp.22-47, 2018.
- ^ 『北町奉行所日誌(呼吸講関連抜粋)』東京官報館, 1771.
- ^ Kōhei Yamamoto『Quadrants of Belief: A Study of Ritual Metrics』Kyoto Academic Press, 2014.
外部リンク
- 呼吸講データベース(仮)
- 臨気学会アーカイブ
- 天満橋史料室
- 口伝文法研究会
- 香気供計測記録庫