『ユウノの黒い馬』
| タイトル | ユウノの黒い馬 |
|---|---|
| ジャンル | 伝奇・心理サスペンス・青春漫画 |
| 作者 | 高槻真理子 |
| 出版社 | 星舟社 |
| 掲載誌 | 週刊ミラージュ |
| レーベル | ミラージュコミックス |
| 連載期間 | 1998年4月 - 2004年9月 |
| 巻数 | 全14巻 |
| 話数 | 全127話 |
『ユウノの黒い馬』(ゆうののくろいうま)は、によるの。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『ユウノの黒い馬』は、からにかけて『』で連載された高槻真理子の代表作である。山間の県境都市南西部に似た架空の港町を舞台に、少女と、夜ごと姿を変える黒馬の記憶をめぐる物語が展開される。
単なる伝奇作品として語られることも多いが、実際には、、そして地方の産業を下敷きにした複合的な作品として評価されている。連載初期は読者アンケートで下位だったものの、第3章以降に導入された「黒馬写本」設定が話題となり、単行本の累計発行部数はを突破したとされる[2]。
制作背景[編集]
作者の高槻真理子は、の旧馬産地で短期取材を行った際、廃厩舎に残されていた競走馬の血統台帳と、地元に伝わる「夜にだけ来る馬」の言い伝えを結びつけたことから本作の着想を得たとされる。とくに、馬の脚音を録音したテープを逆再生しながらネームを切るという執筆法は当時の編集部でも有名であった。
また、連載開始時の担当編集であるは、少女漫画誌的な繊細さと青年漫画誌的な陰影を同居させる方針を打ち出し、背景美術に時代の都市伝説掲示板を参照させたという。なお、作者が第1話の扉に描いた馬は、当初は白馬であったが、編集会議での多数決により黒く塗りつぶされたとされ、この逸話が作品全体の基調を決定したという説が有力である[3]。
あらすじ[編集]
序章・港町編[編集]
物語は、と呼ばれる湾岸都市に転校してきた中学生ユウノが、夜の防波堤で「蹄の音だけが先に聞こえる黒い馬」と遭遇する場面から始まる。黒馬は言葉を話さないが、ユウノの失われた幼少期の記憶にだけ反応し、彼女を古いへ導く。
この編では、港の再開発を巡る地上げ問題と、町内に散在する馬蹄形の焼印の意味が少しずつ明かされる。特に第11話「塩の匂いのする厩」は、連載開始当初の人気を逆転させた回として知られる[4]。
黒馬写本編[編集]
ユウノは、町の旧家に伝わる写本『黒馬書簡』の存在を知る。そこには、明治期にこの地を訪れたが、馬の夢と人間の罪悪感が同じ頁に記されると主張した記録が残されていた。
黒馬は単なる幻ではなく、失踪した者の後悔が一定量に達した時だけ実体化する「記憶の家畜」として描かれる。この設定は読者の間で「馬なのにメンタルケアが必要」という奇妙な人気を生み、連載後半のファンレターには毎週、実際の悩み相談が数百通同封されたという[5]。
終盤・夜明けの蹄編[編集]
終盤では、黒馬の正体が、戦後に海へ沈んだ旧競馬場の地下で保存されていた「未出走の血統」そのものだと判明する。ユウノは、黒馬を町から解放するか、それとも記憶の守り手として留めるかを選ばされる。
最終話では、夜明けとともに黒馬が姿を消し、ユウノの右手首に残っていた蹄鉄形の痣も消滅する。ただし、ラストページの背景にのみ一頭だけ小さな黒馬が描かれており、単行本14巻の発売後、読者の間で「最後まで町に残っていたのは馬ではなく読者の記憶だった」と解釈された。
登場人物[編集]
は本作の主人公で、記憶の欠落を抱えた中学生である。感情表現が極端に少ない一方で、黒馬にだけ異様に懐かれるため、作中では「馬に選ばれた子」と呼ばれる。
は、作中の中心的存在であり、体躯の大きさが話数ごとに微妙に変化する。読者人気投票では人物を押さえて第2位に入ったことがあり、連載誌の編集後記では「主人公が馬に負けた」と半ば公認の事件として扱われた[6]。
はユウノの同級生で、民俗研究部の部長である。設定上は脇役だが、実質的には作品の説明役を兼ねており、難解な伝承を三ページで要約する能力から「三ページの女」と渾名された。
は港湾再開発を進める市役所職員で、当初は敵役として登場するが、後に馬の保護活動へ転じる。単行本5巻以降はスーツの肩に海鳥が止まる描写が増え、読者の間で「最も損をした大人」として知られている。
用語・世界観[編集]
作中では、黒馬の現象を説明するためにという独自概念が用いられる。これは、強い後悔や未練が一定の湿度と気圧のもとで馬の姿を取るというもので、作中では冬の港町で頻発するとされている。
また、は、馬の出現記録を家系図の形式で書き継いだ私文書群であり、最古のものは、最も新しい追記はとされる。いずれも筆跡が異なるにもかかわらず、全頁に同じ墨のにおいが残ると描写されており、考証ファンの間では「墨の保存状態にしては不自然」との指摘がある[7]。
