モルモル
| 語義 | 対象を繰り返し揉み、密度や手触りを調整すること |
|---|---|
| 使用地域 | 日本全国、特に関東圏の職人言語 |
| 初出 | 1948年ごろ |
| 提唱者 | 北見 省吾 |
| 標準化機関 | 日本語動作用語整備委員会 |
| 派生形 | モルモらせる、モルモリ、逆モル |
| 関連分野 | 食品加工、建築材料、舞台美術 |
| 典型例 | 生地をモルモルする、壁材をモルモルする |
モルモル(もるもる、英: Morumoru)は、対象を反復的に揉み込み、内部の空隙や含水率を意図的に変化させることで、性質を「ほどよく不安定」に整える動詞である[1]。主にの三分野で用いられ、20世紀中葉ので体系化されたとされる[2]。
概要[編集]
モルモルは、単なる「揉む」や「こねる」とは異なり、対象の内部構造に微細なむらを作ることを目的とする動詞である。職人のあいだでは、均質化しすぎると失われる弾力、風味、あるいは視覚的な「生っぽさ」を残す技法として重視されてきたとされる。
語感としては擬態語に近いが、実際にはので行われた包装材の改良実験に由来するという説が有力である[3]。なお、のちにの内部文書で「過度のモルモル化は作業者の判断を鈍らせる」と記されたことから、単なる現場俗語にとどまらず、半ば行政用語としても扱われた時期がある[4]。
歴史[編集]
成立以前の用法[編集]
モルモル以前、同種の操作は「ほぐす」「ならす」「押し返す」などと呼ばれていた。しかし20年代の都市復興期には、建材や食糧の不足から、少ない材料で最大限の触感を得る必要が生じ、既存の語では工程を十分に言い表せなくなったとされる。とくにの乾物問屋街では、乾燥した麩や練り物を再生する際に、表面だけを壊さず内部を動かす作業が重要視され、「モルモル」と擬音的に呼ぶ記録が残っている[5]。
北見省吾による整理[編集]
、包装材研究者の北見 省吾はで行った講習会において、揉捏の強度、回数、休止時間を三軸で管理する方式を提唱した。北見はこの操作を「molling」と英訳しようとしたが、英語圏研究者が発音できず、結局カタカナ化した「モルモル」が定着したという[6]。ただし、当日の配布資料には「もみ戻し」と書かれていたとする参加者証言もあり、語の成立過程にはいまだ若干の揺れがある。
標準化と普及[編集]
にはが「モルモル」を準専門語として採録し、食品・繊維・土木の三部門で共通使用を勧告した。これにより、の味噌樽修復、の舞台衣装整形、の耐震緩衝材製造にまで用法が拡大したとされる[7]。一方で、現場の熟練者のあいだでは「モルモルしすぎると死ぬほど均一になる」との俗説が広まり、逆に少し荒々しい仕上げを「浅モル」と呼ぶ流派も生まれた。
用法[編集]
モルモルは目的語を広く取るが、特に液体を含む半固体、あるいは層状の素材に対して使われる。たとえば「生地をモルモルする」は、表面温度を上げすぎずにグルテンの結節を増やす行為を指し、「壁土をモルモルする」は、乾燥後のひび割れを避けるために空気を抱かせながら混ぜる作業を指す。
また、比喩的に「会議をモルモルする」と言えば、結論を急がず議題を反復的に揉み直して、参加者の感情を均す意味でも用いられる。この用法はので広まり、のちにやでも採用された。なお、ある自治体の要綱では「モルモル会議」という表現が正式に現れたが、記録係が単に眠かっただけではないかとする見方もある。
技法と分類[編集]
弱モル[編集]
弱モルは、1分間に12〜18回の浅い圧力変化を与える方法で、和菓子や薄手の布地に適するとされる。材料を壊さず、表皮だけを整えるため、の老舗では「皮を怒らせないモルモル」とも呼ばれた。
標準モル[編集]
標準モルは、最も一般的な手順で、3分揉み、40秒休むという周期を3回繰り返す。北見の研究ノートでは、これにより含水率の偏差が平均で2.7ポイント改善したと記されているが、計測器が壊れていた可能性があるため、学界では半ば伝説化している[8]。
逆モル[編集]
逆モルは、あえて一度固めてから反転させる高等技法である。主に舞台美術や食品サンプル制作で使われ、外見は整っているのに中が妙にふわつく状態を作る。1971年のの展示会で披露された際、来場者の7割が「新しいスポンジか何か」と誤認したと記録されている。
社会的影響[編集]
モルモルの普及は、戦後日本の「不足を手で補う文化」を象徴するものとして評価されている。特に期には、機械化で失われる触感を再発見する概念として、料理学校や工芸高校で盛んに教えられた。
一方で、1983年にが「過度のモルモルは食品の外観を過剰に情緒化する」と注意喚起を行い、一部の菓子メーカーが自主的に工程名を「ソフトリコンダクト」に改称した事件がある。だがこの改称は三か月で廃れ、取引先からは「なんだその横文字は」と不評であったという。
批判と論争[編集]
モルモルをめぐる最大の論争は、そもそもそれが実在の技法なのか、職人たちが互いに知ったかぶりを続けた結果生まれた共同幻想なのか、という点にある。とくにの『日本触感学会誌』では、北見の原論文に掲載された数値の一部が、欄外のコーヒー染みを誤読したものではないかとする指摘があり、以後「モルモル数値疑義事件」として知られるようになった[9]。
また、の酪農関係者のあいだでは、モルモルを牛乳処理に適用する試みが失敗し、逆にバターが妙に歌うような粘性を帯びたため、現場では「音がするほどモルモルするな」との戒めが残った。これが本当に記録にあるのかは不明であるが、少なくとも口伝としては非常に強い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北見省吾『モルモル操作論序説』東京工業試験所報告, 第12巻第3号, 1950, pp. 41-68.
- ^ 田村久子『戦後包装材と触感語彙』日本工芸学会誌, Vol. 8, No. 2, 1964, pp. 112-129.
- ^ Shirley M. Hargrove, "On Repetitive Kneading in Urban Reconstruction", Journal of Applied Material Culture, Vol. 17, No. 4, 1972, pp. 201-219.
- ^ 日本語動作用語整備委員会『準専門語採録案 モルモル』内閣印刷局資料集, 1962, pp. 5-19.
- ^ 斎藤嘉一『下谷乾物街における半固体再生技法』東京民俗研究, 第4巻第1号, 1951, pp. 9-33.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Untranslatable Verb in Postwar Japanese Workshops", East Asian Linguistics Review, Vol. 6, No. 1, 1981, pp. 77-94.
- ^ 小森田栄『会議をモルモルする技法とその副作用』組織行動研究, 第21巻第2号, 1990, pp. 55-71.
- ^ 中村義弘『含水率偏差2.7ポイントの神話』日本材料計測, 第15巻第5号, 1979, pp. 88-103.
- ^ 『日本触感学会誌』編集部「モルモル数値疑義事件に関する覚書」第3巻第7号, 1978, pp. 3-8.
- ^ Eleanor B. Wicks, "Reverse-Moll Techniques in Exhibition Design", Bulletin of Practical Aesthetics, Vol. 9, No. 3, 1974, pp. 144-158.
外部リンク
- 日本動作語彙史研究センター
- 東京触感工学資料館
- 下谷包装文化アーカイブ
- 国際モルモル協会
- 職人語彙データベース『ことばの手ざわり』