モンロー先輩の割れ目に竿をすーりすり
| 行事名 | モンロー先輩の割れ目に竿をすーりすり |
|---|---|
| 開催地 | 東京都渋谷区・白百合稲荷神社 |
| 開催時期 | 毎年 8月16日(前夜祭は8月15日) |
| 種類 | 五感祈願を伴う町内巡礼・奉納曲芸 |
| 由来 | 下宿の先輩「モンロー」の合図で始まったと伝えられる |
| 参加作法 | 鈴木色の竿を用い、指定の「すーり」動作を3回反復する |
(もんろーせんぱいのわれめにさおをすーりすり)は、のの祭礼[1]。期より続くのの風物詩である。
概要[編集]
は、に奉納される「摩擦祈願」型の祭礼である。町内の若者が木製の竿を持ち、御神体に見立てられた銘板の溝へ「すーりすり」と滑らせる所作を行うことが特徴である。
この所作は単なる滑稽さとして扱われがちだが、当初は「夏の煩(わずら)い」を皮膚感覚で祓う儀として整備されたとされる。実際、祭礼の根幹には、湿気による怠さを“音と摩擦で可視化して解体する”という観点があったと記録されている[1]。
名称[編集]
名称は口伝の段階で変形しつつ固定化され、特に戦後から「モンロー先輩」の呼称が定着したとされる。由来としては、学生寮で流行した“合図口上”が、のちに祭の詠唱へ転用されたという説がある[2]。
なお、祭礼名の「割れ目」は、御神体の台座に刻まれた逆V字の刻線を指すと説明されることが多い。御神体は地域の職人が「不揃いな溝ほど神意が入りやすい」との理由で手作業で彫ったため、年ごとに微妙な形状差が出たとされる[3]。この“揺れ”を笑いながら尊ぶ態度が、名称の過激さを許容した面もあるとされる。
由来/歴史[編集]
寮歌転用説(主流)[編集]
祭礼はの旧制下宿「白百合寮」に由来するという説が最も支持されている。昭和初期、寮の先輩「モンロー(通称)」が、夏の夜に不眠を訴える後輩へ“温度のある合図”を教えたとされる。合図は「竿をすーりすり、3回で十分」という口上で、後輩が手のひらの感覚を取り戻すことで落ち着いたという[4]。
その後、白百合寮がの境内に仮移転した際、口上が神事の詠唱として取り込まれたとされる。記録では、最初の奉納は「竿の滑走距離がちょうど7.2センチメートルになった年」が“当たり年”として語り継がれており、以後の作法にも影響したとされる[5]。
工芸組合主導説(補助線)[編集]
一方で、後年の職人連盟が、湿気の多い8月に“道具の表面をならす”技術を祭に組み込んだという見方もある。とくに木工と金物加工に関わる組織が、清めの工程を統一するため、摩擦の回数と角度を標準化したとされる[6]。
ただしこの標準化は、現場の逸脱を笑って許す文化と矛盾しなかった。たとえば「すーり」の角度は毎年“人の癖”が出るように意図的に規定され、指先の不均一が神意になるという説明が採用された。ここから祭礼名の“すーりすり”が、単語としても“滑る音”を残す形で定着したとされる[7]。
日程[編集]
では前夜祭としての夜に「竿のならし祈願」が行われる。参加者は各自の竿を持参し、境内の水鉢(御手洗の模造)で軽く湿らせたのち、無言で三往復する作法が定められている[8]。
本祭はである。夕刻に神職が合図の鈴を鳴らし、町内が輪になって順番を作る。最後に「すーりすり三回」の所作が一斉に行われ、終了後は“擦れた音”を模した即興の奉納曲が流れるとされる[9]。なお、雨天の場合は御神体の刻線部分にだけ薄い紙垂が増やされ、摩擦音が聴覚的に聞き取りやすく調整されることがある。
各種行事[編集]
各種行事は大きく「奉納・巡礼・祝詞」の三要素に分かれると説明される。奉納は竿を用いた所作が中心であり、指定の滑走方向は“境内の方位札”が指す角度(概ね南西から北東)とされる[10]。
巡礼では、町内の商店街のアーチをくぐる「感覚回収の行進」が行われる。行進の途中で子どもが“お守りの溝”と呼ばれる小さな木片を拾い、最後に御神体へ返す。これにより“摩擦で失われた細やかな不安”を再回収する儀とされる[11]。
祝詞の場面では、唱える文句が妙に口語的である点が特徴である。「先輩の割れ目が呼ぶ」という比喩を含むため、真面目な学者ほど記録の判読に手間取ったとされる。しかし地元はそれを笑いに変え、「読める者は読み、読めない者は声だけで参加する」形式に落ち着いている[12]。
地域別[編集]
では所作の“回数”が最重要とされ、竿の滑走回数がの厳密性として語られる。対して近隣のでは「すーり」の速度が重視され、早すぎると“熱が神域に残る”、遅すぎると“怠さが残る”と説明される[13]。
さらにの一部では、竿の色に細かな作法があるとされる。古い言い伝えでは、年の平均気温がを超えると“鈴木色”が推奨されるという。鈴木色とは、職人が廃材染料に鉄粉を混ぜた結果として得られる赤褐色の通称であり、たびたび取材を受けつつも定義が曖昧なため、外部者が真似をすると逆に外れ年扱いになるとされる[14]。
ただし、どの地域でも共通しているのは「神事を笑いに変換する寛容さ」である。実際、祭礼当日は“すーり”の失敗談が許され、滑らせ損ねた者が翌年の鈴役に抜擢される慣習があるとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤圭介『東京下町の摩擦祈願:夏の所作体系(第1巻)』白百合民俗学会, 1987.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritual Acoustics in Urban Shrines: A Comparative Note』Journal of Everyday Mythology, Vol. 12, No. 2, pp. 41-63, 1994.
- ^ 佐々木文麻『白百合稲荷神社の刻線史料:逆V字の神意』渋谷区文化記録刊行会, 2001.
- ^ Hiroshi Kuroda『On “Suri-suri” as a Community Memory Marker』Asian Folklore Review, Vol. 27, No. 1, pp. 9-27, 2012.
- ^ 菊地理央『祭名の口伝変異と方言処理:モンロー先輩の事例』国語民俗研究, 第5巻第3号, pp. 88-105, 2009.
- ^ 笠井健人『木工染料の地域分布と祭具運用:鈴木色の検証』工芸史研究, Vol. 19, No. 4, pp. 201-226, 2016.
- ^ 神田みのり『夏の煩いを祓う五感儀礼』祭祀行動科学紀要, 第8巻第2号, pp. 33-52, 2020.
- ^ 伊達昭彦『湿気時代の道具儀礼:作法の速度論』中央技術民俗叢書, pp. 15-44, 1999.
- ^ “白百合稲荷神社 年中行事帳(抄)”『渋谷学叢書』第3号, 1976.(ただし抄録の体裁は後年の整形と指摘される)
外部リンク
- 白百合稲荷神社 祭礼アーカイブ
- 渋谷感覚回収行進 実行委員会メモ
- 摩擦音の神学 研究会ページ
- 鈴木色 染料データベース(非公式)
- 東京下町 口伝辞典