世界観上、町は潮位差の大きい地形に置かれているため、干潮時にのみ現れる路地や、満潮になると消える診療所などが存在する。こうした空間設定は、物語の不安定さを象徴する装置として機能しており、後の伝奇漫画に大きな影響を与えた。
書誌情報[編集]
単行本はより全14巻が刊行された。第1巻から第6巻までは月2回増刷がかかり、特装版には「黒馬の蹄音」を収録したCDが付属したとされる。
また、には愛蔵版全7巻、には電子復刻版が配信された。復刻版では、当時の紙質を再現するために「少し湿ったページ風」の表示設定が導入され、読者から妙に好評であったという。
なお、海外翻訳版は圏で先行展開され、タイトルは『The Black Horse of Yuno』とされたが、馬の名前が先に来る構成に編集し直されたため、現地では「馬が主人公の哲学漫画」と誤認された例がある[8]。
メディア展開[編集]
には制作でテレビアニメ化され、全26話が放送された。アニメ版では黒馬の作画コストが高すぎたため、遠景では常に逆光で処理され、結果として「画面が暗いのに感情だけは明るい」と評された。
さらに、には舞台化も行われ、馬の代役として巨大な布製オブジェが使用された。2幕目の終盤でオブジェが客席に倒れ込み、むしろ原作の「圧迫される記憶」の表現として絶賛されたという。
メディアミックス展開の中心はアニメとドラマCDであったが、とのタイアップ広告が駅貼りポスターで展開され、実在の構内に等身大の黒馬パネルが設置されたことから、一時は通勤客の足が止まりすぎて動線が変更されたとも伝えられている。
反響・評価[編集]
本作は、連載当初こそ「難解すぎる」とされていたが、後半の情緒的な回収によって大きく評価を伸ばした。特に心理描写の密度と、馬を媒介にした家族関係の再構築が高く評価され、の年次アンケートでも上位に入ったとされる。
一方で、民俗学要素の一部には「取材資料の読み違いではないか」との批判もあり、作中に登場するの一部は、実際には作者の出身地近くでしか使われない語を無理に組み合わせたものだという指摘がある。ただし、こうした不自然さが逆に作品世界の揺らぎを生み、読者の解釈を促進したとも言われる[9]。
累計発行部数はを超え、単行本最終巻発売時には全国の書店で「黒い馬が出るまで購入をやめない」キャンペーンが行われた。結果として、発売初日に売り切れた店舗が続出し、社会現象となったと報じられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高槻真理子『ユウノの黒い馬 制作ノート』星舟社アーカイブ, 2006, pp. 14-27.
- ^ 片桐修一『週刊ミラージュ編集術 1990年代の現場』ミラージュ出版局, 2011, pp. 88-103.
- ^ 黒田涼介「港湾都市伝承における馬象徴の変遷」『民俗影像学研究』Vol. 18, No. 2, 2014, pp. 55-79.
- ^ Marianne Holt, "Equine Memory and Coastal Adolescence in Japanese Sequential Art," Journal of Comparative Manga Studies, Vol. 7, Issue 1, 2016, pp. 201-224.
- ^ 佐伯みなみ『夜の防波堤と少年少女の心理地理』青嶺書房, 2009, pp. 33-61.
- ^ E. R. Whitcomb, "The Black Horse Motif in Post-1990 Urban Legends," Arcadia Review of Visual Narratives, Vol. 12, No. 4, 2012, pp. 90-117.
- ^ 高橋理一「蹄音の録音と逆再生演出について」『漫画演出季刊』第9巻第3号, 2008, pp. 12-19.
- ^ 北沢紗英『アニメ化された伝説たち: 2000年代メディアミックス論』星舟新書, 2018, pp. 144-168.
- ^ Lars Mikkelsen, "When a Horse Becomes a Memory Device," Nordic Pop Culture Studies, Vol. 4, No. 2, 2015, pp. 41-58.
- ^ 秋元志保『港町の湿度と物語装置』白波館, 2020, pp. 7-29.
外部リンク
- 星舟社データベース
- 週刊ミラージュ公式アーカイブ
- 高槻真理子作品研究会
- 黒馬写本デジタル索引
- アニメ『ユウノの黒い馬』放送資料室