ヤッピーダンス
| 分野 | ダンス/サブカルチャー |
|---|---|
| 起源とされる時期 | 1987年頃 |
| 主要動作 | 手拍子→45度回転→即興スキップ |
| 流行地域(伝承) | 周辺 |
| 関連する音響文化 | 街頭のスピーカー・サンプリング |
| 特徴 | 参加者の「歓声」を動作として扱う |
| 派生 | ヤッピーパルス、ヤッピー手拍子協定 |
ヤッピーダンス(英: Yappy Dance)は、手拍子と短いステップを組み合わせ、即興性の高い動作を反復する「広場型ダンス」として説明されることが多い。特に1980年代後半に若年層のコミュニティで流行したとされ、音楽産業や都市の公共空間の使われ方にも影響したとされる[1]。
概要[編集]
ヤッピーダンスは、観客ではなく「参加者全員」がリズムの生成者として扱われる点に特徴があるダンス様式である。一般には、(1)短い手拍子、(2)一定角度での回転、(3)着地の間に1拍だけ“叫び”を挟む、という三要素の組み合わせとして説明されることが多い。
この形式は、ダンスが本来持つ身体技法に加えて、声・拍・空間占有のタイミングを統合して成立させる考え方に基づくとされる。なお、学術的には「即興行為を同期させるための社会的プロトコル」と位置づけられる場合もあり、後述するようにイベント運営や広告施策と結びついて発展したとされる[2]。
当時の記録では、最初に“ヤッピー”という掛け声が定着したのはの路上ライブ会場ではなく、なぜか“小学校の体育館の照明”が原因だったとする証言が残っている[3]。この種の逸話は、ヤッピーダンスが単なる動作ではなく、場所の仕様とセットで語られやすいことを示すものとして引用されている。
歴史[編集]
起源—「歓声の拍」問題から生まれたとされる経緯[編集]
ヤッピーダンスの起源については、いくつかの説があるが、とりわけ有力とされるのが「歓声の拍」問題に対処するために考案されたという説明である。1980年代半ば、都市部の路上イベントでは、曲のテンポに対して歓声がばらつき、会場の音響(特に安価なミキサー)が飽和するトラブルが増えたとされる[4]。
この混乱を調整するため、イベント運営者の間で「叫びを“拍の一部”として数える」試みが広がったとされる。その結果、叫びのタイミングを身体の動作(手拍子や回転)と結びつける必要が生じ、身体が“声のメトロノーム”になるよう再設計されたのがヤッピーダンスだと説明される[5]。
また、原型は「ヤッピー」という短い音節の反復であるが、実際に“ヤッピー”が選ばれた理由は音声学的というより、体育館の反響が高い周波数帯に合致していたからだとする伝承がある。具体的には、屋内の残響が最大化するまでの時間が約1.33秒で、そこに掛け声を差し込むと位相が整ったという[6]。この数字が妙に具体的であるため、後年の研究者は「作り話の可能性も否定できない」と注記しつつも、少なくとも“物語としての起源”が強いことを認めている。
拡散—メディアと公共空間を結ぶ「ヤッピー手拍子協定」[編集]
ヤッピーダンスは1987年頃に周辺で目撃情報が増えたとされる。特に、路上の小規模イベントから、駅前の大型イベントへ移行する過程で“群衆の制御”が問題となり、ヤッピーダンスが「騒がしさ」を「同期」に変換する手段として評価されたとされる[7]。
その象徴として言及されるのが、行政側とイベント側の間で交わされたとされる「ヤッピー手拍子協定」である。これは法的な条文ではないとされる一方で、現場の運営マニュアルに近い取り決めとして扱われたと記録されている。協定では、(a)手拍子の回数は楽曲の小節ごとに“最大で12回”、(b)回転は45度刻みで統一、(c)叫びは各フレーズの末尾でのみ許可、という“細かい数”が記されていたとされる[8]。
さらに、地元紙が「拍手より安全、歓声より秩序」と見出しを打ったことにより、ヤッピーダンスは単なるダンスから“都市型の参加文化”へと格上げされたとされる。ただし、同時期に導入された夜間照明の変更(演色性の改善)により動作の視認性が上がったとも指摘されており、因果が複数方向に錯綜して語られている[9]。
社会的影響—ブランド広告と“身体の契約”が結びついた時代[編集]
1990年代に入ると、ヤッピーダンスはCM撮影や販促イベントで利用されるようになったとされる。理由は、同じ動作でも参加者の個性が出る一方で、全体としては“揃う”ため撮影と編集の自由度が高いからだと説明される[10]。
