ヤドン
| タイトル | ヤドン |
|---|---|
| ジャンル | 日常冒険漫画、奇譚、学園ファンタジー |
| 作者 | 朝霧 慧一郎 |
| 出版社 | 鈍色書房 |
| 掲載誌 | 霞野コミック |
| レーベル | ノイズ・ブックスコミックス |
| 連載期間 | 1989年5月号 - 1997年11月号 |
| 巻数 | 全18巻 |
| 話数 | 全143話 |
『ヤドン』(やどん)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『』は、の古書店街を舞台に、眠るように生きる少年・と、彼を取り巻く奇妙な人々の交流を描いたである。作品名は主人公の姓「」と、劇中に登場する俗語「」を掛け合わせたものとされているが、作中ではむしろ逆に、世界そのものが主人公に合わせて減速していくという発想が中核をなしている[2]。
連載当初はとして開始されたが、第3章以降にやの要素が加わり、独特のテンポと脱力感によって一部読者層の熱狂的支持を得た。後年には『眠れる都市の寓話』とも呼ばれ、後半のサブカルチャーを代表する作品の一つと位置づけられることがある[3]。
制作背景[編集]
作者のは、もともとで短編掌編を発表していた人物で、の冬、で見かけた「開店準備中なのに半分寝ている店員」に着想を得て本作の原型を構想したとされる。編集部に提出された企画書の題名は『仮題・ねむい少年と止まる街』であったが、担当編集のが「もっと一見意味がないほうがいい」と主張し、最終的に『ヤドン』へ改題された[4]。
制作上の特徴として、初期の原稿ではコマ間の余白が異常に広く、1話16ページのうち実質的な会話量が2ページ分しかない回も珍しくなかった。このため編集部内では「が高すぎる作品」として議論になったが、逆にの実験的レーベル戦略と合致し、1990年代初頭のブームに乗る形で刊行が続いた。なお、アシスタントの証言によれば、背景の電柱や自販機の配置には沿線の実景が細かく写し取られていたという[要出典]。
あらすじ[編集]
古本町編[編集]
物語は、に転入してきたが、初日に校門で眠り込み、そのまま始業式を見逃す場面から始まる。彼は異様にゆっくり動くが、なぜか周囲の出来事だけが彼に都合よく遅延し、遅刻したはずなのに記録上は常に「間に合っている」状態になる。ここで彼に最初に声をかけるのが、放送室から校内の時計を毎朝2分だけ遅らせる少女である。
古本町編では、校内に存在するとされる「眠ると増える階段」や、昼休みにしか開かない売店など、後の作品世界の基礎が提示される。特に第7話「一度寝たら二度と戻れない廊下」は、連載誌読者アンケートでを記録し、作品の評判が静かに広がる契機となった。
雨止川編[編集]
中盤のでは、凪人たちが修学旅行の途中で降り続く雨に閉じ込められ、の周辺から一歩も出られなくなる。駅長は、列車の発車時刻を20年以上守り続けている人物として描かれるが、実際には発車ベルを鳴らすたびに町全体の時計が少しずつ遅くなるという設定が明かされる。
この編は、日常の停滞を正面から描いたことで読者の評価が分かれた一方、5ページにわたる「傘の開閉だけで終わる回」が誌面で大きな話題を呼んだ。とくに凪人が川面の反射に向かって独白する場面は、後年の例としてしばしば引用される。
眠海祭編[編集]
最終章に近いでは、町の外れにある遊園地跡で、年に一度だけ催される「眠海祭」の真相が語られる。祭りは本来、海に沈んだ街の記憶を鎮めるための儀式であったが、いつしか地元商店街が観光振興策として再利用し、屋台と神事が半々の奇妙な行事となっていた。
凪人は祭りの終盤、眠ったまま櫓の上に立ち、太鼓の音に合わせて朝まで一歩も動かないまま町を救う。ここで作品の主題である「止まることが前進である」という逆説が回収され、連載終了後もしばしばファンの間で議論の的となった。
登場人物[編集]
は本作の主人公で、極端に眠たげな表情と、どの場面でも5秒遅れて反応する癖を持つ。本人は特別な能力を自覚していないが、周囲の人間からは「彼が寝ると物事がうまくいく」と半ば迷信のように扱われている。
は放送委員であり、校内放送を通じて情報をゆっくり伝える少女である。録音機材の扱いに異常に長けており、彼女が編集した朝の挨拶テープは、の定番ネタとして後に再演された。
はの駅長で、40年代から制服の裾丈を変えていない男として知られる。作中では厳格であるが、実は駅前の喫茶店で毎週水曜にだけ出される「半分冷めたコーヒー」を誰よりも愛している。
は凪人の同級生で、現実の速度に不満を持ち続ける少女である。彼女だけが例外的に台詞量が多く、連載後期には「説明役として便利すぎる」と編集部で言われたとされる。
