ヤジュミエール症候群
| 分類 | 架空の神経心理学的症候群 |
|---|---|
| 初報告 | 1919年頃 |
| 提唱者 | オーギュスト・ヴァレラン |
| 主な研究拠点 | パリ、ブリュッセル、神奈川 |
| 関連領域 | 精神医学、言語学、舞台芸術 |
| 典型症状 | 語尾の伸長、首肯の遅延、果実名への過剰反応 |
| 診断法 | ヤジュ時計法、三拍子読誦試験 |
| 国際コード | JY-17(通称) |
ヤジュミエール症候群(ヤジュミエールしょうこうぐん、英: Yajumiere syndrome)は、後半ので報告されたとされる、言語・姿勢・嗜好の三領域にまたがる稀な適応障害である。ので体系化されたという説が広く流布している[1]。
概要[編集]
ヤジュミエール症候群は、会話中に語尾が不自然に伸びる、相づちの速度が一定の拍で遅れる、ならびに「や」「じゅ」「みえ」「る」といった音節を含む語に過敏な反応を示す状態を指すとされる。初期の文献ではの一亜型として扱われたが、のちにとの境界領域に置かれるようになった[2]。
この概念は、後の都市生活で増加した「会話のテンポ不調」を説明するために作られたという説が有力である。一方で、発症者の多くが、、といった雑音環境でのみ症状を強く示したため、当時の研究者のあいだでは「文明病の一種」と呼ばれていた[3]。
歴史[編集]
パリでの初期報告[編集]
、第6区の私設診療所で、オーギュスト・ヴァレラン医師が「語尾反復と顎関節の軽い痙攣を伴う青年期患者」17例をまとめた覚書を残したとされる。患者の半数が周辺の印刷工であったため、ヴァレランはこれを活字疲労の副作用とみなしたが、のちに同僚のが「やじゅ」と発声した直後にノートを落とした逸話から、症候群名が定着したとされる[4]。
ただし、この命名の経緯には異説があり、もともとは患者が口にした果物サラダの銘柄「Yazumière」に由来するという主張もある。後年の調査では、その果物サラダが診療録の余白に書かれた広告であったことが判明したが、学会では長く無視された。
ブリュッセル学派の拡張[編集]
に入ると、の言語病理学者エティエンヌ・デュクロが、ヤジュミエール症候群を「音節回避と過剰同調の可逆的混合」と再定義した。彼は被験者32名にを聞かせながら「やじゅみえーる」と3分間朗読させ、拍数が1分あたり4〜7回ずれる者を陽性と判定した[5]。
この方法は当時としては異様に精密であったが、同時に被験者の8割が笑いをこらえきれなかったため、のちに「診断法そのものが発作を誘発する」と批判された。もっとも、デュクロはこの現象を「共鳴性の高い病態」として逆に評価し、学派の権威を高めたとされる。
日本への伝播[編集]
日本では初期、の耳鼻咽喉学講座に留学していたが、帰国後に「ヤジュミエール様呼吸変調」として紹介したのが最初とされる。西園寺はの臨海療養所で47例を集計し、うち12例が雨天時に悪化、9例がの皮むきで軽快したと報告した[6]。
この「みかん療法」は当時かなり真剣に受け止められたが、実際には患者の手を動かして会話の緊張をそらすだけだったとみられる。なお、西園寺の診療録には「みかんを剥く速度が3秒以内の者は予後良好」と書かれており、のちに扱いの典型例として医史学者に引用された。
症状[編集]
典型例では、会話の終端で語尾が2拍以上引き延ばされ、次の発話までに不自然な沈黙が挿入される。また、本人は自覚しないまま上体をわずかに前傾させ、相手が「了解」と言った瞬間に首を0.8〜1.2秒遅れて縦に振ることが多いとされる[7]。
さらに、食卓では、、などの柔らかい音の果物名に反応しやすく、会話がその話題に移ると声量が平均17%上昇するという報告がある。これは感情の高ぶりではなく、子音の配置に対する防衛反応であると説明されたが、現代の研究者の一部は単に果物が好きだった可能性を指摘している。
診断[編集]
ヤジュ時計法[編集]
診断の古典的手法として知られるは、被験者の前に秒針のある置時計を置き、60秒間に「や」「じゅ」「みえ」「る」を何回無意識に反復するかを観察するものである。陽性例では、秒針が12を指すたびに語尾が揃うという奇妙な同期現象が観察されたと記録されている[8]。
この方法は見た目の厳密さに反して、観察者の筆記速度に大きく左右されるため、実地では再現性が低かった。それでものでは「症候群の本態に迫る」と絶賛されたという。
三拍子読誦試験[編集]
もう一つの有名な検査は、患者にの拍に合わせて短文を朗読させる三拍子読誦試験である。正常者が滑らかに読める短文でも、ヤジュミエール症候群患者では第2拍目に必ず息継ぎが入り、その直後に「です」を「でぇす」と発音する傾向があるとされた。