この時期、音楽レーベルや広告代理店は、ヤッピーダンスを“参加型商品体験”として商品化した。具体的には、企業がイベント会場に設置したスピーカーから流れる合図音(キュー音)を、参加者が手拍子に変換する設計が採用されたとされる。合図音の周波数は「1kHz台が好ましい」とされ、実務上は1.04kHzに設定された例が報告されている[11]。
ただし、この成功は「身体の契約」問題を同時に生んだともされる。すなわち、映像に映った参加者が後日、広告素材として再利用される可能性があるという懸念が広がったのである。これに対し、ヤッピーダンスの広まりを牽引したとされる若手運営者の団体は「掛け声の著作物性は低い」と主張したが、のちに“叫びも動作の一部である”という反論が出て、法務部門が追い付かなかったと語られている[12]。この論点は、誇張されながらも当時の運用感覚を反映したエピソードとして引用され続けている。
批判と論争[編集]
ヤッピーダンスには、流行に伴う批判も付随したとされる。第一に挙げられるのは、公共の場で行われるため騒音・滞留の問題が発生しうる点である。特に駅前では、一定時間帯に参加者が密集し、導線が“45度ずつ”曲がるため誘導が難しくなったという証言があり、運営者は「曲がり方は危険ではない」と応じたと記録されている[13]。
第二に、文化の盗用・商業化への疑義が挙げられる。元来は“即興の同期”として語られていたが、企業タイアップでは動作が規格化され、結果として即興性が失われたという批判があったとされる[14]。このとき、批判側は「ヤッピーは“自由の合図”だったのに、いつのまにか“商品の合図”になった」と書き立てたとされる。
一方で擁護論も存在する。擁護側は、ヤッピーダンスがもともと“歓声を音楽の一部へ統合する技術”であり、商業化はその技術を一般化したにすぎないと主張したとされる。また、実際の自治体では、騒音基準を超えたイベントは少数だったという内部資料が出回り、反論が続いたとされる。ただし、その内部資料の数値が「基準の3倍を超えた」と「基準の3分の1だった」の二種類存在し、同一資料名で矛盾していたという[15]。この点は、論争の熱量を物語る材料として記憶されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田昌弘「ヤッピーダンスの身体同期に関する参与観察報告」『都市型パフォーマンス研究』第12巻第2号, pp. 41-58, 1991年.
- ^ Katherine L. Whitmore「Shouts as Beat: Social Timing Protocols in Late-20th-Century Street Events」『Journal of Performative Communication』Vol. 6 No. 1, pp. 9-27, 1994.
- ^ 佐藤実里「手拍子の規格化と群衆誘導—“45度回転”の運用史」『交通と文化』第8巻第3号, pp. 112-129, 1997年.
- ^ 中村洋介「ヤッピー手拍子協定の実在性と伝承の成立過程」『演出と行政』第3巻第1号, pp. 1-23, 2002年.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton「Echo Timing in Community Playgrounds: A Frequency-Response Perspective」『International Review of Soundscapes』Vol. 14 No. 4, pp. 201-224, 2001.
- ^ 岡田俊「路上ミキサー飽和の原因推定と歓声同期」『音響工学季報』第22巻第5号, pp. 77-96, 1989年.
- ^ 『渋谷前夜の参加文化—現場記録集(補訂版)』編纂委員会, 東京: 渋谷文化出版, 2005年.
- ^ 李承勲「都市公共空間における“声の身体化”」『社会音学レビュー』第9巻第2号, pp. 55-73, 2008年.
- ^ 松本静香「広告撮影における動作規格と即興性の縮減」『映像商品化研究』第16巻第1号, pp. 33-50, 2012年.
- ^ (書名が微妙に誤植されていると指摘される)小林健一『港区照明計画のすべて(上)』港区庁広報課, 1990年.
外部リンク
- ヤッピーダンス資料館
- 渋谷公共参加アーカイブ
- 音響同期研究フォーラム
- 手拍子協定の復刻ドキュメント
- 参加型広告の倫理連絡会