用語・世界観[編集]
作中では、時間の流れが場所によって不均等である現象をと呼ぶ。これは一帯に顕著で、朝と夕方で同じ1分が体感的に4分から7分へ伸縮すると説明される。作中の設定資料集によれば、鈍時差は古い水路の下に埋まったの残響によるものとされている。
また、住民が眠気を「悪いもの」ではなく「街に同調するための礼儀」とみなす風習があり、これをと呼ぶ。学校では授業開始前に全員で30秒だけ目を閉じることが推奨され、これが転じて地域の企業研修にも採用されたという逸話がある。
さらに、町内には実在しないはずの施設としてが登場する。そこでは返却期限が利用者の年齢に応じて延長され、最長でまで借りられるとされる。なお、この制度は第11巻の巻末で突如明示されたため、読者の間では「設定が先に走り始めた」と評された。
書誌情報[編集]
単行本はより全18巻が刊行された。初版帯には「読むほどに眠くなる革命的日常譚」と記され、3巻以降は帯文の文言が毎巻わずかに長くなるという奇妙な販促が行われた。
1994年の第9巻発売時には限定版として「紙のしおりに読者の眠気を記録する欄」が付属し、書店によっては店頭で実測するキャンペーンまで実施された。累計発行部数はを突破したとされるが、集計にが含まれるかどうかで議論がある[5]。
メディア展開[編集]
にはでテレビアニメ化され、全24話で放送された。監督のは「原作の間を壊さないこと」を最優先に掲げ、結果として第1話の半分近くが無音の歩行シーンになったことで知られる。
ほかに、でのラジオドラマ化、による舞台版、とのタイアップ展示など、いわゆるメディアミックスが展開された。とくに舞台版では、観客が着席してから開演まで18分間ただ照明が暗転しているだけで、アンケートが高評価だったという逸話が残る。
また、後年にはスマートフォン向けの睡眠記録アプリ『』と連動したキャンペーンが実施され、アプリの起動時間が長いほど特典壁紙が解放される仕組みが採用された。作品の主題と驚くほど一致していたため、当時の若年層の間で小規模ながら社会現象となった。
反響・評価[編集]
本作は、連載当初こそ「話が進まない」と評されることも多かったが、後半になると、都市生活の倦怠と優しさを同時に描いた作品として再評価された。評論家のは『現代青年誌における減速の美学』で、本作を「読者の呼吸を整える漫画」と定義している[6]。
一方で、作者がインタビューで「凪人は寝ているのではなく、世界の方が先に疲れている」と発言したことから、解釈をめぐる論争も起きた。これに対しファン側は、作品の核心は設定の整合性ではなく、1コマごとの沈黙にあると反論し、結果として考察文化を発展させた。
2010年代以降は、やの先駆的作品として若手作家に影響を与えたとされる。また、地方自治体の観光パンフレットで「眠くなる街のモデル」として引用されたことがあり、作品の知名度は漫画の枠を越えて定着した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 朝比奈透『減速する少年像――1990年代漫画における眠気表象』鈍色出版, 2001年.
- ^ 三浦玲子『現代青年誌における減速の美学』風待ち社, 1999年.
- ^ 笹原 恒一「アニメーションにおける無音の演出」『映像表現研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-59, 1997.
- ^ 南雲一志『編集者が見た奇妙な連載史』霞野新書, 2004年.
- ^ 渡辺志保「杉並区古書店街と都市伝説の相互作用」『日本サブカルチャー論集』第8巻第2号, pp. 101-118, 2002年.
- ^ K. Asohara, “Temporal Lethargy in Japanese Comics,” Journal of East Asian Media Studies, Vol. 7, No. 1, pp. 15-38, 2008.
- ^ 黒瀬和也『静眠礼の社会史』白夜社, 2011年.
- ^ Eleanor M. Reed, “The Aesthetics of Delay,” Nippon Pop Culture Review, Vol. 4, No. 2, pp. 73-91, 2015.
- ^ 戸塚 巌『駅長日誌と雨止川の30年』雨音書房, 1998年.
- ^ 朝霧 慧一郎『ヤドン設定資料集 眠海祭の章』ノイズ・ブックス, 1996年.
外部リンク
- 霞野コミック公式アーカイブ
- 鈍色書房デジタル資料室
- ヤドン研究会
- 杉並サブカルチャー年表館
- 眠海祭保存委員会