検査票には「朗読中に机の角を3回なでる癖がある場合、慢性化の恐れ」との注意書きがあり、実際には検査者の癖を記録していたのではないかとする研究もある。
治療[編集]
治療には、、、および果物名を一定間隔で読み上げる「音節脱感作法」が用いられたとされる。とくに1930年代のでは、患者にの伴奏で「やじゅみえーる」を唱和させる集団療法が流行し、3週間で58%が「症状の自覚をやめた」と報告された[9]。
また、の一部施設では、症状が強い患者に対し、朝食時のみではなくを塗ったパンを与える独特の食事療法が行われた。これが有効だった理由については、塩分ではなく「語感の切れ」が効いたのだと説明されたが、単に食欲が落ちたためではないかとも言われている。
社会的影響[編集]
後半には、ヤジュミエール症候群は新聞の生活欄にも取り上げられ、都市部の若者の間で「語尾を伸ばさない」ことが一種の教養とみなされる風潮を生んだ。これにより、の案内放送やのアナウンサー養成にも影響が及び、発声講座の受講者数はに前年対比で14%増加したとされる[10]。
一方で、症候群名が語感のよさから軽い冗談として消費された結果、患者が真剣に訴えても「ヤジュってるだけではないか」と扱われることがあった。このため患者団体はにで声明を出し、病名の安易な流用をやめるよう求めたが、声明文の末尾に誤って「なお梨は別腹である」と書かれていたため、翌日の紙面で大きく茶化された。
批判と論争[編集]
以降、ヤジュミエール症候群は診断基準の曖昧さから強い批判を受けた。とくにのニコラス・ペインは、既報例の多くが「発声練習中の健常者」だった可能性を示し、17症例のうち11症例は訓練用の記録用紙を読み違えただけと論じた[11]。
それでも擁護派は、症候群の本質は病理ではなく「都市生活における言語の間合いのずれ」であると主張した。なお、1992年の国際シンポジウムでは、質疑応答の最中にマイクが故障し、全員が1分半ほど無言になったため、会場の半数が「症状の再現だ」と拍手したという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Auguste Valeran, "Note sur les troubles syllabiques post-guerre", Revue de Médecine Parisienne, Vol. 12, No. 3, pp. 41-58, 1920.
- ^ Etienne Duclos, "Synchronisation tonale et syndrome yajumier", Annales de Phoniatrie, Vol. 4, No. 1, pp. 2-19, 1926.
- ^ 西園寺信太郎「臨海療養所におけるヤジュミエール様症候群の47例」『耳鼻咽喉学雑誌』第18巻第2号, pp. 113-129, 1932.
- ^ Madeleine Briot, "Sur le réflexe de courtoisie retardée", Bulletin de la Société Neurolinguistique, Vol. 7, No. 4, pp. 201-215, 1921.
- ^ Nicolas Payne, "Reassessing the Yajumiere cases", Journal of Irregular Psychopathology, Vol. 19, No. 2, pp. 88-104, 1974.
- ^ 河合辰夫「三拍子読誦試験の再検討」『神経と音声』第9巻第1号, pp. 17-33, 1948.
- ^ H. Verlaine, "La méthode de l'horloge et ses dérives cliniques", Archives Médicales Comparées, Vol. 15, No. 6, pp. 300-318, 1930.
- ^ 清水芽衣子「都市生活と語尾延長症候群」『現代生活医学』第3巻第5号, pp. 55-71, 1961.
- ^ Pierre Montal, "Fruit names as triggers in postwar language disorders", Journal of Applied Neurosemiotics, Vol. 8, No. 2, pp. 144-160, 1955.
- ^ 『ヤジュミエール症候群診断便覧 第3版』、ブリュッセル言語障害研究所、1968年.
外部リンク
- 国際ヤジュミエール学会
- パリ言語症候群アーカイブ
- 日本臨海発声研究所
- ブリュッセル神経音節資料館
- 都市会話病理オープンコレクション